百騎練兵
内容は適当なのでそれほど気にせず雰囲気をお楽しみください回
朝の冷気が残る馬場に、百騎が再び整列した。
昨日はただ鐙に慣れ、槍を構えるだけで終わった。だが今日からは、体に刻み込む段だ。
「鐙は脚で踏み、腰で沈めろ!」
馬超の声が荒野に響く。
羌の若者が馬を駆けながら槍を突き、氐の兵が後に続く。
引き抜きに失敗し、体勢を崩しかけると、隣の漢人の兵が手を伸ばして支えた。
「抜くときは腰を返せ!脚は離すな!」
互いに教え合い、笑い合う。
言葉は違えど動作は共通。
次第に伍ごとの息が合っていった。
◇
三日目には、混成伍の特色が見え始めた。
羌の弓騎は身軽で射を放ちながら馬を操るのが巧み。
氐の兵は力強く槍を扱い、刺突の勢いが大きい。
漢人の若者は規律を重んじ、号令一つで素早く動作を揃える。
馬超はその光景を見て、満足げに頷いた。
(よい……出自の違いを欠点にせず、互いに補えば強みとなる)
龐徳が馬を進め、声を張る。
「若、兵らは日に日に馴染んでおります。十五呼吸で三度の突き、すでに伍の半ばは及第です」
馬岱が笑みを浮かべて続けた。
「従兄上、これなら四日目には隊形の変換も試せましょう」
馬超は槍を掲げ、兵たちに声をかけた。
「羌も氐も漢も同じだ。馬上で脚を踏み、腰を沈め、槍を貫けば、皆ひとつの軍となる!明日からは伍ごとに並びを変え、列を組み替える。心して備えよ!」
兵たちが雄叫びを上げる。
その声は、昨日までの寄せ集めではなく、ひとつにまとまり始めた軍の響きだった。
◇
四日目の朝、百騎は十騎ごとの小隊に分けられ、馬場に整列した。
馬超は全体を見渡し、声を張る。
「今日からは列を組み替える。列縦から横列へ、横列から楔形へ。十五呼吸でやれ!」
鼓が鳴り、赤旗が翻る。
先頭の伍が一斉に前へ駆け出す。
だが馬を寄せ合う間隔が狭すぎ、互いに肩をぶつけた。
槍の穂先が絡み、列が乱れる。
龐徳が即座に怒声を飛ばす。
「間を開けすぎるな!狭すぎても潰れる!馬一頭分を保て!」
次の合図で、兵たちは呼吸を合わせ、列を広げて再び整える。
槍先が一斉に前を向いたとき、歓声が上がった。
馬岱が手綱を操り、馬を回しながら叫ぶ。
「よいぞ!今度は楔形だ、中央は突き出し、両翼は下がれ!」
兵たちは手綱を引き、槍を前に突き出しながら斜めに広がっていく。
まだ歪だが、形は見えてきた。
◇
日が重なり、五日目の課題は「再集結」となった。
追撃に熱を上げて散開する兵をいかに素早く戻すか——それが今日の主題だ。
馬超は兵を前に出し、合図を送る。
「追撃は勝ちを殲滅に変えるが、深追いは死を呼ぶ。ここで止め、ここで集まる。それが軍の命だ!」
鼓が打たれ、追撃役の小隊が敵役を追う。
やがて白旗が翻ると、兵たちは馬首を返し、定められた地点へ一斉に戻った。
最初は散漫で、何騎かが遅れをとる。
馬岱が笑いながら叱咤する。
「遅れた者は仲間を殺すと思え!戻る場所はひとつだ、目を離すな!」
二度、三度と繰り返すうちに、兵たちは自然と合図に敏感になり、すばやく隊形を整えられるようになった。
夕刻、馬超は全隊を前に立ち止まらせ、声を張った。
「よくやった。今日からお前たちは追っても戻れる軍だ。勝ちを求めても滅びぬ軍だ!」
百騎の雄叫びが荒野にこだました。羌も氐も漢も、同じ声で槍を掲げていた。
その光景を見ながら、馬超は心中で呟いた。
(これで半ば。あと五日で、この百騎を刃とせねばならぬ)
◇
六日目の朝。馬場に立つ百騎の顔はすでに逞しさを帯び、初日のぎこちなさは消えていた。
馬超は槍を掲げ、声を張る。
「今日からは狩りを学ぶ! 敵を追わせ、疲れたところを刈り取るのだ!」
合図とともに、羌と氐の弓騎が前に出て矢を放ちながら退く。
背を見せたまま馬を操り、振り返りざまに放つ矢が土煙を裂いた。
追撃役の兵が本気で馬を走らせると、囮役は散開して逃げ惑う。
その瞬間、赤旗が翻り、鼓が轟いた。
「反転っ!」
弓騎は一斉に馬首を返し、矢を連ねて放つ。
その背後から槍騎が楔形を作って突撃した。
追撃役の兵が声を上げて退き、砂塵が巻き上がる。
龐徳が大音声を張った。
「よいぞ!だが遅い!反転の合図から十五呼吸以内に突き込め!」
午後になると再び同じ演習を繰り返す。
今度は合図とともに反転が鋭くなり、楔形の突入が一段と速くなる。
兵たちの雄叫びは荒野に響き、まるで実戦の戦場のようだった。
◇
七日目にはさらに工夫を加えた。
退却役が三方に散り、追撃する敵役を伸ばしてから、一斉に反転して矢を浴びせる。
槍騎がそこへ突入すると、敵役の列は一気に崩れた。
兵たちは歓声を上げ、互いに槍を掲げ合った。
馬岱が馬を寄せ、笑みを浮かべて報告する。
「従兄上、兵らはこの術をすっかり気に入っております。羌の弓騎も氐の槍騎も、一体となって動けておりますぞ!」
龐徳も深く頷いた。
「若、もはや狩りの型は血肉と化しました。あとは全隊で繋ぐだけにございます」
馬超は槍を掲げ、全兵に向かって声を張った。
「よい!これで敵を狩れる!八日目には全隊で通しを行う。拘束から追撃まで、一気にやり切るぞ!」
百騎が雄叫びで応じた。
涼州の空に響く声は、もはや寄せ集めの兵のものではなく、鍛え上げられた精鋭の咆哮だった。
◇
八日目。朝靄を割って百騎が整然と並んだ。これまで伍・小隊・分隊と分けて行ってきた訓練を、この日は一気に繋げて行う。
馬超は隊列の前に立ち、声を張り上げた。
「今日の演習はただ一つ! 拘束、破砕、遮断、追撃。すべてを繋げ、一息に成すのだ!」
鼓が打ち鳴らされ、演習開始。
まず、弓騎が前に進み出て矢を連ねた。
馬をゆるやかに進めながら射を放ち、敵役となる歩兵模擬隊を押さえ込む。
矢が次々と飛び、歩兵役が盾で受け止める。
「これが拘束だ!」
馬超の声に合わせ、兵たちが雄叫びを上げる。
続いて赤旗が翻る。
「破砕!」
槍騎が楔形の陣を組んで疾駆する。
蹄が地を震わせ、槍先が一斉に突き出された。
前面を担った兵が大声を張り、模擬敵を押し崩す。土煙の中、突撃の勢いは止まらない。
さらに青旗が掲げられた。
「遮断!」
両翼に回り込んでいた小隊が馬首を翻し、敵役の退路を塞ぐ。
渡渉点や峡門を模した木杭の標を占拠し、進退を絶つ。
馬岱が報告する。
「従兄上、遮断完了!」
馬超は大きく頷いた。
最後に白旗が掲げられる。
「追撃!」
交代馬を備えた軽騎が疾駆し、逃げ惑う敵役を一気に包囲した。
槍先が地に突き立ち、捕縛の合図が響く。
追撃が過ぎると、鼓が変わり、兵らは一斉に馬首を返して集合地点へ戻っていく。
散開した列がわずか十数呼吸で再び整列した。
馬場に沈黙が訪れた。息を切らす兵たちの間に、確かな充足感が漂っている。
馬超は馬上で槍を掲げ、大音声で言った。
「よし!これで我らはただの騎兵ではない!拘束し、破り、退路を塞ぎ、追い尽くす軍となった!これぞ百騎の刃、馬家の刃だ!」
百騎が一斉に槍を掲げ、鬨の声が空を震わせた。
羌も氐も漢も、もはや隔てなく一つに混じり、ただ勝利を求める軍となっていた。
◇
九日目の夜明け前、馬超は兵を率いて冀の西を流れる浅瀬へ向かった。
冷えた川霧が漂い、河面はまだ白く煙っている。
「今日は水を越える。敵より先に渡り、退路を塞ぐのだ!」
馬超の声に百騎が雄叫びで応じる。
まず工兵役の兵が前に出て、浅瀬へ杭を打った。
木槌の音が響き、川中に標杭が並んでいく。
渡渉路が浮かび上がるように印されると、馬岱が馬首を返して報告した。
「従兄上、標杭打ち終わりました!」
「よし、橋頭を築け!」
兵たちが岸辺に盾を並べ、即席の橋頭堡を形作る。
弓騎がその背後に布陣し、矢をつがえて川向こうを睨んだ。
やがて鼓が鳴り、赤旗が翻る。
「渡れ!」
先頭の小隊が水を蹴り、馬が飛沫を上げて川を渡る。
膝まで浸かる水に馬体が震えるが、騎手は鐙を踏んで姿勢を崩さない。
次々と続き、渡渉点に馬蹄の轍が刻まれていく。
川を渡り切ると、槍騎が楔形で突入し、敵役を突破。
青旗の合図で別働の小隊が川下へ回り込み、退路を断った。
馬岱が叫ぶ。
「遮断完了!敵、挟撃されました!」
追撃役の軽騎が最後に川を渡り、逃げる敵役を追い詰める。
矢が飛び交い、槍が突き込まれる。
模擬戦ながら、兵たちの動きはもはや実戦のそれだった。
演習が終わると、龐徳が馬を進め、低く報告する。
「若、渡渉の際に遅れた小隊が二つありました。標杭の間隔をもっと広げれば、行き違いは減りましょう」
馬超は頷き、声を張った。
「よい指摘だ! 渡河は速さが命だ。明日までに改めよ!」
兵たちは疲労の中にも笑みを浮かべ、互いに肩を叩き合った。
羌も氐も漢も、水飛沫を浴びながら一つの軍として動いた実感がそこにあった。
馬超は川辺に立ち、流れを見つめた。
(これで退路を断つ術も得た。十日目の査閲で父上に示すのは、もはや形ばかりの軍ではない。実戦に耐える軍だ)
◇
十日目。冀の西野に旌旗がはためき、乾いた風に鼓角の音が遠くまで響いた。
観覧の台には安狄将軍・馬騰が黒鱗の甲をまとって座し、沈黙のまま百騎を睥睨していた。
左右には書吏が筆を執り、伝令が緊張した面持ちで控える。
南の馬場には羌・氐・漢の若者百騎が横一文字に並ぶ。
新たに拵えた鞍と鐙は光を返し、槍先は一斉に揃って朝日を浴びた。
馬超は愛馬に跨り、声を張った。
「本日の演習は一連の働きを示すもの。拘束、破砕、遮断、追撃――いずれも遅れること許さぬ。鼓と旗をよく見よ!」
鼓が鳴り、まず弓騎が前に進む。
矢が次々と飛び、模擬の歩兵列が盾を重ねて足を止める。
赤旗が翻るや、槍騎が楔形の陣を組んで疾駆し、穂先を三度突き入れて列を裂いた。
青旗の合図で小隊が両翼に走り、退路を塞ぐ。
最後に白旗が高く掲げられると、軽騎が奔って潰走役を追い立て、やがて鼓の合図で一斉に馬首を返し、定められた地点に整列した。
土煙が晴れたとき、百騎はすでに一本の線となり、槍先は揃って朝日に光っていた。
馬超は観覧の台に向かって槍を下げ、深く一礼した。
「以上、百騎の働きにて候。落馬なく、変換は十四呼吸、反転から突入十七呼吸、追撃より合流十九呼吸。浅瀬の渡りに行き違いあり、標杭を広げて改めます」
馬騰はしばし無言であった。やがて低く唸り、声を放つ。
「……よい。これは小細工にあらず、真の武なり。矛を払う戦よりも、槍を以て穿つ戦へと変えると聞いていたが…超、よくぞここまで鍛えた」
黒い瞳が息子を射抜く。
「工を召し集め、鞍と鐙をさらに百具拵えよ。槍は一丈弱に定め、穂は細と広を兼ね備えよ」
馬騰は最後に兵たち全体を見渡し、厳しい声で言い放った。
「韓遂はいずれまた兵を挙げよう。次の戦でこの刃を試すこととなる。だが忘れるな、刃は折れやすい。馬も人も、明日なお戦えるように使え」
その言葉に百騎は一斉に槍を掲げ、鬨の声を上げた。
羌も氐も漢も、隔てなく混じり合い、ただ勝利を求める軍の咆哮が涼州の空を震わせた。




