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復命

興平二年(195年) 夏六月


()の政庁は土壁を高く築きなおしたとはいえ、戦火の痕はまだ色濃く残っていた。

刀痕や矢傷の跡が刻まれた壁が、乱世のただなかにあることを物語っている。

広間には文武の幕僚たちが列座し、その奥、高座に馬騰(ばとう)が腰を下ろしていた。


息子(馬超)の帰還を見て、馬騰は険しい目を細める。


(ちょう)、よくぞ戻った。……さて、長安はいかがであった。何を見、何を得た」


馬超(ばちょう)は進み出て拱手し、静かに答えた。


「はい。長安(ちょうあん)の都は李傕(りかく)郭汜(かくし)の争いに荒れ果て、天子は東へ逃れんとされております。民は飢え、兵は市を荒らし、朝廷の権威は形ばかりにございます」


馬騰は鼻を鳴らし、周囲に響く声で応じた。


「であろうな。奸臣どもに天下を治める力などあろうはずもない。……で、成果はどうであった」


宣義(せんぎ)将軍――賈文和(賈詡)殿に会いました」


その名に幕僚がざわめいた。馬騰の眉が僅かに動く。


賈詡(かく)か。あやつの策で幾人の命が失われたことか……。で、何を吹き込まれた」


馬超は一歩進み出て堂々と述べる。


韓遂(かんすい)とは正面から戦うべきではない、と。こちらが主導権を握り、おびき出し、有利な状況で戦えと申されました。また宋建(そうけん)については、直接討つのではなく部下を切り崩し、宋建を羌の手で斬らせよと」


幕僚たちは互いに目を見交わす。

馬騰はしばし息子を見据え、やがて低く唸った。


「言うようになったな、超。血気ばかりの若造と思っていたが、智もあるか」


馬超は拱手し、深く頭を垂れた。


「父上のお導きあればこそ。私はただ、得た知を活かすのみ」

「よかろう。宋建の件、任せる。ただし一つ違えれば羌は逆に結束して敵となろう。その時は容赦せぬ。いいな」

「承知いたしました」


馬騰が頷いたその時、傍らに立つ女性の姿に気づいた。


「ところで、後ろに控えておるのは……」


馬超は一歩退いて答える。


「亡き蔡伯喈(蔡邕)様のご息女、蔡文姫(蔡琰)です。長安にて賊に攫われていたところを救い出しました。乱世に身寄りなく、この度、私の妻として迎えました」


政庁がざわめいた。蔡邕(さいよう)の名は洛陽の士人なら誰もが知る。

馬騰はしばし無言で見つめ、やがて口を開いた。


「……そろそろ縁談を考えていたところだが、自ら見つけてきたか。時世が乱れておるからこそ、盛大に婚儀を挙げて一族を奮い立たせねばならぬな」


蔡琰は深く拱手し、言葉を発することなくその場に従った。

続けて馬超は二人の若者を前へと進ませる。


「こちらは孟子敬(孟達)殿。かつて涼州刺史(りょうしゅうしし)を務めた孟伯郎(孟佗)様の子息です。こちらは法孝直(法正)殿。左監(さかん)を務めた法季謀(法衍)様のご子息です。()で出会い、二人とも奇遇にも同じ年で大いに語り合いました」


二人は整って拱手した。


孟子敬(もうしけい)法孝直(ほうこうちょく)、謹んでご挨拶申し上げます」


馬騰は彼らを見下ろし、ゆっくりと頷いた。


「よい面構えだ。超、なぜ連れてきた?」


「はい。三輔(さんぽ)は飢饉と乱に沈み、志を遂げる場がございませんでした。才を埋もれさせるには惜しく、我が幕下に招きました」


馬騰の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


「超よ……お前がただの血気に走るだけでないと、今また知れた。蔡伯喈殿の娘を妻とし、孟子敬・法孝直を得たこと、すべて大きな縁であろう。――これよりお前に課す責はさらに重いぞ」


政庁の空気が和らぎ、幕僚たちも小さく息を吐いた。

馬超は胸に拳を当て、力強く答えた。


「はい。この命、父上とともに涼州を安んじ、必ずや新しき世を切り拓いてみせます」


◇◇◇


夏も半ば、冀の空気は乾いて澄んでいた。

だが北から吹き下ろす風は冷ややかで、まるで秋の先触れのようだった。


城外の広い原には、馬岱の指揮で兵が列を成していた。

革の鞍と鐙を備えた騎兵が、短い号令で馬を回らせ、槍を構えて突撃を繰り返す。

砂塵の中で兵の声が重なり、鼓動のように地を揺らしていた。


その光景を見て、馬超は馬上で息を整えた。

隣に控える龐徳(ほうとく)が、にやりと口角を上げる。


「若。鍛え上げられた姿は壮観ですな。ここまでになるとは」

「よくやってくれたな。……いやはや、これは(たい)の働きが大きい」


二人が馬を進めると、馬岱(ばたい)が兵列を割って駆け寄ってきた。

砂まみれの顔で、力強く拱手する。


従兄(あに)上、お戻りをお待ちしておりました!」


馬超は頷き、背後に控える孟達と法正を示した。


「紹介しよう。こちらは孟子敬殿、かつて涼州刺史を務めた孟伯郎様の子だ。これから我が軍の屯長として工兵を統べてもらう」


兵たちの間にざわめきが走る。孟達は堂々と前に出て、胸に拳を当てた。


「孟子敬、この命、馬将軍のために尽くす所存!」


馬超は満足げに頷き、さらにもう一人を促した。


「そしてこちらは法孝直殿。文に通じ、智に長ける士だ。県尉として治安を預け、同時に私の参謀としても力を貸してもらう」


法正は一歩進み、深く拱手した。


「法孝直、拝命いたします。微力ながら、お役に立ちましょう」


兵たちの目が彼らに注がれる。

若いながらも覇気に満ちた孟達、切れ長の目で冷静な法正。

対照的な二人が並び立つ姿に、兵士たちは好奇と期待を入り混じらせた視線を送った。


馬岱は笑みを浮かべ、従兄へ視線を向けた。


「従兄上。これで軍は一層引き締まりましょう。子敬殿には道や築城を、孝直殿には兵の心を掴ませれば、まさに盤石」


馬超は頷き、声を張った。


「皆の者、聞け! 涼州を安んじるのは我らの手にかかっている。今日から子敬と孝直を仲間に迎える。互いに力を合わせ、戦も政も支えてゆくのだ!」

「おおっ!」


兵たちの声が訓練場に響き渡り、砂塵を揺らした。

馬超は馬上で拳を握る。


(これで基盤が固まる。戦を勝ち抜くだけでなく、城を治め、道を築き、民を養う――その全てを担える体制が整いつつある。あとは、この才をどう活かすかだ)


彼の目には、荒涼たる涼州の地を超えて、さらに広い未来が映っていた。

屯長 その名の通り屯の長。漢の軍隊の単位としては将軍が指揮する軍(5000~12500程度)、部校尉や軍司馬・別部司馬が指揮する部(2000~3000程度)、部曲将・部曲督・軍候が指揮する曲(1000程度)、その下に屯(250~500程度)、閭(100)、属(50)、什(10)、伍(5)などがある。他にも師や旅や隊なども見られて非常にややこしい。定数がこれであっているのかもわからない。


県尉 県の治安維持を担当する官職。定数1~2(県の規模によって異なる)。本来は県令・県丞・県尉などは朝廷が任命して中央から派遣される。今回は定数2のところ1人しかおらず欠員が出ていたので上表して任命してもらったという形式で勝手に任命した。上表した形を取って勝手に任命は後漢末の群雄が良くやるパターン。というかこれをやらないと部下に官職を回せないので。

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