エピローグ 平穏の終わり
事態が終息したのを見届けたシャルロットは、双眼鏡を懐に仕舞った。
その顔には、いつもの眠そうな表情ではなく、非常に上機嫌な笑みが浮かんでいる。
対するアンは厳しい顔付きで、ドゥーはオロオロしていた。
友人たちの反応にシャルロットは気付いていたが、敢えて気にせず思いを口にする。
「こうなることは知ってたけど、やっぱり面白かった」
「シャル」
「何、アン?」
「あのホムンクルス……何者なの?」
「ライムはライム。 それ以外は知らない」
「嘘つかないでよ。 あいつを作った奴のこと、あんた知ってんでしょ? 本当は、何か秘密があるんじゃないの?」
「……確かに、わたしは製作者のことを知ってる。 でも、ライムの詳細は本当に知らない」
アンに問い質されたシャルロットは、少しばかり暗い顔になった。
それを見たアンは追及することが出来ず、口を真一文字に引き結んでいる。
その場に重苦しい静寂が落ちそうになったが、そこに愉快そうな声が割り込んだ。
「くく……やるとは思ってたが、想像以上だな。 最後のトロールは、下手すりゃ中層のボスか上層の魔物くらいの強さがあった。 それを一蹴しやがるとは、恐れ入ったぜ」
顎を手で撫でながら、舌なめずりするヒサツグ。
アヤナたち幹部の姿もある。
『絶黒』の接近にアンとドゥーは、警戒を露にしていた。
しかし、シャルロットが動じることはなく、いつもの眠そうな顔で問い掛ける。
「何か用?」
「大したことじゃねぇよ。 ただ、邪魔すんなって言いに来ただけだ」
「邪魔って?」
「ライムだよ。 俺はあいつと、絶対に戦う。 その邪魔をするなってことだ」
「好きにして……と言いたいところだけど、ライムが嫌がることは駄目」
「ほう? 意外だな、テメェがそんなこと言うなんてよ。 どっちにしろ、俺は譲らねぇけどな」
「どうしても?」
「当然だろ」
「だったら、止めないといけない」
「笑わせるぜ。 テメェに俺が、止められると思ってんのか?」
「逆に、なんで無理だと思うの?」
「……面白ぇ。 テメェは眼中になかったが、ちょっと興味出て来たぜ」
建物の屋根の上で向かい合い、戦意を高めるシャルロットとヒサツグ。
アンとドゥー、アヤナとリン、ヒナミも戦闘態勢に入っており、4大ギルドのトップによる激闘が始まるかに思われたが――
「その辺にしとけよ」
第三者の介入。
別の屋根から跳び移って来たカイルが、両者の間に割って入った。
その時点でシャルロットたち『導きの乙女』が矛を収めた一方、ヒサツグは研ぎ澄まされた刃のような声音で言い放つ。
「テメェも邪魔すんのか、『頂者』? だったら、代わりに相手しろよ」
「何度も言わせんな、メンドクセェ。 俺にそのつもりはねぇよ。 そんで、ライムも一緒だと思うぜ」
「関係ねぇな。 テメェらがどうだろうと、俺がやるっつったらやるんだよ」
「ガキか、お前は。 何にせよ、今日のところは帰れって。 こんなとこでやり合ったら大惨事になって、下手すりゃトライア追放になるぞ?」
彼らが集まっているのは、いわゆる居住区。
数多くの人が住んでおり、今もこちらを心配そうに窺っていた。
シャルロットたちが手を引いた今、何かあれば『絶黒』に全責任が行くだろう。
ヒサツグもそのことはわかっており、苛立たし気に舌打ちしてから踵を返した。
だが、意志だけは変わらない。
「俺はライムを狙い続けるぜ。 そのあと気が向いたら、テメェらも相手してやるよ。 行くぞ」
「はぁい」
「了解です」
「あはは! 帰りますかー!」
言い捨てたヒサツグは、アヤナたちを連れて屋根伝いに西地区の方へ向かった。
その背中をカイルは溜息交じりに見送り、次いでシャルロットに声を掛ける。
「『千里眼』、サシャとガキどもが世話になったな。 今回は助かったぜ」
「気にしなくて良い。 わたしは、ライムが集中出来るようにしたかっただけ」
「ライムか……。 あいつの力を見たのか?」
「少し」
「そうかよ。 どうだった?」
「強かった。 でも、まだまだあんなものじゃない」
「へぇ、随分と言い切るんだな。 何か根拠でもあんのかよ?」
「ない。 でも、信じてる」
「良くわかんねぇな……。 取り敢えず、俺は行くぜ。 南区画の講堂だよな?」
「うん」
「おし。 じゃあな、『千里眼』。 また何かあったら、手を貸せることは貸すから言ってくれよ」
シャルロットに感謝を伝えたカイルは、足早に南区画を目指した。
彼女は返事をしなかったが、アンとドゥーに振り向いて、Vサインを作る。
「『頂者』に貸しを作れた」
「結果論だけど……まぁ、ラッキーかもね」
「ト、『頂者』の力が必要なことなんて……起きて欲しくないけどね……」
「ドゥー、それは無理かも。 たぶん今日を境に、平穏は終わり」
「……予知夢のこと?」
「アン、それもある。 でも、別のことも起きる気がする」
「べ、別のことって……?」
「それはまだわからない。 けど、ドゥーも心の準備をしておいて」
「うぅ……嫌だな……」
「諦めなさい、ドゥー。 予知夢だけじゃなくて、シャルは勘も当たるんだから」
ガックリと肩を落とすドゥーの背を、アンはどこか遠くを眺めながらポンと叩く。
そんな友人たちをよそに、シャルロットは再び双眼鏡で魔塔近辺を眺めた。
そこではライムが黙々と魔石を拾っており、ルビーとマリンは何やら喚き合っている。
今後のことは不透明ではあるが、彼らが関わって来るのは間違いないと、シャルロットは確信していた。
そのときに自分がどのような行動に出るのか、彼女は己に興味を抱いている。
ライムに視線を固定しながら、シャルロットは微笑を漏らし、トライアを夕日が照らし始めた。
ここまで読んで頂き、有難うございました。
これにて第1章は完結です。
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