15
俺たち三人が揃ったところで、早速演習所へと向かうことにした。
A-1からC-3といった、9つの区画を頑丈な仕切りによって区分けされ、主に詠唱魔法を練習する際に用いられたりする、この場所は。
ちょっと前までは、敵と思われる化け物に追い回されて中に入ることが出来なかったが、今度こそ突入といったところで、俺たちは気合を入れていた。
「いたな」
「いたっすね」
「いたね」
A-1区画。
本当に最初の最初。ローテーションで一つずつ区画を回っていこうか、というところで早速。
当たり――もとい化け物がお出ましになりやがった。しかも、ぞろぞろと8体という団体さんである。
ここは、腕慣らしに一人一殺とかでいきたかったのだが、現実はなかなか上手くいかないものらしい。
「分担とか、どうする?」
こんな事態に敵へ背中を晒すのはどうかと思ったが、彼らが好き勝手に暴れて巻き込まれるのも危険だと考え、二人にそう聞いたのだが。
「先手、必勝ォォッッ!!」
もう時は既に遅し。好き勝手に暴れ始めていました。ダバルが持ち前の勢いの良さで敵に突っ込んでいく。
フィリーネさんもフィリーネさんで、もう矢を番え終え、弓を構え始めていた。
……気になったのは、彼女はどこから矢を取り出しているのだろうか。校門にいた時は、そんなものを見た様子はなかったのだけれども。
まさか、ローブの中に収納スペースでもあるとでも……?
――っと、二人の様子に気をとられていたけれど、相手は8体だということを思い出す。
余りが1体くらいは出るだろう、と思ったところで、ビンゴだ。1体、此方に向かって来ている。
「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」」
いい加減に聞き飽きた、その鳴き声。飽きただけで耳障りなのは、変わらないが。
――落ち着け。
四本の足が上手く躍動し、こちらに凄い速さで近づいてくる。四本の腕もぶんぶん振り回しているし、ふと腕白小僧がやってそうなイメージが浮かぶ。
――落ち着け、落ち着け。
「いくぞっ!!」
あえて声を出し、自分に気合を入れる。
俺に出来ることを、精一杯やればいいのだ。これ以上ないってくらいに、全力で。
そう思っている間に、化け物はすぐ目の前に迫る。相手の腕は四本。ガードして、その腕を受け止めたとしても、数は相手の方が多い。
ガードした俺の腕をすり抜ける可能性がある。
だから――ここは避ける。
突進気味になっている相手の攻撃を、横に思いっきり跳んで、なんとか躱す。
身体を転がし、地面へとぶつかる勢いを弱めながら、相手と距離を取る。
そして、身体を起こす前に、周辺を確認。相手は目の前にいる敵だけではない。
8対3の乱戦なのだ。
今は……他の化け物たちはあの二人に気を取られているからか、此方に目を向けている奴は、いない。
複数を普通に相手にしているダバル、驚くべき速さで弓の連射を繰り返すフィリーネさんが自分の傍で繰り広げられていた。
自分は1対1でも、結構苦労しているというのに。
状況は確認した。
今度は、こちらの番だ――といきたいところであったが、そう上手くは事は運ばない。
「またかっ……!!」
体勢を碌に立て直さずに、化け物は右肩についた二本の腕を地面へと擦りつけ、強引に身体をターンさせると、もう一度こちらに突進しようとしてきやがった。
俺だけでは、攻撃するチャンスは作れないようだ。
早速、スライムたちに頼る羽目になってしまったが、仕方ない。
「頼んだ!!」
俺は集中する。ただ、魔法を使おうとすれば、それでいい。
"一つ目"、"二つ目"には精度の高いイメージが必要になるが、この魔法を使うことが習慣になった俺には、関係ない。
ただ、意識せずに、自然と魔法を使えばいい。
この身体に、脳に、染みついたことを実行すればいいのだ。
右手に、淡い光が、集まっていく。暖かさはまるで感じないものの、それでも暖かさを錯覚させるような優しい光。
それが、右手に引き寄せられていくように、どんどん輝きを増していく。
そして、集約をやめた光を灯す右手に、力を込める。それが引き金かのように――光が弾けた。
たったそれだけで、光は儚く、跡形もなく消え去る。が、その代わり、俺の大事なスライムたちをそこに、呼び寄せた。
昔は、ただのぶよぶよとした弱い生物、ぐらいにしか、思っていなかったスライム。
けれど今は。こんな良く分からないモンスターであっても、優先順位とすれば母の次には来るぐらいに、大事な存在となっている。
もう、ルシルなんかよりも可愛いとさえ思い始めているくらいだ。
正直に言うと、こんな危ない戦いを、させたくはない。
しつこいかもしれないが、俺はそんな奴らに頼らなければならないほどに、弱い。
だから。
「頼む、行けっ!!」
ごめん、とは言えない。謝るくらいなら、自分でやった方がいい。だから、頼んだ。
頼む、と言っても、彼らの力を借りる、とは思ってはいけない。
人の争いに、全く関係のないスライムたちに、押しつけている。
――その罪悪感だけは、覚えておかなければならない。そう、自分で決めた。
そんな思いも、知らず、というより考えてすらいない10体のスライムたちは、一斉に動きだす。
それは、訓練された動き。
10体が10体で、それぞれが化け物に10方向のルートで、突撃を加えようとする。
その動きは、俺よりも――速い。
訓練をした、ということもあるのだが、元々スライムたちの弾力のある身体には、そのスピードを生かすポテンシャルがあったのだろう。
緑がかった透明の身体が、縦横無尽に、跳ねる。人にやられないように、訓練された動きが今ここに、発揮されていた。
化け物は、いきなりスライムが飛び出してくるとは思わなかったのだろう。
何も構えもせずに、そのまま突っ込んでくるのが見える。敢えて切り替えもせずに、強硬策といったところか。
が、それは甘い。
俺は右手を、素早く相手の膝へと指差す。狙う先は、そこだ!
化け物の突進が決まる――そのずっとその前に、スライムたちが、化け物の膝を捉える。
いくら攻撃力の弱いスライムでも、10体同時による体当たりだ。走っている相手のバランスくらいなら、普通に崩せる。
ちょうど、タイミングとしては相手が地面に着こうとした足を狙った。
いくら四本の足があるとはいえ、走っている状態というのは、足がすべて宙に浮いている状態になる時がある。
踏ん張りなど、出来るはずはない。
案の定。
ズササササッッッ、という派手な音を立てながら、化け物は思いっきりすっ転んだ。
「次っ!!」
そこに、弱い俺には余裕をかましている暇は、ない。
ここからは相手が体勢を立て直す前に、攻勢へと出る。
背中から盾を素早く取り外し、身体がすっぽり収まるように前に構える。
そして、先ほど狙った膝へと一点集中の、突撃。
衝突した瞬間、嫌な音が鈍く響く。……たぶん、相手の骨でも砕けた音だったのだろうか。
手ごたえを感じたところで、俺は一旦そこから離れる。
相手の腕の数を警戒し、相手と組み手状態にならないことを前提に。ヒットアンドアウェーの要領だ。
捕まれば、相手は何もさせてはくれないだろう。
じわじわと、確実に。
火力のない俺が相手を倒すとなれば、とにかく手数を増やすしかない。
盾からそっと顔を覗かせてみると、相手にもダメージがいったようだ。一本、足が使い物にならないくらいに腫れているのが見える。
が、相手は戦意を失っていないようで、その怪我をした足を庇うようにして、残った足で器用に立ち上がって見せた。
思った以上に、相手はタフなようである。
今度は、盾を構えながら、横へと移動する。
その動きにつられ、化け物も俺と同じく横へと動きについてくる。
そこに、牽制として、何匹かスライムに体当たりを指示するが。
「ちぃ……!!」
流石の相手も馬鹿ではないようだった。
さっきの不意打ちのように、驚きを見せない化け物は、素早く動き回る物体を認識し、スライムを受け止めようとする構えを見せる。
奴の適応するスピードが、早い。さっそく不用意に近付いたスライムが奴の手に捕まる。
そこは素早くあの流動的で柔らかな体質を利用し、隙間から逃げ出す指示を送り、なんとかそこは凌いだが、思っていた以上に賢いようで。
今度は、地面へと叩き潰そうと、手には拳を作り、そして足で踏みつぶそう、といった動きに移っていた。
スライムたちに、気を取られている間に俺が突っ込もうにも、相手には頭が二つあり、一つは足元。
そして、もう一つを俺へと視界を分担させたのか、隙が窺えない。
そうこうしているうちに、あのスライムの素早いスピードに適応されつつあるのか、スライムたちの危ない場面がいくつか訪れそうになり、慌てて傍に寄り、戻喚魔法を使って、その場を凌ぐ。
――次第に、相手のペースになってきていることに、ようやく気がついた。
こういう時、圧倒的な火力でドンッ、とひっくり返せないところが、俺の弱点である。
が、弱点が露呈したところで、急に克服できるものではない。
頑張ってはみたが、どうやら一人ではどうすることも出来ないらしい。
本格的に追い詰められる前に、この乱戦を利用することにしよう。
「ダバル、先に謝っておく。すまん」
それだけ声をかけて、俺はスライムたちに積極的に牽制させる。
まぁ、これはあくまで攻撃、というわけではない。
ただの、誘い。餌みたいなもんだ。深いところまでスライムたちを攻撃させず、回避に余裕を持たせて、攻撃を繰り返す。
相手が食いつくのを、とにかく待つ。
当たらない攻撃というのは、相手を疲れさせ、苛立ちを助長させるだろうから。
次第に攻撃の当たらない化け物の動きに、荒さが見え始める。
もう少しだ。
少しずつ、俺も化け物へと接近を開始する。
こっちの攻撃も当たらないが、相手の攻撃も当たらない、という状態が、続く。
こちらの攻撃は、相手の慣れと、腕が四本、足が四本ある、数のアドバンテージで、防がれ。
相手の攻撃は、的が多いから攻撃の対象を絞り切れずに、尚且つ、スライムの軟体な動きが相当な回避率を誇り、さらに俺が戻喚魔法で躱しきれないところまでカバーしているので、全くもって攻撃は当たらない。
当てられないように、しているのだ。
こちらとしても、召喚、戻喚をセットにして後3回というところまで魔力を削られたところで、相手に動きが見えた。
それは、完全に苛立っている感じだ。
「「『フレイム』」」
そして――今まで使ってなかった魔法を、ようやく使いだした。
「よし、戻れ!!」
この時を待っていた。
俺は一斉に10体のスライムに戻喚魔法を行使して、その炎を回避。
そしてそのまま、その炎を誘導されるかのように――ダバルが受け持っている他の化け物へと直撃した。
これは、乱戦だ。なら、こういった手も、有効なはずだ。
「危ねぇっすねっ!?」
炎がそっちに行ったからか、ダバルからキレ気味な声がこちらに飛んでくる。
「だから、謝ったじゃないか!!」
「「『フレイム』」」
一応、取り込み中なので、一言だけ返して、目の前からくる第二波に備える。
今度は、素手であった時とは違い、防げる物があるから便利だ。
盾を全面に出していりゃ、全身を覆えるので、殆どの攻撃は防げるのである。
その分、重量はあるが俺にとっては本当に大助かりの一品だ。
フレイムの衝撃を難なく受けきった後、魔法がもう一度飛んでくるかな、と思ったところで――思わぬところから矢が飛んできた。
「うわっ」
顔の傍の空間を切り裂くように抜けると、その矢は盾へとぶつかり、とても耳に痛烈なダメージを与える甲高い音を鳴らせた。
……何だか嫌な悪寒が身体を震わせ、咄嗟の判断で地面へと身体を伏せた。
その数瞬後、俺の頭上からいくつもの矢が尋常じゃない風切り音を鳴らしながら、そこを通り過ぎていく。
その音をどう表現していいかわからないが、フィーリングとしては空気を捻じ曲げてでも、強引に通っていく、とでもいった方がいいのだろうか。
ヒュン、なんていう静かな音ではなく、キィン、といった方が近いかもしれない。
例えるなら、鞭を鳴らした音が速くなる度に高くなっていくのと、同じ感じといった方がわかりやすいだろうか。
とにかく、俺のすぐ傍で、とても聞く機会などないような、そんな速射をされた矢の音を聞かされたというわけだ。
そして、そんな速さの矢はというと、手こずらせていた化け物の頭に命中していた。
刺さっていた、のではなく、ぶち抜かれている。見事なまでの貫通である。
俺に欠けている、火力を持った攻撃。
それは、後ろにいる小柄な少女によって行われたのだ。
止めもさせず、力仕事をする立場の男としては、少し悔しい。
が、今はそれよりも。
「……死ぬかと、思った」
頭が貫通している化け物と、自分の姿を重ねてしまい、今後トラウマになるであろう、乱戦による恐怖をよりによって味方に植え付けられたのだった。
8体の化け物と戦闘を始めて、どれくらいの時間が経っただろうか。
たぶん、短時間の出来事だったのだろうけど、命を張ったからか、俺にとっては結構濃密な時間であったかもしれない。
……俺は敵に止めを刺すことは出来なかったけど。
さて、戦闘も終わったので、戦績を確認してみよう。
まず、俺。一体と戦闘し、途中でフィリーネさんに横槍(矢ではあるけれど)を入れられ、結果0体といった感じだ。
次にダバル。彼は最初強引に5体を自分のところに引きつけながら、うまく戦っていたらしい。
が、流石に数が多かったからか、なかなか数を減らすことができずに、接近戦で削り合いの戦いにもつれ込んだとか。
しかし、時間がかかったため、やはりフィリーネさんからの横槍が入り、結果は2体。
矢に動揺した化け物に、何とか意地を張って倒した結果なんだとか。
そして最後にフィリーネさん。
彼女はなんと5体という、男が二人いながら最も化け物の討伐数が多かった。
というのも、彼女は遠距離というアドバンテージを持っていることもさながら、速射と正確な射撃で奴の四肢(?)を使い物にしなくなったところに、ヘッドショットを加えるといった手際で、まず2体を仕留める。
次に、俺が戦っていた化け物に目をつけ、まず俺に攻撃の予兆を知らせるため、一発を盾へと射ることにしたらしい。
これは警告だ、と本能的に察知したことは正解で、彼女はその後に化け物の頭を狙い、数発の矢を射ることとなる。
やや乱暴で"早気"――数ある弓の引き方で、"会"といった、弦を引く力と弓を押す力が均衡した状態が充分じゃない短い時間で離してしまうことをいうらしい――気味だったらしいが、そこはお得意の補助魔法で風で道筋をつくり、狙いは矢を風に運んでもらったことで、カバーしたんだとか。
それで、すぐさま化け物を倒したか、と思いきやすぐに、目標を次に移したらしいフィリーネさん。
ダバルを囲んだ化け物に……後は言わずもがなといった感じであった。
さて、今は少し動いたから小休憩を挟んでいるところ。
まぁ、敵地という表現は正しいのかわからないけれど、仕方なく座れるスペースもないけれど、A-1区画で小休止を取ることにしたのだ。
各自の行動は次の戦闘に備えた動きを見せている。
ダバルは、化け物の血液がこびり付いたロングソードの手入れをしており、フィリーネさんは化け物に突き刺さった矢の回収をしている。
そんでもって、俺は体力の回復として、地べたに座り込んでいた。
手入れするほど盾は小奇麗でもなく、むしろ武骨な造りである。元々付いている傷も多いため、手入れする気も起きない。
俺は小休憩の名の通り、休憩に勤しんでいる、というわけである。
「どうやら、ここにはルシルはいないっぽいっすね」
手入れが終わったダバルが、こちらに近付いてくる。
だだっ広い空間に目を配らせている辺り、彼は意外と律儀な性格なのかもしれない。
まぁ、勝手知ったる魔法学校の生徒としては、入った時にA-1区画内は全部確認できたし、ここに誰かいるならば、そもそも物音を立てた時点で、こちらに気付き、何かしらコンタクトしようとするものである。
まぁ、コンタクトできないような場合は、除いて、だが。
小休憩している間にも、入り口からは気配が近づいて来ないし、もう近くには誰もいないのかもしれない。
さてと、どうしたものか。
早速、手掛かりが消えてしまったようなものである。
それとも、駄目元で全部の区画を回ってみるとか、するべきだろうか……。
「そろそろ、移動でもする?」
フィリーネさんも、どうやら準備が終わったようで、こちらに戻ってきた。
「さて、どうする? このまま全部回ってみるか?」
「そうっすね。可能性は、出来るだけ虱潰しにした方がいいっすからね」
「物音を聞きつけて、ここに来るって可能性もあるかも……」
フィリーネさんの一言で、『誰がここに残るか』、といった思考に、三人が至ったに違いない。
そして、誰もがここに残りたくない、とも。
まぁ、方向性としては、俺としては、逃げられないところに残されるのは怖い、といったところだが、他の二人としては、積極的に戦いたいからここに残ると退屈そう、って感じで真逆かもしれないけれど。
「ここは一つ」
「古今東西、何かを決めると言うと……」
「じゃんけん、っすね」
何気に、三人の息が、ぴったりと合う。
さっきとは違う、緊張感が漂う。こんな、グー、チョキ、パー、といった陳腐な子供の遊びに、手汗をかかされるなんて、久しぶりだ。
一応、こんなお遊びみたいな『じゃんけん』でも、俺にとっては命に関わる。
逃げ場がない――そんなところに、逃げずに待機だなんて、自殺行為に等しい。
負けられない戦いが、今始まる。
「まずは、最初はグー、からだよな?」
まずは、ルールの確認をしておく。
こんな初歩的なことを聞いてどうすんだよ、さっさと進めろよ、みたいなことを言われるかも知れないが、ここは譲れない。
リアナみたいに、ルールの穴をついてくる奴が、いないとも限らないからだ。
「まぁ、そうっすね」
一瞬、目を逸らしたダバル。
付き合いが短いから、よくわからないが、たぶん『最初はグー』の掛け声を挟まずに、速効でじゃんけんの勝負に移ろうと考えていたに違いない。
いや、疑心暗鬼過ぎるか、それとも……。
考えが、少し深みにハマりすぎているかもしれない。考え過ぎて自滅など、したくはない。
さて、ここまで来ると、後は運、なんて考えが出てくるが、ここは愚策を打たせてもらおう。
「始めに言っておこう、俺はグーを出すと……!!」
心理戦に、持ち込ませてもらう。
運、なんていう不確定要素に頼りっきりになるのは、少しごめんだ。
「じゃあ、オレはパーっすね」
ダバルの奴、敢えて被せてきやがった。
まずい、このままじゃ、分からなくなってくる。こうした相手が被せてくる対処策を、俺は持っていない。
というよりも、フィリーネさんが、さっさと勝負しようよ、と目で急かしてくるのが見て取れるくらいに、強気な表情な顔に現れていた。
勝負事には、どこまでも強気な彼女は、いい勝負師になれるかもしれない。
まぁ、こんなことに時間をかけていても、仕方がなかろう。
「一回勝負な」
「えぇ」
「わかってるっす」
2人の顔色を窺いながら、最後の確認を取る。
一旦、深呼吸をしてから、掛け声に移る。
「最初は」
「「「グー」」」
「じゃんけん――!!」
風が頬を優しく撫で、長く伸びた髪を揺らす。
地面の方では風が吹かなくても、高い所へ登ると風が吹くことがあるんだなぁ、という事実を知った今日この頃。
俺は、高い場所にいた。
正確には――A-1区画の、壁の上ってところである。
「まさか、あの場面でああくるとは……」
じゃんけん勝負の結果――あれは確かに不正だった。が、不正だと指摘出来なかった自分も、悪いのかもしれない。
だって――俺の手を無理やりグーの形にする、なんて思いもしないじゃないか。
しかも、2人がかりで、だ。問答無用もいいところである。
その後、俺が不平を言おうものなら、多数決という民主主義、あるいは実力主義的に黙らすといった方法を取らされたのだ。
もう、こんな時は黄昏るしかあるまい。
まぁ、他にも、高い場所からなら、ここからでもルシルを探しやすいとか、敵さんが上を見ない限り、俺を発見できないとか、そんなメリットがあるから、よじ登ったということもある。
――馬鹿と煙は高いところを好むとか、下で降りてくるまで待ち伏せされると逃げ場がなくなるとか、遠距離から魔法が飛んできたら避けられないとか、は考えないことにはしているけれど。
しかしまぁ、改めてこの魔法学校を上から眺めると、相当な広さだと窺える。
ここから一番遠くにある実験棟があんまり大きく見えない、というのも驚かされた。
実際は大きいのに、大きく見えない。絵画でいうところの、遠近法ってやつなんだろうか。
まぁ、書物に書いてあったことを流し読みしたから、正確ではないのだろうけれども、とにかく大きく見えなかったのだ。
それに、下でルシルを探しているダバルやフィリーネさんの姿も小さく見える。
この大きさなら、掌にでも掴めそうな、不思議な感覚がした。
自由に空を飛べる鳥なんかは、ちっぽけに見える俺達や地上を、掴めそう、なんて思っていたりするのだろうか。
もし掴めるんだとしたら、今もなお魔法学校の敷地をうろついている化け物なんかを掴んでいってほしいなぁ、なんて考えてしまう。
「そんな馬鹿なこと考えてても、意味ないか……」
誰も聞いてないからか、独り言が口から漏れる。
ふと、何となしに空を見上げてみた。
たぶん、空が近くなったから、どうなんだろうといった程度で眺めようと思ったのだろう。
目に入ってくる太陽光が強すぎて、視界が一瞬真っ白に染まる。
そして、それと共に、俺の記憶が、フラッシュバックされる。
――泣いていたあの子。悲しそうに、泣いている女の子。
普段なら、泣かない、強がりな女の子。いつもなら他人に弱いところを見せたがらない女の子。
それが、泣いている。
夏のお天道様は、こんなにも輝いているのに、その子は泣いている。
暖かいを通り越し、熱い日差しを受けても、その涙は乾くどころか、どんどん、溢れていく。
地面へと、ぽとり、ぽとりと落ちていき、地面へと落ちていく。
湿ってしまった地面は、それこそお天道様にまるでなかったかのように、すぐに乾かしてしまうのに。
「どうしたんだ? そんなんで、お天道様に勝つつもりなのかい?」
だから、俺は負けず嫌いなあの子に、そんなことを言った気がした――
――気を失っていたかのように、すぐにはっとして、意識を取り戻した。
何だか、白昼夢でも見ていたかのような、不思議な感じがして、それで……。
何故だか、ルシルのいる場所が、わかったような気になっていた。
いや、わかる。ただの勘だが、不思議とその場所が思い浮かぶ。
確証なんてないけれど、きっとここだ、と心の中では確信を得ている。
ルシルは、ルシルなら――