第16話 マイペース
ライムたちが東区画に来るのは、トライアに来たその日以来だ。
他の区画に比べてかなり栄えており、人の数もそれに伴って多い。
そのことを再認識したルビーとマリンは、少しばかり圧倒されている。
そんな娘たちに気付いたライムは、さり気なく2人の手を取った。
双子は驚いた顔をしていたが、彼は構わず告げる。
「はぐれると困るからな」
「パパ……。 うん、有難う!」
「な、何でしたら、普段から手を繋いで頂いても……」
心底嬉しそうに、ライムの腕にしがみ付くルビー。
彼と指を絡め合って、体を密着させるマリン。
歩き難いことこの上ないが、ライムは好きにさせることにした。
こうして、美男美女がイチャイチャ(?)しながら往来を練り歩き、衆目を大いに集める。
もっとも、ライムたちがその他大勢を気にすることはなく、目的地に向かいながら、目に付いたものを見て回った。
非常に楽しい時間で、ルビーとマリンは笑顔になっており、久しぶりの休暇を満喫しているのがわかる。
その事実にライムが安堵していると、離れたところに背の高いオブジェが見えて来た。
頂上から水が湧き出し、下の方へと流れ、泉のようになっている。
家族連れから恋人らしき男女、大人数のグループ、ギルドの仲間らしき集団など、多種多様な人物が見受けられた。
団子屋の少女が言っていたが、まさしく待ち合わせスポット。
その意味を理解しつつ、ライムたちは歩みを進め、遂に目の前まで来る。
近くで見ると、より一層荘厳な雰囲気を感じ、見応えがあると言う評価が、誇張ではないとライムは感じた。
その感想は彼だけではないようで、当初はあまり乗り気ではなかったルビーも、目を輝かせている。
「わぁ! 凄い! こんな大きな噴水、初めて見た!」
「えぇ、本当に。 来て良かったわ」
ルビーがはしゃいでいるのを横目で見たマリンは、どこかホッとした様子で笑みを浮かべている。
どうやら、自分のわがままに付き合わせたことを、気にしていたらしい。
彼女の気持ちを察したライムは苦笑しながら、自身の思いも口にした。
「誰が造ったのか知らないが、見事だな。 今後、もしはぐれるようなことがあれば、ここに集まるようにしよう」
「あたしがパパから離れるなんて、ないけどね!」
「わたくしだってそうだけれど、不測の事態は起こり得るでしょう? そうではなくても、止む無く別行動しなければならないときは、来るかもしれないわ」
「マリンの言う通りだ。 わたしとて、キミたちと離れるのはなるべく避けたいが、いつ何が起きるかわからないからな」
「む~。 わかったわよ。 もし何かあったら、ここに来れば良いのね?」
「あぁ、そうだ。 偉いぞ、ルビー。 マリンも、わたしの意図を理解してくれて有難う」
「えへへ~」
「こ、この程度、お父様の娘として当然です」
ライムに褒められて、だらしない笑顔になったルビーと、表情を取り繕うとしつつ頬が緩んでいるマリン。
微笑ましい2人にライムの心は温かくなったが、それを邪魔する無粋な者がいた。
「おい、テメェらが『宝石姫』だな?」
背後から声を掛けられたライムは、ルビーたちの手を離して振り向き、1歩前に出た。
視界に映ったのは、多数の挑塔者らしき男女。
疑いようもなくライムたちに敵意を向けており、ニヤニヤした笑みを浮かべている。
不穏な空気を察知した双子は武器を生成しようとしたが、ライムに手で制された。
剣呑な気配を敏感に嗅ぎ付けたのか、周囲から人々は遠ざかっている。
ひとまず状況を把握したライムは、目の前の男性に向かって鋭く言い返した。
「何か用か?」
「生意気な野郎だな。 俺たちは戦闘系ギルドの――」
「名乗らなくて良い。 用件を言え。 わたしたちは忙しいんだ」
実際には遊んでいるだけだが、ライムたちにとっては、それこそが何よりも大事な時間。
だからこそ、今の発言は本心とは言え、受け手にとっては挑発でしかない。
「テメェ! ふざけてんのか!?」
「舐めた態度取りやがって、ぶっ殺すぞ!」
「少し痛い目を見ないと、わかんないみたいね!?」
一斉に喚き始める挑塔者たち。
ウンザリしたライムは溜息をついて――ズン――と。
足元が陥没するほどの勢いで、石畳を踏み付けた。
あまりのことに挑塔者たちは口を縫い付けられ、それを確認したライムは再び問い掛ける。
「もう1度言う、用件は何だ?」
「ぐ……! テ、テメェら、魔塔武装を使ってやがるだろ? 収集者が、どこで手に入れたんだよ? 魔塔武装は、上層以上でしかドロップしないはずだろうが。 どっかから盗んで来たんじゃねぇか?」
「ちょっと! いい加減なこと言わないでよ! これは――」
「ルビー、少し黙っていてくれるか?」
「……ッ! でも、パパ……」
「大丈夫だから、わたしを信じてくれ」
「うん……」
ライムに頭を撫でられて、大人しくなるルビー。
彼がマリンに目を向けると、彼女も爆発寸前だったが、渋々首を縦に振っている。
娘たちが心配ないと判断したライムは、改めて挑塔者たちに言い放った。
「どこで手に入れたのか、答える義務はない。 だが、決して盗品などではないと誓おう」
「はん! そんなもん、誰が信じるんだよ? 普通に考えて、テメェらが持ってるのはおかしいだろうが!」
「そうよ! 初層の攻略が速いのだって、どうせインチキしてるんでしょ?」
「たった3人のギルドが、調子に乗ってんじゃねぇよ!」
結局のところ、彼らの言いたいことはこれだ。
新進気鋭の戦闘系ギルドである『宝石姫』が、目障りだと言うこと。
その気持ち自体は、多少は理解出来なくもないライムだが、だからと言って屈しはしない。
「どう思うかは自由だが、確たる証拠もないのに難癖を付けられても困る。 どうしても納得出来ないなら、魔塔管理局を通して正式に抗議して来い。 お互い、時間を無駄にするだけだがな」
「この野郎……! 聞いた話じゃ、戦ってるのはそっちの女どもで、テメェは見てるだけなんだろ? 偉そうにしてんじゃねぇよ!」
「まったくだぜ! 戦いもせずに隠れてるだけの、卑怯者が!」
「ホムンクルスはホムンクルスらしく、人間に使われてなさいっての!」
このときライムは、背後から血管が切れる音が聞こえた気がした。
必死に怒りを堪えていた娘たちの限界を超えたと察した彼は、いかにして場を収めるか思考を巡らせ――
「今の、取り消して」
静かな、それでいて逆らい難い声が辺りに響く。
反射的に全員が視線を移した先に立っていたのは、『導きの乙女』のリーダー、シャルロット=ミニオ。
言うまでもないだろうが寝間着姿ではなく、全身を覆う白いローブに、神秘的なヴェールを身に付けていた。
腰にはベルトで固定した、【至神の書】をぶら下げている。
そして彼女の後ろには、鬼の形相を浮かべたアンと、オドオドしたドゥーの姿もあった。
ライムたちは初めて見る顔だが、只者ではないことだけは、間違いないと思っている。
そして、この時点で挑塔者たちの意識は、完全に『宝石姫』から逸れた。
「げぇ!? 『千里眼』!?」
「『堅盾』と『裂刃』も一緒じゃねぇか!?」
「『導きの乙女』のリーダーと幹部が、なんでここにいんのよ!?」
聞いてもいないのに説明してくれた挑塔者たちに、ライムはこっそりと感謝していた。
ルビーとマリンも怒りを忘れて困惑しており、どう動けば良いか迷っている。
ライムとしても、ひとまず静観する構えを取っていると、シャルロットがスタスタと1人の挑塔者に歩み寄って、指を突き付けながら要求した。
「貴女」
「は!? あ、あたし!?」
「アンとドゥーは、わたしの友だち。 ホムンクルスを馬鹿にするのは、許せない。 取り消して」
あくまでも淡々とした口調だが、そこには途轍もない力が込められていた。
面と向かい合った女性は勿論、同じギルドメンバーも頬を引きつらせている。
しかしシャルロットが、容赦することなく見つめていると――
「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!!」
「お、おい!? 待てよ!」
「くそ! 行くぞテメェら!」
涙ながらに絶叫して、女性が逃げ出した。
それにつられて撤退する、他のメンバーたち。
最後までライムは、彼らがどこの誰か知らないままだったが、どうでも良いと考えている。
何故なら、今はもっと重大なシーンに直面しているからだ。
逃げ惑う挑塔者たちから、呆気なく視線を切ったシャルロットが、真っ直ぐにライムに近寄る。
その顔には、感情の窺い知れない無表情が張り付いており、何を思っているか不明。
アンとドゥーも付いて来ているが、アンは厳しい顔付きで、ドゥーは不安そうだ。
高身長のライムと低身長のシャルロットが対面すると、まるで大人と子ども。
当人たちは平然としているが、ルビーとマリン、アンとドゥー、周囲の野次馬たちは緊張している。
そのとき――
『な!?』
シャルロットが、ライムに抱き着いた。
信じられない事態にルビーとマリンは、口をパクパクさせている。
だが、シャルロットは抱擁を続け、両手でペタペタとライムの背中に触れながら、胸元に顔を埋めていた。
ライムは無抵抗で、大人しく受け入れている。
そのまま暫くが経ち、やがてシャルロットが身を離してのたまった。
「うん、凄い。 貴方を作った人は、天才」
「有難うございます」
「敬語いらない。 わたしは、シャルロット=ミニオ。 シャルって呼んで」
「わかった、シャル。 わたしは、ライム=ハワード。 こちらは、娘のルビーとマリンだ」
「娘……。 ライムが育てたってこと?」
「そうなる」
「ふむふむ。 子育て出来るホムンクルス。 ますます興味深い。 もっと話が聞きたいから、一緒にご飯食べない? 奢ってあげる」
「いや、奢る必要はないが……」
「どうしたの?」
「ルビーとマリンが了承するか、わからない」
「大丈夫。 わたしが話したいのは、貴方だから。 この子たちは、来なくても良い」
「そう言う訳には行かない。 今日は3人で出掛けようと言う話だったからな」
「なるほど、わかった」
抑揚のない声でラリーを続けていた、ライムとシャルロット。
すると、いきなり顔の向きを変えたシャルロットが、ルビーたちに声を掛けた。
「ご飯、行こう」
『行く訳ないでしょ(う)!?』
「なんで?」
「あんた! パパに何してくれちゃってんのよ!?」
「お父様に抱き着くなんて……万死に値します!」
「良いじゃない、別に。 減るものじゃないんだから」
「そう言う問題ではありません! とにかく! 金輪際! お父様には近付かないで下さい!」
「やだ。 ライムともっと話したい」
「絶対、駄目! パパ! もう行こうよ!」
マリンがライムとシャルロットの間に立ち塞がり、ルビーがグイグイと彼の腕を引っ張る。
これはライムにとって想定通りの展開で、通常なら娘たちの言う通りにするところだが――
「2人とも、今回はシャルの誘いに乗らないか?」
「え!? パパ、なんで!?」
「お、お父様……まさか……!?」
「早まるな。 わたしは単に、南区画を支配していると言っても過言ではない、『導きの乙女』のことを知りたいだけだ。 わたしに話が聞きたいと言うからには、こちらの質問にも答えてもらえるんだろう?」
最後の言葉は、シャルロットに向けてのもの。
それを受けた彼女は躊躇なく頷き、迷いなく言い切った。
「うん、何でも聞いて」
「ちょっと、シャル! 勝手なこと言わないでよ! 敵になるかもしれない相手に、情報を与えて良い訳ないでしょ!?」
「アン、敵って何? 挑塔者同士で争うなんて、不毛。 そんなことに、わたしは興味ない」
「で、でも……ラテルさんが怒らない……?」
「ドゥー、それこそどうでも良い。 それに、わたしはあの人に手を貸してる。 少しくらいわがままを言っても、許されるはず」
「あんたがわがままなのは、いつもでしょうが……」
頭痛を耐えるように額を手で押さえるアンと、落ち着きなく視線を彷徨わせるドゥー。
首輪を付けているので、ホムンクルスなのは間違いないが、ライムは他の者とは明らかに違うと感じた。
双子もそれは同様で、本音を言えば気になっている。
そして、彼女たちがライムの決定に背くことは、ほとんどない。
「う~……パパに免じて、一緒にご飯食べてあげる!」
「甚だ不本意ではありますが……わたくしも、我慢します」
「はぁ……ドゥー、あたしたちも行くわよ」
「え……良いの、アン……?」
「良くないけど、知らないとこでペラペラ喋られるよりはマシよ」
「うぅ……わかった……」
「じゃあ、行こう」
「キミはマイペースだな、シャル」
「ライムは違うの? 人に合わせるタイプ?」
「時と場合によると思う」
「そうなんだ。 もっと、いろいろ聞かせて」
「わたしの質問に答えてくれたらな。 取り敢えず、店に入ろう」
「うん。 こっちにパスタ屋があるから、そこで良い?」
「今日はシャルの誘いだから、そちらの主導で決めてくれ」
「わかった」
『ちょ……!?』
短く了承したシャルロットが、ライムの手を取って歩き出す。
そのことに娘たちは、当然の如く抗議しようとしたが、ライムに視線で止められた。
前を歩くリーダーたちを、双子は涙目で見やっていたが、同時にアンとドゥーを睨み付ける。
いきなり矛先を向けられた2人は、思わず身を仰け反らせたが、すぐに立ち直ったアンが睨み返した。
「何よ、文句でもあんの?」
「大ありよ! どうなってんのよ、あんたのとこのリーダーは!? パパにベタベタして、許せない!」
「初対面の男性に抱き着くなんて、どうかしています。 お父様に馴れ馴れしくして……何のつもりですか?」
「うるさいわね、あたしたちだって困ってんのよ! シャルが何を考えてるかなんて、わかる訳ないでしょ!?」
「何よ! 役に立たないわね!」
「幹部のくせに、だらしないですね」
「何ですって!? そんなこと言うなら、あんたたちこそあの男を止めなさいよ! そうしたら、こんなことにならなかったのに!」
「今更そんなこと言っても、仕方ないでしょ!?」
「過去に囚われるなんて、愚かですね」
「こんの……! 赤青娘……!」
顔を突き合わせて、ギャアギャア喚くアンと双子。
いつもは喧嘩が絶えないルビーとマリンも、このときばかりは自然と協力して、アンを責め立てた。
流石に旗色が悪いと思ったのか、アンはドゥーに助力を求めようとしたが――
「あの……置いて行かれるわよ……?」
言い難そうにポツリと紡がれた言葉が、全員を黙らせる。
揃って首を巡らせた先では、ライムとシャルロットがどんどん先に進んでいた。
このままでは見失うと思ったアンとルビー、マリンは、数瞬視線で火花を散らせ、一斉に目を逸らす。
そうして駆け出したドゥーを含めた4人は、誰が最初に追い付くかの競争をすることになった。
ここまで有難うございます。
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