郿の士人
長安を後にして数日、街道を西へと進むにつれ、荒廃の色は一層濃くなった。
村々の家は半ば焼け落ち、田畑は荒れ、風にさらされた土は粉のように舞い上がる。
木陰に群れる民は痩せ細り、鍬を握る力も失ったかのようだった。
馬超は馬上からそれを見下ろし、胸の奥に重いものを抱いた。
(……飢えが人を駆り立て、盗賊に身を投じさせる。結局のところ、食えぬことこそが乱の根だ)
蔡琰は後ろに跨り、静かに荒れ果てた風景を見つめていた。
口元を結び、琴の箱を抱きしめる姿は儚くも気丈だ。
龐徳は沈痛な顔で、言葉少なに馬を進めていた。
「若。……この有様、目を覆いたくなります」
「三輔の地は幾度も戦火に焼かれた。飢饉も重なり、こうなれば誰が統べても収め切れぬ」
馬超は短く答えた。だが、心中では『この地を治め得るのは、力を持って食と秩序を供せる者だけだ』と考えていた。
日が傾き、街道に古い標識が現れる。そこには郿の文字。
かつて馬騰が兵を率いて駐屯した地だ。
馬超は思案し、手綱を引いた。
「郿に立ち寄る。かつて涼州刺史を務めた孟佗殿が平陵から移ったと聞く。その縁を頼ろう」
龐徳が頷き、蔡琰は小さく息を呑んだ。
「孟佗殿……聞き及ぶところによると、張譲に賂を献じて位を得たとか」
「清廉ではないが実利に敏い、ということよ」
三人は郿城に近づいた。
土塀に囲まれた城郭はところどころ崩れ、門も修繕が追いつかぬまま。
だが、まだ官吏の姿はあり、守備の兵が疲れた顔で槍を立てている。
門を潜ると、街中には人の気配が薄く、店の戸口は閉ざされ、往来の子どもすら見えなかった。
路地に腰を下ろした老婆が、麦の糠をこすりながら粥を炊いている。
蔡琰は目を伏せ、呟いた。
「……これが三輔の今なのですね」
馬超は頷き、孟氏の邸宅へと向かった。
◇
孟氏の屋敷は城内でも古い土塀に囲まれた広壮な造りだったが、門前に並ぶ従者の姿もない。
庭木も手入れが行き届いておらず、往時の栄は影を潜めている。
門を叩くと、応対に出たのは二十歳そこそこの若者だった。
背丈は高く、がっしりとした体つきで、鋭い目には覇気が宿る。
「当家になんの御用でしょうか?」
馬超は馬を降りて言を交わす。
「涼州の馬孟起と申す。かつて刺史を務められた孟伯郎様を訪ねたい」
若者はわずかに表情を曇らせ、深く頭を下げた。
「父は先年他界いたしました。……私はその子、孟子敬と申します」
馬超は一瞬言葉を失い、やがて拝して悼んだ。
「そうか……。惜しい方を亡くされた。ご冥福を祈る」
そして記憶の隅からある名前を掘り起こす。
(孟子敬…確かあの孟達がそんな字だったな。孟佗の息子だったのか)
孟達は礼を返し、続けた。
「このような荒れた時世、遠路お越しとは。どうか今宵はお屋敷にお泊まりください。ささやかですが食を用意いたします」
蔡琰は目を伏せ、龐徳は軽く頷いた。
馬超は一礼し、孟達の案内に従った。
◇
邸内の広間は、かつての威容を偲ばせる柱や調度を備えていたが、どこか寂れていた。
食卓にはわずかな干し肉と粗末な粟飯、薄い羹が置かれ、飢饉の厳しさを物語っている。
やがて、もう一人の若者が姿を現した。
痩せてはいるが切れ長の目が聡明さを映し出し、衣の乱れもなく端然と座す。
孟達が彼を紹介する。
「この者は法孝直。左監を務められた法季謀様の子息で、幼き頃よりの私の友です」
(法正か!確か孟達と同郷という話だったが、こんなところで出会えるとは)
法正は軽く拱手し、言葉を添えた。
「馬将軍の有名はかねがね聞き及んでおりました。かつて郿に駐されておりましたな。馬上のお姿をお見かけしたことがございます」
馬超は微笑を返した。
「父の事をご存じでしたか。見たところお二人は私と同じ年の頃に見えます。私は今年で二十となりましたがお二方は?」
「なんと!我ら二人とも同じく丙辰の生まれです」
「これこそ奇遇というものですな」
同い年と知った孟達と法正が馬超に親しみを見せる。
「こちらの連れを紹介してませんでしたな。この男は龐令明、我が軍随一の勇将です。彼女は蔡文姫、蔡伯喈様のご息女で先日我が妻として迎えました」
紹介を受けて龐徳と蔡琰はそれぞれ拱手し頭を下げる。
「それはそれは!めでたい席なのに然したるもてなしも出来ず申し訳ありません」
「なに、このような時世だ。我らも契りを交わしただけで婚礼の儀は冀に戻ってからです」
やがて酒が運ばれ卓を囲んだ。
外の風は冷たく、卓上の灯火は静かに揺れていた。
粗末な粟飯と羹を前に、五人の若者は互いの顔を見合わせていた。
外は飢えに苦しむ人々の呻きが夜風に混じり、どこか遠くで犬が吠えていた。
「ご覧の通り、三輔は飢えに沈み、人心も荒れております」
孟達は盃を持ち上げ、少し口に含んだ。
薄い酒の味が喉を通り過ぎると、彼は低く吐息を洩らした。
「……正直に申し上げましょう。父の死以来、我が家の力は衰える一方です。家財も削り、ようやくこの郿に踏みとどまっておりますが……この飢饉、もはや耐え難い。郷里を捨ててどこかへ移るべきか、日々悩んでおりました」
法正も盃を置き、冷静な声で言葉を継いだ。
「三輔はすでに地を養う力を失いました。耕す者があっても種も肥も尽き、人々は盗賊に堕ちるか、餓死を待つばかり。夷狄の賊も脅威だが、都の酷吏もまたこの地を糧秣の供給地として蹂躙し我らにとっては賊と変わりありません。……この地に残るは、死を待つに等しい」
法正が眼差しを鋭くした。
「都の混乱は収まる見込みもなく、この地の士人も各々で生き残りを図っております。ですが我ら若輩、朝廷があの有様ではせっかく冠を得ても己の才をいかす場もなく……。孟起殿、いかが思われますか」
卓を囲む中、孟達と法正のやり取りを聞きながら、馬超は盃を指で弄んでいた。
(……孟達、後世の記録では背信を重ねる男だ。劉璋に仕えては劉備に転じ、魏に降ってまた謀反を疑われ……ついには誅される。志はあるが、難事に際して義を貫けぬ性だったのだろう。だが威厳があり弁舌も爽やか、才そのものは疑いようがない。用い方次第で人を束ねる器となろう)
視線を法正に移す。切れ長の目を細め、皮肉を交えて語る姿には聡明さが漂っている。
(法正。謀においては劉備を支えた策士。入蜀の折も漢中でもその策によって多大な貢献を果たす。夷陵も彼がいたら負けなかったと諸葛亮に嘆かれた。だが節義には疵が多いと伝え聞く。人の情を軽んじ、己が利を選ぶ性とか。だが、その智謀は捨てがたい。礼と秩序を与え、采配を誤らせぬように扱えば、必ずや力となる)
盃を卓に置き、馬超は二人の顔を見据えた。
(あまり史上の先入観に囚われ過ぎるのも良くないか。ここで出会ったのも天の縁――逃す手はない)
「……飢えに沈む地に留まれば、才も命も潰えるだけだ。だが私とともに冀へ来るならば、活躍の場を与えることもできるが如何だろうか?」
二人は息を呑み、互いに視線を交わした。
馬超は更に言を重ねた。
「私は軍司馬として二千の兵を預かり、冀の政務も担っている。父の軍も新しい馬具と訓練で兵を鍛え始めた。涼州の地は今まさに変わろうとしている。――貴君らの才を借りることができれば、その変化をさらに大きな力に変えられる」
黙って聞いていた二人だったが、まず孟達が口を開いた。
「……我が家の兵はもはや僅か。父の代から仕える者たちも、食を得られず散っていきました。孟起殿が我らを受け入れてくださるなら、この命、使っていただきたい」
法正は目を細め、思案げに言葉を選んだ。
「……わたしは筆と舌しか持たぬ者。戦場で槍を振るうことはできませぬ。それでも孟起殿は招かれるのですか?」
馬超は頷く。
「兵を率いるのに剣ばかり要るのではない。文で人を動かし、策で戦を制すこともまた大切だ。私はそれをこそ求めている」
その言葉に、法正の瞳が光を帯びた。
「……なるほど。孟起殿、あなたはただの武勇の人ではない。志の広さ、言の確かさ、まるで時を先んずるかのようだ。……ならば、お供いたしましょう」
龐徳が低く頷き、言葉を添えた。
「若の下に身を投じれば、命を惜しむ暇はありませぬぞ」
孟達と法正は、まるで試されるようにその言葉を受け止め、やがて揃って膝を折った。
「――我ら、謹んでお仕えいたします」
「よし、では新たな門出を祝おうではないか」
馬超は静かに頷き、杯を取り上げた。
粗末な粟酒の苦みが舌に残る。だがその味は、荒れ果てた三輔の地で芽吹く新しい縁の証のように思えた。
卓上の灯火が揺れ、五人の影を壁に映す。
それは、乱世のただ中で交わった若者たちが、これから共に歩む道を暗示するかのようであった。
三輔 長安周辺の京兆尹・左馮翊・右扶風の三郡(正確には郡ではなく、都道府県の都・府みたいな行政区画)を合わせた地域名。それぞれの長官も京兆尹・左馮翊・右扶風なのでややこしい。
孟佗 字は伯郎。生年不明。右扶風平陵の人。孟達の父。宦官の張譲におもねって涼州刺史に就いた。西域が乱れると兵を送ったが収めることができなかった。没年も不明だがとりあえず死んでることにした。
孟達 字は子敬。生年不明(作中では176年に設定)。右扶風平陵の人。劉備に仕えた後、劉備の叔父と被るとして士度に改めた。風采が良く弁に秀でたためその才を認められた。戦乱を避けて法正とともに益州に避難して劉璋に仕えたが、劉備がやってきて使者として派遣されるとそのまま劉備に就いた。劉封と仲違いして関羽に援軍を出さず、関羽が戦死すると劉備の怒りを恐れて魏に亡命、曹丕にもその才を愛されたが曹叡に代替わりすると冷遇されたので蜀に出戻ろうとしたが諸葛亮に見捨てられ司馬懿によって攻め滅ぼされた。
法正 字は孝直。176年生まれ。右扶風郿の人。孟達とともに益州に避難し劉璋に仕えたが、待遇が不満だったので裏切り張松と謀って劉備を迎え入れた。その功で権力を持つと過去に諍いを起こして恨んでいた連中に無実の罪を着せて処刑してしまうなど割と性格は最低の部類。また友達も孟達・張松・彭羕などことごとく素行が悪い。謀臣としての能力だけは一級品だったので劉備や諸葛亮も目溢しをせざるを得なかった。




