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第21話 それぞれの思惑

 ルビーとマリンは、魔塔の方に向かって走っていた。

 既に東区画に入っている魔物もいるだろうが、それらを探し回るよりも、大元を止める方が良いと言う判断。

 2人とも真剣な顔付きだが、胸中では不満を抱えている。

 念の為に言っておくと、戦うことに文句はない。

 ただ、ライムに買ってもらった服が汚れそうなことが、どうしても気になっていた。

 だからと言って、悠長に着替えている場合ではないだろう。

 自身に言い聞かせた双子だが、走り続けながらマリンが口を開いた。


「ルビー」

「何よ?」

「初層の魔物は無視するわよ」

「ん? なんで?」

「わからないの? 少しは頭を使いなさい」

「うっさいわね! 良いから教えなさいよ!」

「はぁ……良いわ、今は言い争っている時間はないし。 要するに、初層の魔物なら他の挑塔者でもなんとか出来るからよ。 だからわたくしたちは、下層の魔物を優先して狙うわ」

「ふん、なるほどね。 仕方ないから乗ってあげる」

「相変わらず、ひねくれているわね。 それより、油断はしないで。 わたくしたちも、下層の魔物と戦うのは初めてなのだから」

「わかってるわよ。 でも、だからって後手に回るつもりはないわ。 あたしたちが頑張らないと、被害が大きくなるかもしれないんだからね」

「……そうね。 細心の注意を払いつつ、素早く始末するわよ。 お父様に任されたのだから」

「当然ッ!」


 やる気を滾らせたルビーとマリンは、道中に出会ったゴブリンなどを処理しながら、遂に魔塔の近くまでやって来た。

 今も尚、数多くの魔物が溢れており、東区画に侵入しようとしている。

 幸か不幸か、魔塔管理局には見向きもしていなかった。

 普通に考えれば、たった2人ではどうしようもない状況だが、彼女たちが怖気付くことはない。

 下層に出現する魔物は、ゴーレムとキラーアント、レッドウルフ。

 ゴーレムは土で出来た200センツほどの人型で、耐久力とパワーが強味だ。

 キラーアントは名前の通り、二足歩行の巨大な蟻の見た目をしており、鋭い顎による噛み付きが脅威。

 レッドウルフは赤い体毛の狼だが、敏捷性が高く、噛み付きや引っ掻き、更には炎のブレスまで使って来る。

 どれも初層の魔物より圧倒的に強く、ほとんどの挑塔者では太刀打ち出来ない。

 そのことを踏まえた上で、一瞬だけ視線を交換したルビーたちは、即座に前に出た。


「パパとの訓練に比べたら、こんなの欠伸が出ちゃうわよッ!」


 1体のキラーアントに接近したルビーが、双剣を連続で繰り出す。

 両腕と両脚を断ち斬り、残った頭部を十字に斬り裂いた。

 下層の魔物を相手に一切の躊躇もない彼女に、マリンは呆れと感心が綯い交ぜになった思いを抱きつつ、自身の戦いを始めている。


「お父様に相応しい使い手になる為に、わたくしは止まる訳には行かないの」


 ルビーの背後に迫っていたゴーレムの前に立ち塞がり、長槍で乱れ突きを放った。

 耐久力が高いにもかかわらず、体中を穴だらけにされたゴーレムは、ただの土塊となって塵と消える。

 当初は少しばかり硬くなっていたマリンだが、勇猛果敢なルビーを見てリラックス出来ていた。

 一方でルビーは先走る癖もあるので、それを止めるのは彼女の役目。

 ライムは常々思っているが、本当に良いコンビだと言える。

 言葉にせずとも背中を預け合った2人だが、そこにレッドウルフたちが、炎のブレスを吐き出そうとした。

 しかし、所詮は下層の魔物。

 力を溜めるのに時間が掛かっており、その隙を逃す双子ではない。


「行っけぇッ!」

「消し飛びなさい」


 ルビーの【ファイア・アロー】とマリンの【スプラッシュ・カノン】が、複数体を纏めて始末する。

 射線上にいた他の魔物も巻き込んでおり、かなりの戦果を挙げていた。

 初層と下層では敵の強さに大きな開きがあるものの、彼女たちにとっては誤差でしかない。

 ライムと日々訓練に励んで来た双子に敵う者はおらず、次々と倒されて行く。

 だからと言って全てを止められる訳ではないが、東区画に辿り着ける魔物の数は激減していた。

 それだけでも自分たちの役割は果たせていると、ルビーとマリンは思っており、その事実に間違いはない。

 ただし、いくら戦闘力は充分でも、それだけでは補えないこともある。

 目の前の戦いに集中していた双子は、気付けなかった。

 東地区に向かう魔物の数が減っているのは、他にも要因があったことに。











 ライムに先んじて戦場に向かったカイルは、ルビーたちとは対照的な動きを取っていた。

 東区画のあちらこちらを駆け回り、目に付いた魔物を逐一撃破して行く。

 勢いを緩めることはなく、彼の走路にいた魔物が一瞬で塵となって行った。

 常人が見ても何が起きているのかわからないだろうが、実のところ特別なことなどない。

 殴る、もしくは蹴る。

 彼の武器は、己の肉体のみだ。

 魔塔武装はおろか、通常の装備すら使わないスタイル。

 超人的な体術を誇っているからこそ可能ではあるが、別の理由もあった。

 カイルは魔塔で入手したものを、全てジェニムに換えて子どもたちの為に使っている。

 自分の装備を整えることすらせずに。

 繰り返すが、それは彼が圧倒的強者だからこそ。

 とは言え、カイルも最初から今の力を持っていた訳ではない。

 何度も死ぬ思いを繰り返し、それでも諦めなかった結果、いつしか『頂者』とまで呼ばれるようになっていた。

 自身も孤児として育った彼が守りたいのは、『野良猫の隠れ家』のメンバーたち。

 だが、それでも、この戦いに力を尽くすことに躊躇いはなかった。

 大切なものを失う悲しみを味わうのは、1人でも少ない方が良いのだから。


「【クイック・ブースト】!」


 カイルが叫ぶと同時に、彼の体が加速した。

 風属性の中級魔法、【クイック・ブースト】。

 効果は使用者の敏捷性を上昇させると言う単純なものだが、その上昇量は本人の実力に依存する。

 そしてカイルは、決して魔法が得意なタイプではないが、自己強化系に関してのみ、かなり高い素養を誇っていた。

 【クイック・ブースト】の恩恵を得た彼の速さは、まさしく風の如し。

 広い東区画を縦横無尽に移動しながら、凄まじい勢いで魔物を片付けて行く。

 他の挑塔者も初層の魔物の撃退には当たっていたのだが、『頂者』の強さを前に唖然としていた。

 それを見たカイルは大通りで立ち止まり、東区画全域に聞こえるほどの大声を張り上げる。


「のんびりしてんじゃねぇッ! お前らも挑塔者なら、こんなときくらいは意地を見せろッ! 自分の大事なもんは、自分で守らなきゃいけねぇんだよッ!」


 カイルに叱咤された挑塔者たちは、ハッとした面持ちで武器を構え直す。

 彼らとて、最初から初層に留まるつもりだった訳ではない。

 しかし、安定を求め続けたところ、いつしかそれが当たり前になっていた。

 初心を思い出した挑塔者たちは、闘志を前面に出して魔物たちに襲い掛かる。

 その様子を眺めたカイルは満足そうにニヤリと笑い、そこに近付く者がいた。


「見事なものですね。 流石はリーダーと言ったところでしょうか」

「よせよ。 リーダーと言っても、『野良猫の隠れ家』が普通のギルドじゃねぇのは知ってんだろ?」

「ですが、貴方に統率力があるのは事実です。 それも、ギルドの壁を越えた者たちを纏めるほどの」

「別に、俺は言いたいことを言っただけなんだけどな。 そんなことより、こっちに来て良いのかよ? 嬢ちゃんたちは放っておくのか?」

「放っておくつもりはありません。 ただ、今はまだ余裕がありそうなので、こちらに加勢します」

「へぇ? こんだけ離れてても、そんなことがわかんのかよ?」

「誰でもと言う訳ではないですが、ルビーとマリンのことなら手に取るようにわかります」

「ただの勘……じゃなさそうだな。 気になるが、今は魔物どもをなんとかしねぇと」

「その通りです」


 騒動の真っただ中とは思えないほど、落ち着いたライムとカイル。

 向かい合って言葉を交わしていたが、そこに路地裏から2体のキラーアントが跳び出して来た。

 不意打ちで、彼らの首を嚙み千切ろうとし――


「やっぱ、やるじゃねぇか」

「この程度なら」


 頭部が四散する。

 それを成し遂げたのは、彼らの裏拳。

 互いに視線を外さないまま繰り出された一撃は、呆気なく魔物の命を奪った。

 カイルは当然として、ライムからも途轍もない強さを感じた近くの挑塔者たちは、戦慄している。

 だが、2人が気にすることはなく、東区画の防衛に当たろうとして――


「カイルさん、前言撤回します」

「ん? どうした?」

「すみませんが、やはりこちらはお任せします」

「……嬢ちゃんたちに、何かあったか?」

「厳密に言えば、何か起こるかもしれない……と言った段階ですね」

「なるほどな……。 わかった、任せろよ。 心配しなくても、『千里眼』たちが避難誘導してくれてるみてぇだし、このままなら大した被害は出ねぇだろ」

「有難うございます。 では、またあとで会いましょう」

「おう、気を付けてな!」


 別れを告げたライムは、建物の屋根に跳び乗って、娘たちの元に最短距離で馳せ参じる。

 何気ない動作ではあるが、それだけでも彼の身のこなしがずば抜けていると、カイルは見抜いていた。

 ライムの真の実力に関心を持ったものの、彼はやるべきことを間違えない。


「良し、行くか。 【クイック・ブースト】!」


 自己強化魔法を掛け直したカイルは、再び魔物の掃討を始めた。

 他の挑塔者たちの奮起もあり、次第に数を減らして行く。

 そうして、東区画が落ち着きを取り戻そうとしていた一方で、魔塔近くの戦況が変わろうとしていた。











 サシャと子どもたちを始めとして、戦う力のない人々を南区画に避難させたシャルロット。

 全体的に静かで、どことなく神秘的な雰囲気が充満している。

 中央に大きな講堂があり、集会を終えた『導きの乙女』のメンバーが、出て来るところだった。

 閉鎖的な南区画には、メンバー以外が立ち入ることはほとんどないが、彼女の指示に背くことなどない。


「この人たちを、安全な場所に連れて行って。 あと、魔物が来るかもしれないから、守りを固めて」

「かしこまりました!」


 シャルロットに命じられたメンバーは、二つ返事であとを引き継ぎ、避難して来た者たちを講堂に案内した。

 それとともに、魔物が南区画に侵入して来ないか、迎撃態勢を整える。

 基本的にシャルロットは、アンとドゥーとしか自分からは関わらないが、使えるものは使うスタンスだ。

 そんな彼女に呆れた目を向けたアンと、オドオドしているドゥー。

 しかし、シャルロットは意に返すこともなく、淡々と声を発した。


「行こう」

「行くって、どこに?」

「わ、わたしたちも、戦うの……?」


 スタスタと歩き始めたシャルロットに、アンとドゥーは付いて行きながら問い掛ける。

 対するシャルロットは、足を動かし続けながら返事した。


「わたしたちの役目は、避難させること。 東区画を守るのは、『頂者』と他の人たちで充分」

「だから、それならどこに行くのよ? もう、やることなくない?」

「アン、それは違う。 むしろ、ここからが本番」

「ど、どう言うこと……?」

「付いて来たらわかる。 アンとドゥーも行こう」

「良くわかんないけど……仕方ないわね」

「シャルは、言い出したら聞かないしね……」


 あくまでもマイペースを貫く、シャルロット。

 そんな彼女に溜息をつきつつ、大人しく追い掛けるアンとドゥー。

 そのまま暫くして、2人は自分たちがどこへ向かっているか悟った。

 南区画の講堂から真っ直ぐに北上した先、中央区画。

 より正確に言うなら、魔塔周辺。

 今も戦闘音が響いて来ており、てっきりシャルロットが魔物と戦うつもりかと思っていたが――


「この辺りで良いかな」


 突然、立ち止まったシャルロットが跳躍して、背の高い建物の屋根に足を着ける。

 反射的に顔を見合わせたアンとドゥーは、怪訝に思いながら、ひとまずあとを追った。

 すると目にしたのは、双眼鏡を覗き込んで、魔塔の方を眺めているシャルロット。

 アンとドゥーが、ますます頭上に疑問符を浮かべていると、懐から双眼鏡を2つ取り出したシャルロットが、目を離さないまま平坦な声音で告げる。


「これは2人の分。 一緒に見よう」

「見るって……何を?」

「面白いもの」

「お、面白いもの……?」

「うん。 もう少し掛かるけど」


 それっきりシャルロットは、口を閉ざした。

 説明する気がないと察したアンたちは、揃って盛大に嘆息しながら、彼女の手から双眼鏡を受け取る。

 改めてシャルロットに目を向けたが、相変わらず集中していた。

 いろいろと諦めたアンとドゥーは、溜息をもう1つ追加してから、双眼鏡で魔塔の方を見やる。

 そこでは紅と蒼の髪の双子が、激しい戦いを繰り広げていた。











 東区画から西区画へと、一直線に『絶黒』は帰ろうとしていた。

 ヒサツグの顔には不満がありありと浮かんでおり、明らかに苛立っている。

 そんな彼をアヤナは苦笑気味に見やり、リンはいつもの如く無表情。

 ヒナミも普段通り、にこやかに笑っていた。

 ちなみに、ヒサツグはライムとの戦いを優先して、今日の大会を辞退している。

 本来なら優勝して大金を得ていたはずなので、そのことも込みで不機嫌に拍車が掛かっていた。

 リーダーの心情を幹部3人は、充分に把握していたが、敢えて何も言わない。

 そうして無言のまま、歩みを進めていた4人の前に、3体のゴブリンが躍り出る。

 手に持った棒で、ヒサツグたちに殴り掛かり――


「ちッ……ライムも『頂者』も、腹が立つぜ。 絶対、いつか引き摺り出してやる」


 真っ二つになる。

 それを実行したのはヒサツグで、魔物が塵となる頃には、納刀が終わっていた。

 凄まじいと言う言葉では足りないほどの速度だが、アヤナたちは全く動じていない。

 それどころか、今の一幕などなかったとばかりに、自然と会話を続ける。


「ホムンクルスはともかく、『頂者』は脅せば釣れるんじゃないですかぁ?」

「確かにな、アヤナ。 けどよ、やっぱり今はライムが優先なんだよ」

「ヒサツグ様は、どうしてもあのホムンクルスと戦いたいのですね」

「リンだって、あいつの強さには興味あるだろ? 実際に戦うのが1番だが、取り敢えず実力が見てぇよな」

「うーん、でも難しいですよねー。 本人にやる気がなさ過ぎですしー」

「それなんだよ、ヒナミ。 どんだけの強さを隠してやがるか知らねぇが、気に入らねぇぜ」


 ゴブリンが残した魔石を拾うことすらなく、踏み砕いて先に進むヒサツグ。

 いつも飄々としている彼が、ここまで感情的になるのは珍しく、アヤナたちはどうしたものかと考えていたが――


「あれは……」

「噂をすれば何とやらねぇ」

「あんなに急いで、どうしたんだろ?」


 リンの呟きに、アヤナとヒナミが追随する。

 彼女たちが見る先では、ライムが屋根伝いに中央区画に向かっていた。

 相当なスピードで、3人はそのことに驚いていたが、ヒサツグの反応は違う。


「追うぞ」

「あ、やっぱりそうなりますぅ?」

「アヤナ、わかってんだろ? これは、チャンスかもしれねぇ」

「確かに、もしかしたら……」

「本気を出すかも!」

「そう言うことだ、リン、ヒナミ。 こうなったからには、少しでも力を見せてもらわねぇとな。 てことで、行くぞ」

「はぁい」

「了解です」

「あはは! 楽しみですねー!」


 ニヤリと笑ったヒサツグが駆け出し、アヤナたちが遅れず付き従う。

 こうして多くの使い手が集う中、魔塔周辺の戦いは熱を帯びて行った。

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