第14話 乱闘騒ぎ
魔塔管理局を出たライムたちは、北区画に帰って『月夜の歌声』を目指した。
遅めの夕飯を食べる為だが、ルビーとマリンはほんの少しだけ緊張している。
幾度となく赴いている馴染みの店ではあるものの、酒場としての時間帯は初めてだからだ。
それはライムも同じで、間違っても娘たちに酒を飲ませる訳には行かないと、固く誓っている。
ところが――
「あれ?」
「閉まっていますね……」
キョトンとしたルビーと、不思議そうなマリン。
2人の言う通り、扉には閉店の看板が掛けられていた。
定休日と言う訳ではないはずだが、何かあったのだろうかとライムが考えていると、中から良く知る人物が顔を出す。
「あー、もう、散々だったわ……。 これだから挑塔者は……」
巨大なゴミ袋を両手にぶら下げて、ぶつぶつ言っているパメラ。
双子は何事かと戸惑っていたが、ライムは自然な口調で声を掛けた。
「こんばんは、パメラさん」
「え? あ! ライムくん、ルビーちゃん、マリンちゃん! 帰って来てたの!?」
「うん、ついさっきだけどね!」
「そうなんだ、ルビーちゃん! いやー、無事で良かったわ! それで、どこまで行って来たの?」
「20階層です。 わたくしとお父様に掛かれば、造作もありません」
「ちょっと!? シレっとあたしを外してんじゃないわよ!」
「あはは、相変わらずね。 もっと詳しく話を聞きたいところだけど、今は忙しいの……」
それまで笑顔だったパメラが、両手のゴミ袋を見て溜息を漏らす。
改めて何かあったと察したライムは、無言でゴミ袋を奪い取った。
予想外の行動にパメラは目をパチクリさせていたが、彼は気にせず言い放つ。
「これはわたしが捨てて来るので、パメラさんは用事の続きをどうぞ」
「い、良いの……?」
「いつもお世話になっていますし、これくらいはさせて下さい」
「……有難う」
頬を朱に染めて、パメラがポツリと礼を述べる。
そんな彼女を尻目に、ライムはゴミ捨て場に向かった。
その背中をパメラは、熱っぽく見つめていたが、そこに鋭い声が響く。
「忙しいのではなかったですか?」
「え!? あ、そうそう! すっごく忙しいの!」
「だったら、サッサと行きなさいよ!」
「わ、わかってるわよ!」
双子に睨まれて、逃げるように店に入って行くパメラ。
尚もルビーとマリンはジト目を扉に向けていたが、横目で視線を交換して彼女のあとを追う。
そこには、惨状が広がっていた。
机や椅子が引っ繰り返り、破損している物もある。
いくつかの料理が散乱しており、非常に勿体ない。
何があったのかと、2人が驚いていると――
「この野郎! まだ残ってやがったのか!?」
「わ!?」
両手にフライパンを持った女性が、ルビーに殴り掛かった。
間一髪で回避に成功したものの、彼女から見ても相当な威力と速度。
更に女性は追撃しようとしていたので、ルビーは咄嗟に双剣を生成しようとしたが、その前に状況が変わる。
「待って待って、トトリちゃん! この子たちは、関係ないから!」
モップを握ったパメラが、トトリと呼ばれた女性のフライパンを受け止める。
そのときになって我に返ったトトリは、ルビーたちの顔を見て、目を丸くした。
「ん? こいつら、パメラのお気に入りの娘じゃねぇか。 なんでここにいるんだ?」
「ちょ!? へ、変なこと言わないで! 2人が誤解しちゃうじゃない!」
「誤解って何だよ? いつも、あのホムンクルスの話してんじゃねぇか。 事実だろ?」
「わー! わー!」
訝しそうに眉根を寄せて、赤裸々に暴露し続けるトトリ。
年齢は20歳を超えたくらいだろうか。
朱色の髪を首の後ろで一つ括りにしており、瞳の色は髪と同色で、身長は160センツほど。
胸元は大きく、パメラと同じ給仕服を身に纏っている。
フライパンを肩に担いでいるが、先ほどの攻防だけでも、かなり高い戦闘力が窺えた。
そして、それを止めたパメラもまた、陰なる実力者だと判明している。
トトリに辱められ、手をブンブン振って耳まで顔を赤くしている様からは、想像出来ないが。
何にせよ、ルビーたちからすれば聞き捨てならない発言。
トトリに事実確認しようとした双子だが、そこに新たな人物が参入する。
「ふふ、あまりパメラをイジメちゃ駄目よ、トトリ? この子は初心なんだから」
ゴミ袋に、様々な残骸を放り込んでいた女性。
歳はトトリより少し上に見える。
肩より若干長い紺色のウェーブヘアーに、同色の瞳。
身長160センツくらいで、胸元はそれなり。
優し気な笑みを浮かべているが、どこか面白がっている雰囲気を感じる。
対するトトリは不満そうに口を尖らせ、すぐさま反論した。
「なんだよ、クラリーセ。 あたしは別に、イジメてなんかいねぇぞ?」
「貴女の場合、無自覚だからたちが悪いわよねぇ。 パメラも、そろそろ落ち着きなさい」
「だって、クラリーセちゃん! トトリちゃんが~」
「よしよし。 良い子だから、ね? こんな調子じゃ、いつまで経っても片付けが終わらないわよ? そうしたら、ママに怒られちゃうけど良いの?」
『それは嫌 (だ)ッ!』
「ふふ、息ピッタリね。 じゃあトトリちゃん、まずはこの子にちゃんと謝りなさい」
「な、なんであたしが?」
「問答無用で攻撃したんだから、当然でしょう? ほら、早く。 ママに言い付けちゃうわよ?」
「う……わかったよ……。 ……すまねぇ」
あくまでも不承不承と言った様子で、視線を逸らしながらルビーに詫びるトトリ。
一方のルビーとマリンは気を削がれており、今更の謝罪を受けても、何と言えば良いかわからなかった。
すると――
「お気になさらず。 勝手に入ったこちらにも、非はありますから。 そうだな、ルビー、マリン?」
娘たちの背後から扉を開いて現れたライムが、取り成すように返事する。
彼の声を聞いた双子は再稼働し、ぶっきらぼうに言い返した。
「もう良いわよ。 パパの言う通り、勝手に入ったのは事実だし」
「あ、有難う、ルビーちゃん!」
「でも、パメラ! あんたには、聞きたいことがあるんだけど!?」
「へ!? な、何のことかな~」
「しらばっくれる気ですか? いつもお父様の話を――」
「ご、ごめんって、マリンちゃん! だから、本人の前ではお願いだからやめて!」
今度はルビーとマリンから責められるパメラ。
完全に涙目になっているのを見て、ライムは事情を知らないまま止めに入る。
「そこまでだ、2人とも。 パメラさんに迷惑を掛けてはいけない。 いつも、お世話になっている人だろう?」
「う~」
「……今回だけ、目を瞑りましょう」
ライムに窘められた双子は、渋々ながら矛を収めた。
ただし、視線で牽制することは忘れない。
ルビーたちから、厳しい眼差しを叩き付けられたパメラは、頬をヒクヒクさせている。
娘たちの態度にライムは嘆息しつつ、ひとまず場が収まったと判断して、ようやく話を進ませた。
「ところで随分な有様ですが、何があったんですか?」
「どうもこうもねぇよ! 馬鹿な挑塔者どもが、どうでも良いことで揉めて乱闘騒ぎになったんだ! あたしの料理をこんなにしやがって、許せねぇ!」
「まぁまぁ、トトリちゃん。 腹が立つのもわかるけど、終わったことでしょう? きっちり清算させたんだし、もう良いじゃない」
「クラリーセちゃん、ホント容赦なかったよね……。 全員、すっからかんになって泣いてたわよ?」
「ふふ、迷惑料も込みだもの。 あれくらいは当然よ、パメラ」
「まったく、あたしよりよっぽど怖いじゃねぇか……」
「トトリ、何か言ったかしら?」
「な、何でもねぇよ!?」
ぐりんと首を巡らせたクラリーセの、迫力ある笑顔を前に、トトリは大慌てで否定した。
トトリとクラリーセは普段厨房にいる為、話す機会はなかったが、中々愉快な関係性だとライムは感じている。
そして、それとは別に気になることがあった。
「ザっと見ただけでも30人はいたようですが、皆さんが追い出したんですか?」
「う、うん。 まぁ、そうなるかな」
「なるほど」
少し恥ずかしそうに答えたパメラに、ライムは一言だけ返す。
具体的なことはともかく、彼はパメラたちの漠然とした実力には気付いていた。
しかし、その見立ては甘かったかもしれない。
北区画には癖の強い者が集まっているが、挑塔者の水準はそれなりにハイレベル。
ほとんどが初層を狩場とする収集者である現代において、下層に潜る開拓者も見受けられた。
そう言った戦闘系ギルドの挑塔者を、飲食系ギルドの3人が撃退したと言う事実。
これは、どこにどれほどの実力者が隠れているか、わからないと言うこと。
そのことを認識したライムは、胸の内を悟らせないまま、素知らぬ顔で告げた。
「良ければ、片付けの手伝いをしましょうか?」
「あら、良いの?」
「はい、クラリーセさん。 ルビーとマリンも、そのつもりだったんだろう?」
「まぁ……うん」
「お父様にだけ、働かせる訳には参りませんから」
「そうだったのか……。 ルビーだったか? ホント、悪かったな」
「も、もう良いって! それより、手伝ってあげるから、終わったらご飯作ってよね! あたしたち、お腹減ってるんだから!」
「おう、任せろ! 飛び切り美味いもんを作ってやるよ!」
「こんなに素直なトトリちゃん、珍しいわね。 わたしも張り切っちゃおうかな!」
「パメラさん、お父様にはなるべく近付かないようにお願いします」
「マ、マリンちゃん!? わ、わたしは真面目に掃除するだけよ!?」
顔を赤くしてプイっと顔を背けたルビーに、満面の笑みでサムズアップするトトリ。
気合を入れたところに、マリンに冷たく釘を刺されて、涙目で挙動不審になるパメラ。
和気藹々と言えるか微妙だが、少なくとも悪い雰囲気ではないとライムは思っている。
すると、いつの間にか彼の隣に立ったクラリーセが、笑みを湛えたまま言葉を紡いだ。
「ライムくん……と呼んで良いかしら?」
「えぇ、どうぞ」
「有難う。 ライムくん、パメラは良い子よね?」
「そうですね、とても親切にしてもらっています」
「うんうん。 あの子は、貴方たちを本当に気に入ってるから。 だから……」
そこで言葉を区切ったクラリーセの目が、スッと細められる。
そして、ライムを横目で見つめながら、冷ややかな声音で言い放った。
「あの子を泣かせたら、許さないわよ」
「既に涙は流していますが」
「そう言う意味じゃないことは、わかってるわよね?」
「クラリーセさんが何を言いたいのか、いまいちわかりません。 ただ、わたしにとってもパメラさんは、大切な人の1人だと言うのは確かです」
クラリーセに脅されても、ライムが恐れ入ることはなく、あくまでも正直な思いを伝える。
それを受けたクラリーセは、より一層目を研ぎ澄ませ――
「良かった、ライムくんも悪い子じゃなさそうね」
一転して、柔らかく微笑んだ。
どちらが彼女の本性か、ライムは少しばかり興味を持ちつつ、苦笑をこぼして声を発する。
「良い子か悪い子かはともかく、現時点でパメラさんと敵対する意思はありません」
「そこは、絶対って言い切って欲しかったんだけど」
「この先、何が起こるかわからないので」
「もう、クールね……。 まぁでも、仕方ないか。 じゃあ、片付けを始めましょう。 ライムくんも手伝ってくれるのよね?」
「はい、出来ることなら」
「充分よ」
そうして6人は、手分けして店内の清掃を開始する。
今回のようなことはたまに起きるらしく、パメラたちは淀みなく動いていた。
ライムたちに指示を飛ばすことも忘れず、順調に作業を進めて行く。
その後、綺麗になった『月夜の歌声』は『宝石姫』の貸し切りとなり、トトリの宣言通り絶品料理を振る舞われた。
ここまで有難うございます。
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