第22話 死神
いったい、どれだけの魔物を葬っただろう。
ルビーとマリンは、現在進行形で襲い来る魔物たちを退けながら、内心で呟いた。
周囲には膨大な数の魔石が転がり、数えるのも億劫なほど。
今のところダメージらしいダメージはないが、新品の服が汚れてしまっている。
その事実に泣きそうになりつつ、2人は魔塔武装を繰り出し続けた。
「やぁッ!」
ゴーレムによる拳撃を、双剣で受け流しながら斬り掛かるルビー。
高い耐久力をものともせず、バターのように斬り裂く。
「ふッ……!」
遠くで口腔に炎を溜めていたレッドウルフに、長槍を投げ放つマリン。
穿つと同時に手元に戻し、次なる相手と相対している。
彼女たちの快進撃には、エステルによる手入れも大きな力となっており、双子は強く感謝していた。
また、彼女に口酸っぱく言われた、武器の消耗を抑える戦法。
なるべく無茶な運用はせず、正しい使い方を心掛けていた。
それによって、高いパフォーマンスを長期戦で発揮出来ている。
そして、正しく武器を使うには、正しい立ち回りが必要で、彼女たちの動きが洗練されつつあった。
むしろエステルは、そちらの効果を狙っている節がある。
口では厳しく言っていても、彼女は双子を気に入っていた。
エステルの真意を2人が知ることはなかったが、期待を裏切らない成長を遂げている。
しかし――
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……どうしたの、マリン? 息が上がってるわよ?」
「……そう言う貴女こそ、限界が近いのではないかしら? いつもの無駄な元気が、なくなって来ているわよ?」
武器の状態は良くても、体力と魔力の消耗は半端ではない。
実力的には彼女たちの方が上だとしても、これだけの大群と戦うのは初めて。
その精神的な負担が、重くのしかかっている。
はっきり言って2人とも、かなり辛いコンディションではあったが、だからこそ互いに弱味は見せられなかった。
「誰が無駄よ!? あんたみたいな陰湿な子より、パパだって元気な子の方が好きに決まってるもん!」
眦を吊り上げて、目の前のキラーアントを袈裟斬りにするルビー。
続いて、炎のブレスを吐き出そうとしたレッドウルフに、【ファイア・アロー】を射掛ける。
そこにゴーレムが腕を振り下ろしたが、クルリと右に転身することで躱し、そのまま繰り出した回転斬りで上下に分割した。
戦闘開始当初に立ち戻ったかのような勢いで、絶え間なく魔物を駆逐して行く。
対するマリンも、負けていない。
「陰湿って何よ!? お父様だって落ち着いていらっしゃるのだから、大人しい女性の方が好みに決まっているでしょう!?」
ゴーレムの頭を、超速の突きで粉砕するマリン。
背後から3体のキラーアントが迫ったが、振り返ると同時に長槍で薙ぎ払う。
そのままの勢いで左手を前に出し、【スプラッシュ・カノン】でレッドウルフを吹き飛ばした。
ルビーに負けじと立ち直った彼女も、獅子奮迅の働きを見せている。
互いが互いをライバル視しており、誰よりも負けたくないと思っていた。
だからこそ、絶対に先に音を上げる訳には行かないと考えており、力を振り絞っている――が――
「そんなことないわよ! パパはいつも、あたしの明るさを褒めてくれるじゃない!」
「それは、お父様がお優しいからよ! 本心では、ウンザリしているに違いないわ!」
「自分が優しくしてもらえないからって、適当なこと言わないでよね!」
「ふざけないで! わたくしだって、お父様には優しくして頂いているわよ!」
「あたしに対しての方が、優しいってば! 昨日なんて、3回も頭を撫でてくれたし!」
「わたくしは4回よ!」
「嘘つき! じゃあ、あたし5回!」
「じゃあって何よ!? わたくしは6回だったわ!」
「7回!」
「8回!」
「9回ッ!」
「10回ッ!」
なんとも低次元な言い争いも、繰り広げていた。
ライムがこの場にいれば、約束その1を発動したに違いない。
ついでに、余人が見れば呆れ果てただろう。
真剣なんだかふざけているのか、際どいところだが、本人たちは必死そのもの。
猛る気持ちを魔塔武装に乗せて、魔物を仕留め続けた。
ギャアギャアと言い合っている分、体力を余計に消費しているように感じるが、それによって気力は充実している。
差し引きで言えばプラスになっているので、効果的――だと言うことにしておいて欲しい。
そうして、1歩も退かずに戦い続けていた意地っ張りな双子だが――
「だいたいあんたは……って、何あれ?」
「まさか、トロール……? しかもあの色……変異種の可能性が高いわ」
魔塔から、異様な雰囲気の魔物が姿を現した。
右手に棍棒を装備しており、高さ350センツほどの巨体。
横に大きな胴体と、太い腕と脚から、スピードよりもパワー重視に見える。
40階層に生息する下層のボス、トロール。
本来の色は濁った緑だが、この個体は深い赤。
そのことからマリンは変異種だと疑い、それは正しい。
過去最大の脅威を感じた彼女は、硬い面持ちを浮かべている。
ところが、もう1人は違った。
「ふん! 下層のボスだろうが変異種だろうが、関係ないわ! 向かって来るなら、やっつけるだけよ!」
「そう簡単に行くとは思えないわ。 ここは、冷静に判断するべきよ」
「冷静にって何よ? やるかやらないかでしょ? だったら、あたしはやるを選ぶわ」
「待ちなさい。 勝算はあるの? わたくしたちの力が下層でも通用するのは、証明出来たと思うわ。 でも、ボスとなれば話は別よ。 ましてや、相手は変異種なのだから」
どこまでも勝気なルビーを、マリンはなんとか押し留めようとした。
彼女自身が認識出来ていないが、大事な肉親を失いたくないと言う気持ちが強い。
しかしルビーは、キョトンとした顔をマリンに見せて、不思議そうに言い返す。
「あんた、何を言ってんの? あたしたちは、パパといつも訓練してるのよ? これ以上の勝算がある?」
「……ッ! ルビー……」
「あたしだって、あいつが強いのはわかってるわよ。 けどね、パパに比べたらゴブリンほどでもないわ」
「……あのようなものと、お父様を比べないで。 その価値すらないわ」
「わかってんじゃない。 で? どうすんの? あたしは行くけど、怖かったらあんたは逃げても良いわよ?」
挑発的な目で、マリンを見据えるルビー。
それを受けたマリンは盛大に嘆息し、トロールの方を向きながら返答した。
「上等よ、付き合ってあげるわ。 ただし、細心の注意を払いなさい。 忌々しいけれど、貴女に何かあればお父様が悲しむのだから」
「こっちのセリフよ! 精々、足を引っ張らないでよね!」
並び立った双子は、力強く魔塔武装を構え直した。
全身から闘志が昂っており、鬼気迫るものを感じる。
だが、相手はトロールだけではない。
いざと言うタイミングで、魔塔から新手が湧き出て来た。
他の魔物も相手にしながらボスと戦うのは、実際問題としてかなり厳しいだろう。
流石のルビーも微かに緊張しており、それでも極限まで集中力を高め――
「良く頑張ったな、2人とも」
平坦ながら優しい声が、双子の耳朶を打った。
思わず目を丸くした彼女たちは、満面の笑みで振り返る。
そこにいたのは、言うまでもなくライム。
スタスタと歩きながら、道中の魔物を一撃で殴殺していた。
大して力を入れているようには見えず、軽く小突いているかのよう。
それにもかかわらず、全ての魔物が爆発するかの如く、砕け散っていた。
久しぶりに父親の戦い――と言うには一方的だが――を見た双子は、瞳をキラキラさせている。
そんな娘たちに苦笑したライムは、背後から跳び掛かって来たキラーアントを、振り向くことすらせずに裏拳で撃破しながら、柔らかな声音で告げた。
「ここは、わたしが受け持とう。 ルビーとマリンは、引き続き他の魔物を頼む」
2人の頭を撫でたライムは、トロールに向かおうとした。
ところが、彼女たちはそれを良しとしない。
「待って、パパ! あいつは、あたしたちが倒すから!」
「ルビー……。 しかし、奴は少しばかり特殊だ。 今のキミたちには、荷が重いかもしれない」
「それでもです。 確実に勝てる相手とばかり戦っていては、大きな成長は望めません。 お父様、ここは見守って頂けませんか?」
「マリンまで……。 わかった、そうまで言うなら任せよう。 その代わり、危険を感じたら介入するぞ」
「有難う、パパ! 大好き!」
「お父様……お慕いしています」
「わたしも、2人を大事に思っている。 だから……」
そこで言葉を切ったライムは、周囲に鋭い目を走らせた。
トライアに来て初めてと言っても過言ではないほど、真剣な眼差し。
初層と下層の魔物は知能が低いが、それでも恐怖を覚えるほどで、竦んだかのように動きを止めている。
しかし、ライムが容赦することはなく、言いたいことを言い放った。
「誰にも、キミたちの戦いは邪魔させない。 思う存分やれ」
「うん! 行くわよ、マリン!」
「えぇ。 必ず勝つわよ、ルビー」
ライムに背を向けて、駆け出すルビーとマリン。
娘たちを見送った彼は、一瞬だけ微笑を漏らし、すぐに表情を引き締めた。
辺りにひしめく、魔物の群れ。
何体いるのか、最早わからない。
それでも彼が躊躇することはなく、悠然といつもの構えを取る。
一方の魔物たちは、怯えたように蠢いており――
「来ないなら、こちらから行くぞ」
ライムが消えた。
いや、本当に消えた訳ではない。
ただ、それほどの速度だと言うこと。
魔法を使っている訳でもないのに、【クイック・ブースト】を発動したカイルと同等。
この結果は、人間や他のホムンクルスとは次元の違う身体能力と、極められた体術によるものだ。
拳で殴り、脚で蹴り、掌底で打ち、貫手で穿ち、手刀で断ち、肘で砕く。
単純な攻撃力とスピードは言うに及ばず、戦術眼も並外れていた。
全ての動きがフローチャートのように繋がっており、刹那の間も隙がない。
広範囲攻撃も遠距離攻撃も使っていないが、その殲滅力は尋常ではなかった。
瞬間移動かのような速さでレッドウルフに接近し、即座に蹴り上げて撃破する。
その頃になって振り向いたゴーレムに貫手を突き込み、背中まで貫通した。
キラーアントの集団に踏み入り、舞い踊るように1回転して、首を纏めて手刀で刎ねる。
魔物たちは彼の動きに付いて行くことが出来ず、虐殺され続けるのみ。
このときライムは、手を抜いてはいなかった。
だが、全力を出していたかと言えば、果たしてどうだろう。
粛々と魔物を排除して行く姿は、相手からすれば死神のようなもの。
遂には、逃げ出そうとした個体もいたが――
「わたしの娘に牙を剥いたんだ。 生きて帰れると思うな」
許されない。
敏感に察知した彼は中央区画を駆け巡り、魔物を討ち続けた。
いつの間にか、狩る側と狩られる側が、完全に逆転している。
こうしてライムは、娘たちの勝利を祈りながら、力を振るうのだった。