12 猫(たま)の魂の叫び
宇宙海賊を「不燃ゴミ」として宇宙の彼方へポイしてから数ヶ月。
地球観測船『レンズ』には、ようやく本来の(といっても極めて自堕落な)平穏が戻っていた。
隣の巨大ラブホ……もとい、ステーション『ルナ・アモーレ』は、海賊を掃除ロボで撃退したという前代未聞の武勇伝(?)が逆に宣伝になったのか、連日連夜、本国からやってくる新人類たちのカップルで大盛況らしい。だが、俺には関係ない。俺は俺の聖域で、ララとリリ、そして新しく増設した嫁たちに囲まれて寝ていればいいのだ。
……と思っていた。
「……ナォォォォォォォォォン!!」
深夜、船内の静寂を切り裂くような、魂の叫びが響き渡る。
「……んだよ、また海賊か? それとも掃除ロボの反乱か?」
俺がパジャマ姿でのっそりと起き上がると、ララとリリが、一匹の大きな猫を抱えて俺のベッドにやってきた。サキ・ミナセが嵐のように去った際、一匹だけ取り残されたメインクーンの雄。名前を「たま」という。
「ネタ様……。たま君が、昨夜からずっとこうなんです」
「そうだよ、ネタ! もう可哀想で見てられないよ。この子お相手がいないんだもん!」
ララが悲しげに瞳を伏せ、リリが俺の腕を掴んで激しく揺さぶる。
見れば、「たま」は窓の外に輝く地球をじっと見つめ、切なすぎる声で鳴いている。
『報告します、ネタ。たまのバイタルおよび脳波をスキャン。……深刻な「孤独による発情ストレス」を検知しました。このままでは、彼の精神衛生に重大な支障をきたしますね』
ルールーが、いつになく同情的なトーン(を装った合成音声)で脳内に響く。
「……いや、俺にどうしろってんだよ。俺は猫の仲人じゃないぞ」
「お願い、ネタ様! この船の工作プラットフォームなら、何でも作れるんでしょう?」
「そうだよ! たま君のために、最高に可愛い『お嫁さん猫アンドロイド』を作ってあげてよ!」
二人の嫁からの、涙ながらの訴え。
俺は頭を抱えた。人類の英知の結晶である最新鋭工作プラットフォームを使って、猫のアダルトドールを作れというのか。
「却下だ、却下! 猫型ロボットなんて作ってみろ、たまが混乱して余計に鳴き喚くだけだぞ」
俺は詰め寄るララとリリを両手で押し返した。最新鋭の工作プラットフォームで「偽物の猫」を捏造するなんて、そんな虚しいことはしたくない。俺だって、ララたちがもしホログラムの像だったら、今頃寂しくて枕を濡らしているはずだ。
「たまに必要なのは、データ上の温もりじゃない。本物の、生きた温もりだ」
俺はキリッとした顔で言い放ち、コンソールに向き合った。
『……珍しく、まともな倫理観を発揮しましたね、ネタ。それで、どうするつもりですか? 新天地から野良猫でも密輸しますか?』
「バカ言え。そんな面倒なことするかよ。……ルールー、本国経由で、あの『猫爆弾』ことサキ・ミナセに超光速通信を繋げ。あいつ、自分の結婚生活が忙しくて、たまのことなんか綺麗さっぱり忘れてるはずだ」
数分後、ノイズ混じりのホログラムに映し出されたサキは、以前の刺々しさが消え失せ、すっかり「幸せな新妻」の顔をしていた。背後では美少年……ではなく、本物の旦那が赤ん坊をあやしている。
「あ、おじさん。生きてたの? 久しぶりね」
「おじさん言うな。……単刀直入に言う。お前が置いていった『猫』が、孤独のあまり毎晩、地球に向かって絶叫してるんだ。あいつに、嫁候補を一匹、こっちに譲ってやっちゃくれないか?」
俺の切実な訴えに、サキは「あー、いたわね、そんな子」とあっけらかんと言い放った。
「いいわよ。こっちは今、五十二匹プラス生まれた子猫たちで、家の中がちょっとしたサファリパーク状態なの。一匹くらい減った方が助かるわ。……ちょうどいいメインクーンの女の子がいるから送ったげる」
「話が早いな! ルールー、輸送ルートの確保と、本国への特別搬送許可を申請しろ。名目は……『地球観測における生物的親和性の再検証』だ!」
『……。了解しました。猫の嫁のために、本国の軍用高速輸送艇をチャーターするわけですね。あなたの「公私混同」も、ついに宇宙の運送業界まで巻き込み始めましたよ』
「いいんだよ。これでたまが静かになれば、俺の安眠は守られるんだから!」
こうして、数万光年の彼方から、たまの最愛の嫁を呼び寄せるという、宇宙規模の「お見合い大作戦」が動き出した。
数週間後、本国の高速輸送艇から仰々しく届けられたのは、雌のメインクーンの美猫。
期待に胸を膨らませたララとリリ、そして喉を鳴らして擦り寄ろうとした「たま」。だが、再会の瞬間に響き渡ったのは、感動の再会とは程遠い「フシャーッ!」という鋭い威嚇音だった。
「……うわっ、たまが文字通り石化してる」
雌猫の強烈な一撃(猫パンチ)に、たまは耳を垂らし、しょんぼりと丸まった背中で窓の外の地球を見つめ始めた。その姿は、かつて新天地で「何もしない」と言われていた俺の孤独な背中に、どこか重なって見えた。
「たま……。いいんだよ、振られても振られても、お前が愛を求めて突き進むその姿、俺は感動したぞ! 男のロマンってやつだ!」
それから数ヶ月。俺はいつものように、地球の雲の流れを「観察」するという名目の二度寝を貪っていた。すると、足元に何か柔らかいものが、モゾモゾと這い寄る感触がした。
「……ん? なんだ、たまか?」
目を擦りながら下を見ると、そこには誇らしげに胸を張るたまと、その足元でコロコロと転がる三匹の子猫たちがいた。いつの間にか、雌猫も傍らで甲斐甲斐しく毛繕いをしている。
「お前……! いつ間に、あんなに嫌われてたのに!? まさか、俺が寝てる間に『解決』したのかよ!」
『報告します、ネタ。解析によると、たまの粘り強いアプローチがミケの母性本能を刺激したようですね。やはり、この地球の生命波動の側では、動物の方が素直に「本能」に従うようです。……ところで、ネタ』
ルールーの声が、かつてないほど穏やかで、それでいて鋭く脳内に響く。
『あなたも、せっかくこの「生命の特等席」にいるのです。たまに負けじと、人類の繁栄に貢献してみてはいかがです?』
「……いいんだよ、俺は」
俺は左右から腕を絡めてくるララとリリ、そして足元でじゃれ合う子猫たちを眺め、深くリクライニングシートに沈み込んだ。窓の外では、人類が一度は捨て、そして自力で再生した青い地球が、どこまでも優しく輝いている。
「俺はここで、この青い星を見ながら、大好きな奴らとのんびり昼寝する。……これ以上の『最高の人生』なんて、どこを探しても無いだろ?」
新天地のエリートたちが喉から手が出るほど欲しがる「発想」も「成果」も、ここには無い。あるのは、一人の怠惰な観察官と、その家族たちが奏でる、静かで騒がしい日常だけだ。
地球観測船『レンズ』は、今日も銀河の片隅で、奇跡の星を静かに「覗き」続けている。
(完)




