第15話 トライア散策
翌日の朝、ライムたちはいつもより遅い時間に目を覚ます。
今日から暫くはのんびり過ごすことになったので、早起きする必要がなくなった。
だからと言って惰眠を貪りはせず、健康的な1日の始まり。
魔塔に行かなくても、いつも通り身支度をして、『月夜の歌声』で朝食を摂る。
昨夜のことですっかり顔見知りになった、トトリとクラリーセとも挨拶を交わし、パメラに見送られて店をあとにした。
そうして彼らが向かったのは、西区画。
エステルに魔塔武装を手入れしてもらう為で、定期的に頼んでいるのだが――
「ふん、また随分と荒い使い方をしたようだな。 折角の魔塔武装が泣くぞ?」
「う……ごめんなさい……」
「申し訳ありません……」
「何度も言っているが、謝るくらいなら実力を付けろ。 わたしに言わせれば、貴様たちにこれはまだ早い。 大人しく、身の丈に合った武器を使ったらどうだ?」
「それは嫌! これは、パパにもらった大事なものなんだから!」
「わたくしたちの実力不足は、認めましょう。 ですが、他の武器を使うつもりはありません」
「まったく……頑固な小娘たちだ。 いったい、誰に似たのやら」
チラリとライムを見やるエステルに対して、彼は苦笑気味に肩をすくめるのみ。
こうした一連のやり取りは、最早お約束となっている。
毎度ルビーたちは、エステルに小言を言われているが、頑なに魔塔武装を使用し続けていた。
本心ではエステルも、双子のポテンシャルの高さは認めている。
それでも、現時点では力が足りていないと考えていた。
だからこそ、彼女たちを叱咤して奮起を促し、魔塔武装に相応しい使い手に育って欲しいと思っている。
ライムはエステルの思惑に気付いており、だからこそ口を挟むことはしない。
その後も、手入れを続けながらエステルはルビーたちを叱り続け、2人はすっかり縮こまっていた。
しかし、以前よりも格段に早く手入れが終わったことから、彼女たちの確かな成長が窺えた。
満足そうに額の汗を拭ったエステルは、双子にそれぞれの武器を返す。
受け取ったルビーたちは憮然としつつ、いつもながら素晴らしい仕上がりに感心して、大人しく感謝を伝えた。
「有難う……」
「お手数お掛けしました……」
「気にするな。 だが、上の階層を目指すと言うなら、武器の消耗を抑える戦い方も求められる。 そのことだけは、忘れるな」
「うん……」
「覚えておきます……」
「良し。 では、帰れ。 わたしは忙しいんだ」
その言葉を最後に、エステルは作業台に戻って、武器の制作に入った。
思わず顔を見合わせた双子は、複雑そうな顔ながら、しっかりと頭を下げる。
そんな娘たちを、離れた場所から眺めていたライムは、歩み寄って軽く促した。
「邪魔をしてはいけないから、出よう」
「う、うん、そうだね! バイバイ、エステル!」
「失礼します」
聞こえていないと知りつつ、別れの挨拶を述べたルビーとマリンが、工房をあとにする。
ライムもそれに続こうとしたが――
「ライム」
呼び止められた。
肩越しに振り返った彼が見たのは、背中を向けたまま鎚を振り下ろし続けるエステル。
そのまま、しばしの時間が流れたが、やがて彼女はぶっきらぼうに告げた。
「小娘たちを守ってやれ。 危なっかしくて仕方がない」
ともすれば金属音で掻き消されそうなほど、小さな声。
それでもライムが聞き逃すことはなく、苦笑混じりに言い返す。
「お任せ下さい。 彼女たちは、わたしが必ず守ります」
「……そうか、それなら安心だな」
それっきり、エステルは口を閉ざした。
その背中に軽く会釈したライムは、今度こそ工房をあとにする。
そこには双子が待っており、不思議そうに問い掛けられた。
「お父様、何を話していたのですか?」
「エステル、まだ怒ってたの……?」
「大したことじゃない、マリン。 ルビー、彼女は決して怒っている訳じゃないぞ。 ただ、キミたちの更なる飛躍に、期待しているだけだ」
「そうなの? だったら、もっと頑張らないとね!」
「えぇ。 お父様の贈り物に恥じないくらい、強くならなくてはいけないわ」
「その気持ちは大事だが、焦る必要はないぞ。 今まで通り地に足を着けて、1歩ずつ進んで行って欲しい」
「オッケーだよ! 任せて、パパ!」
「日々、精進して参ります」
娘たちが気合を入れ過ぎないように気を付けながら、エールを送るライム。
絶妙な加減で闘志を燃やしている2人を、彼は優しく見守っていたが、今日の目的は別にあった。
「さぁ、行こう」
「ん? どこに行くの?」
「3人で出掛けようと言っていたし、良い機会だからトライアを散策してみないか? わたしたちはほとんど、『月夜の歌声』と魔塔関係の場所にしか行っていないからな」
「確かにそうですね……。 まだ都市のどこに何があるのか、あまり知りません」
「そう言うことだ、マリン。 いろいろ見て回りながら、都市のことを把握するのも良いだろう」
「うんうん、良いと思う! じゃあ、早速行ってみよう~!」
「待ちなさい、ルビー。 どこに行くかも決めていないのに、勝手に歩き出さないで」
「む、何よ。 こう言うのは、目的なくブラブラするのが楽しいんじゃない」
「一理あるけれど、ある程度の計画性は必要よ。 どうしてもと言うのなら、貴女は別行動ね」
「ちょっと!? 勝手なこと言わないでよ! あんたは、パパと2人きりになりたいだけでしょ!? この、腹黒女!」
「誰が腹黒女よ!?」
「あんたよ、あんた!」
「言わせておけば……! わたくしが腹黒なら、貴女は頭空っぽね!」
「何ですって!?」
「何よ!?」
工房の前で、罵り合う美少女たち。
治安が悪いと言われる西区画だが、『絶黒』の件があってからは、平和に過ごせている。
ただし注目は集めており、今も多くの住人からジロジロ見られていた。
ライムとしては気にしないが、近所迷惑は良くないと思っている。
今日は1回目の喧嘩だったので、ひとまず放っておいたが、そろそろ止めようとして――双子の間をナイフが通過した。
石の壁に深々と突き立ち、それを見たルビーたちは、恐る恐る振り向く。
そこにいたのは、工房から出て来たエステル。
無表情ではあるが、明らかに怒っており、低い声で言い放った。
「小娘ども、そんなにわたしの邪魔がしたいのか?」
ナイフを構えながら問われた2人は、ブンブンと首を横に振る。
必死そのもので、本気で命の危機を感じていた。
尚もエステルは怒り心頭だったが、そこにライムが空気を――敢えて――読まずに尋ね掛ける。
「エステルさん、西区画でお勧めの場所はありませんか?」
「ライム……貴様の度胸は買うが、良くこの状況でそんなことが聞けたな?」
「娘たちの非礼は、お詫びします。 ですが、貴女としてもわたしたちには、直ちに移動して欲しいのでは?」
「ふん、物は言いようだな。 ……ここから真っ直ぐ、南に行ってみろ。 そこに団子屋がある」
「団子……確か極東の食べ物でしたね。 エステルさんも、良く行くんですか?」
「たまにだ。 良いから、サッサと行け。 小娘どもがうるさ過ぎて、仕事にならんからな」
「わかりました。 教えてくれて、有難うございます。 ルビー、マリン、行こう」
「う、うん!」
「ま、参りましょう」
率先して足を踏み出したライムを、双子は急いで追い掛けた。
その背中をエステルはジッと見据えていたが、溜息をついてから工房に消える。
なんとか生き残ったことにルビーたちはホッとして、大きく息を吐き出していた。
そんな娘たちの姿に、ライムは苦笑しながら足を動かし続けていると、だんだん雰囲気が変化して行く。
殺伐としたものがなくなり、むしろ穏やかな空気が充満していた。
西区画にこんな場所があったのかと、ライムだけではなくルビーとマリンも驚いている。
すると見えて来たのは、小川の近くに建った木造の店。
看板に書かれている文字は、『花鳥風月』。
傍には大きな木が立っており、満開のピンク色の花を咲かせていた。
極東が発祥だからか、珍しい店構えだが、非常に和やかな空間。
ルビーは笑顔で花を眺め、マリンは美しい小川を見やって微笑んでいる。
娘たちが立ち直ったのを察したライムは、店に向かって行った。
他に客はいないようで、静かだったが――
「いらっしゃいませ~」
奥から、1人の少女が出て来た。
年齢はルビーたちと同じか、少し上くらいだろう。
黒のお下げ髪に同色の瞳で、可愛らしい面持ち。
胸元は大きく、身長は160センツ前後。
着物を元にした作業着に、エプロンを纏っていた。
充分に美少女と言える外見だが、ライムは微塵も反応せずに淡々と告げる。
「3人お願い出来ますか?」
「は~い。 こちらにどうぞ~」
ニコニコ笑って、ライムたちを案内する少女。
そこには、赤い布が敷かれた、木の長椅子が置かれている。
小川と花の木を視界に捉えられる位置で、食べるだけではなく目でも楽しめそうだ。
こう言った気配りは、他の店では味わえないかもしれない。
そんなことを思いつつ腰を下ろしたライムと、両隣のルビーとマリン。
2人も景色を堪能しているのが伝わり、ライムは胸中で満足した思いを抱いていたが、本番はこれからだと言える。
「こちら、メニューになります~」
「どうも」
「見せて、パパ! わ! 丸くて小さくて、可愛い!」
「食べ物が可愛いって何よ。 でも……色鮮やかで、綺麗ではあるわね……」
ライムが受け取ったメニューを、左右から覗き込む娘たち。
メニュー名と一緒に画像も載っており、2人の興味を引いた。
それはライムも例外ではないが、彼は無難な選択を取る。
「すみません、実は団子を食べるのは初めてなんです。 お勧めがあるなら、教えてくれませんか?」
「あら~。 そうですね~、うちのお団子はどれも美味しいので~、見た目で選んじゃうのも良いかもしれませんよ~」
「なるほど、見た目でですか……」
「パパ! あたし、この三色団子が良い! 3つもあるし、なんか可愛いし!」
「なんて子どもっぽい理由なのかしら……。 お父様、わたくしはおはぎと言うものにしたいです。 とても上品に見えるので」
「ふんだ! あんたは、自分にないものを欲しがってるのね!」
「な……!? わたくしに品がないとでも言うの!?」
「上品なふりしてるだけで、すぐに大声で怒るじゃない!」
「それは、貴女が怒らせるようなことを言うからでしょう!?」
「本当に上品なら、もっと上手く宥めなさいよ!」
「怒らせている張本人の言い草とは、とても思えないわね! そんなことだから、頭空っぽだと言うのよ!」
「あ~、酷い! あたしだって、ちゃんと考えてるのに!」
「どうせ、下らないことばかりでしょう!?」
「そんなことないわよ! あんたこそ――」
「約束その1」
『ぐ……!』
「これ以上喧嘩するなら、帰るぞ?」
「ごめん、パパ……」
「申し訳ありません……」
戦闘に関しては確かな成長を見せる双子も、喧嘩は未だに繰り返している。
そのことにライムは困った思いを抱えつつ、どこかでこの騒がしさを心地良くも感じていた。
だからと言って、放置し続けることはしない。
今回も一言で黙らせた彼は、しょぼくれる2人をよそにメニューを眺め、さほど時間を掛けずに決める。
「では、わたしはきな粉餅にします」
「三色団子におはぎ、きな粉餅ですね~。 かしこまりました~、少々お待ち下さ~い」
ルビーとマリンの言い合いを間近で見ても、一切笑顔を崩さなかった少女。
見た目はほんわかしているが、意外と肝が据わっているのかもしれない。
ライムは僅かばかり気になったが、今は他にやるべきことがある。
「2人とも、そう落ち込まないでくれ。 折角なんだから、楽しもう」
「パパ……でも……」
「わたくしたちは、同じ過ちばかりを……」
「確かに喧嘩のし過ぎは良くないが、素直に気持ちをぶつけ合える相手がいるのは、大事なことだと思う。 そう言う意味では、キミたちの関係は決して悪くない」
ライムの言葉を聞いた娘たちは、何とも言い難い表情で互いの顔を見合わせた。
素直に咀嚼は出来ないが、完全否定もし辛い――と言ったところ。
そんな彼女たちに苦笑を浮かべたライムは、2人の頭を撫でながら言葉を重ねる。
「無理に改善しようとしなくても良い。 ただ、時と場所と場合、それと限度は考えてくれ」
「うん、わかった……」
「善処します……」
「そうか、有難う」
『……!』
双子の返事を聞いたライムは、そっと彼女たちを抱き寄せた。
唐突な彼の行動に、ルビーとマリンは息を飲んだものの、幸せそうにしている。
そのまま浮付いた時間が続いていたが、そこに少女が帰って来た。
「お待たせしました~。 どうぞ~、召し上がって下さ~い」
「はい、頂きます」
「頂きます!」
「頂きます」
少女からそれぞれ注文の品を受け取った3人は、揃って食べ始めた。
すると――
「これは……」
「美味しい~!」
「不思議な食感ですが……確かに美味しいですね」
興味深そうなライムと花のような笑みを咲かせるルビー、驚いて口元を手で隠すマリン。
三者三様ながら、想像以上の美味しさに大きな反応を見せた。
そのことに少女は笑みを深め、上機嫌になっている。
そうして彼らが楽しく食事を進めていると、突如としてルビーの様子がおかしくなった。
ライムはなんとなく事情を察していたが、怪訝に思ったマリンは眉根を寄せている。
チラチラとマリンの方を見ては、目を逸らす行為を何度も行い、ようやくしてルビーは重い口を開いた。
「マリン、おはぎ美味しい?」
「美味しいけれど……それがどうしたの?」
「……あたしのお団子、1個あげるから、ちょっとちょうだい」
「……仕方ないわね」
躊躇いがちに頼まれたマリンは、一瞬だけ考えつつ、すぐに了承した。
彼女も三色団子には興味があったようだが、ルビーの願いを聞いたのは、それだけが理由ではない。
普段はいがみ合うことが多くても、やはり大事に思っているのだろう。
無言で団子の1つを渡すルビーと、おはぎを切り分けるマリン。
交換を終えた2人は黙って口に含み、ポツリと声を落とした。
「おはぎも美味しいわね」
「お団子も、悪くないわ」
あくまでも料理に対する感想を述べながら、その裏には互いへの感謝が含まれている。
正確にそれを把握した双子は、僅かに顔を紅潮させていたが、満更でもなさそうだ。
娘たちの可愛らしい姿にライムは微笑み、きな粉餅を食べ続けている。
そこに、少女がほんわかとした声を発した。
「それほど美味しそうに食べてもらえると~、わたしたちも嬉しいですね~」
「ふぁふぁふぃふぁふぃっふぇ、ふぉふぁふぃふぉふぃふふぉ?」
「もう、食べながら話さないで!」
「……ごくん。 わたしたちって、他にもいるの?」
「はい~。 わたしは接客で~、お団子を作ってるのはお父さんです~」
そう言って少女が目を向けた先では、1人の男性が黙々と作業していた。
歳の頃は40を超えたくらい。
黒髪を角刈りにしており、同色の瞳は左目が隻眼。
かなりの強面で、身長190センツほどの巨体を誇っている。
ライムはなんとなく、巌のような人だと思った。
作務衣と呼ばれる、極東の衣装で身を包んでいる。
ルビーとマリンが微かに気圧されるほどの、プレッシャーを全身から発していた。
ライムはこの男性にも関心を持ったが、ひとまずその気持ちは棚上げする。
「店員さん」
「は~い」
「今日はトライアを散策しようと思っているんですが、どこかお勧めの場所はありますか?」
「お勧めの場所ですか~。 でしたら~、東区画の噴水広場なんてどうでしょう~? 結構立派な噴水があって~、見応えはあります~。 人気の待ち合わせ場所なので~、人は多いと思いますけど~」
「噴水? そんなの見て面白いの?」
「わたくしは興味あるわね。 お父様がよろしければ、行ってみたいと思います」
「わたしは構わないが、ルビーはどうだ?」
「……あたしも、そこで良い」
明らかに気乗りしていないが、ルビーは文句を言うことはなかった。
それが誰の為かわからないほど、ライムもマリンも鈍感ではない。
ライムがチラリと目を向けると、微妙に挙動不審になったマリンが、囁くような声を漏らす。
「……有難う」
聞き取れるか怪しい声量ではあったものの、ルビーの耳には届いているはずだ。
しかし彼女は返事することなく、明後日の方を向いている。
両者とも、顔を赤らめているが。
思わずライムと少女は顔を見合わせ、苦笑をこぼしている。
そうして食事を終えたライムたちは、東区画の噴水広場を目指した。
ここまで有難うございます。
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