第253話 閑話8 サバイバルマスター・オリジンPart3
青木ヶ原樹海での遭難五日目。前日辿り着いた過去の遭難者である望月章氏のシェルターのおかげで暖かくて乾いた安全な寝床で数日ぶりに安心してぐっすりと眠ることができて、起きたら体調もだいぶ良くなり、体力も回復していた。簡易的なものでも屋根と壁のあるシェルターの中で休める安心感は、ただ木に背中を預けただけの野宿とは比べるべくもなく、シェルターのありがたみを心底思い知ったのだった。
天気はすっかり回復して、朝の太陽光が木漏れ日となって樹海の中を明るく照らしていて脱出行を再開するには悪くない状況ではあったが、俺はあえて脱出を急がずに今日はこの章さんの拠点に留まり、まだ全快とはいえない体調の回復に努めつつ、生きて樹海から生還するためのサバイバル術の習得のための時間とすることに決めた。章さんのサバイバルハウツー本を読んで、自分にはあまりにもサバイバルの知識が足りてなく、ここまで生き延びられたのはただただ運が良かっただけだと気付かされたので、このまま無策で脱出行を再開するのに恐怖を覚えたというのもある。
まずはシェルター内に遺された道具類の確認から始める。
遺体のすぐそば、手の届く範囲にはナイフや鉈やオイルライター、アルミ製のコッヘルや水筒などがあった。どれも俺が遭難している中であればいいのにと思っていた道具ばかりだったのでありがたく拝借する。
そして、章さんが作ったのであろう手作りのアイテム。
まず目に入ったのは小枝の表面をナイフで薄く削ぎ集め、削いだ木片がクルリと反り返った状態で小枝の先端にいくつもくっついている謎アイテム。見た目はヒガンバナみたいになっているが、それがいくつも作ってあった。この極限状態で手慰みに造花の作っていただけとは思えなかったのでサバイバルハウツー本を開いて調べてみると、それらしいものが見つかった。
「フェザースティック。火起こしの焚きつけ用のアイテムか。小枝の表面を羽毛のように薄く削いで毛羽立たせて火が点きやすい状態にしてるのか。俺が使ってる松ぼっくりと用途は同じだけど、松ぼっくりはどこにでもあるわけじゃないし、どこにでもある小枝で作れるメリットは大きいな」
そして藤の蔓で編まれた30㌢ぐらいの篭。日本酒の酒器の徳利のような首がギュッと絞れた形をしていて用途がよく分からない。しかし、それを口から覗き込んでみて理由が分かった。いくつもの小枝が『かえし』として放射状に内向きに取り付けられていて、口から入った獲物が簡単には出られない構造になっていた。
「あー、もんどり罠か。子どもの頃にペットボトルで作ってザリガニとか捕まえてたな。あ、そうか。これを沢の流れのところに設置しておけば魚とか沢ガニとかが勝手に入るってわけか。確かに足の折れた状態で獲物を捕まえるのも大変だもんな。よし、じゃあとりあえずこれだけ先に仕掛けに行ってくるか」
荷物チェックを一旦中断し、昨日から干していて乾いた服に着替え、手作りのもんどり罠と水を汲むための水筒、コッヘルとナイフを持って沢に向かう。最初見つけた時は水がちょろちょろと流れるだけだった小さな沢はここまで下ると川幅1㍍ぐらいの小川になっており、そこそこ大きめの川魚の姿もチラホラ見かけるようになっている。といってもこれまでは捕まえる手段もなかったからスルーしていたが。
流れの中に石をV字に並べて流れを堰き止めて中心に集めるようにして、水が流れ込むV字の最奥にもんどり罠をくびれ部分を石で挟んで固定して設置する。とりあえずこのまま放置してみて上手く魚が入るかどうか試してみよう。
これはこれでいいとして、今から食べる分のサンショウウオと沢ガニを捕まえてコッヘルに入れていき、水筒に飲み水も汲んでおく。それで一旦戻ろうと思ったところで水辺に生えている植物が目に留まる。西洋料理の添え物としてお馴染みなので仕事でも見慣れている香味野菜。
「え、これもしかしてクレソンか?」
試しに葉を毟って口に入れてみれば鼻にツンとくる清涼感のある香りとピリッとした辛味。俺がよく知るクレソンに間違いなかった。
「まじか。ここで香味野菜が手に入るとかめっちゃ嬉しいんだが」
群生してたくさん生えていたので遠慮なく収穫していく。
今まで植物には全然意識を向けていなかったから気づかなかったが、意外と身近に食べれるものもあるのかもしれないと新たな気づきを得た。これからは歩くときに植物にも注意するとしよう。
思っていた以上の成果を抱えてシェルターに戻った俺はさっそく火を起こすことにした。松ぼっくりはまだ持っていたが温存して今回は章さんの作ったフェザースティックを試してみることにした。
ヒガンバナに似た形のフェザースティックの軸を持ち、花の部分にライターで火を点けるとあっさり火がついてたちまち燃え上がる。
「おお、すごいなこれ。焚きつけとしてめっちゃ優秀じゃん」
フェザースティックの火を小枝に移し、少しずつ大きい薪をくべていって焚き火を大きく育てていく。
「えーと、コッヘルでお湯を沸かしたいんだけど……章さんはどうやって焚き火でお湯を沸かしてたんだろう?」
コッヘルの底の焦げつき具合からして火にかけて使っていたのは間違いないと思うんだが、このまま焚き火に乗せたら燃えてる薪を潰してしまうしどうしたものか。
そんなことを考えながらシェルター内を見回すと、三本の木の棒を束ねて片方の端だけを結んだ三脚が見つかった。それを焚き火を跨いで立たせ、その真ん中から紐を垂らしてバケツ型のコッヘルの取っ手に結んで吊るして焚き火の上で火にかけて湯を沸かしていく。
こういうのが欲しいなーと思ったらだいたい用意してあるあたり、章さん──否、章師匠やっぱりすごいな。
湯が沸くのを待つ間に取ってきたサンショウウオと沢ガニを串に刺して焼いておく。普段ならそのままかぶりつくのだが、今回はせっかく湯を沸かしているのでそこに焼き上がったサンショウウオと沢ガニを入れて煮出していき、クレソンも投入して簡単な鍋っぽい料理にした。味付けはしてないが焼きガニの出汁とクレソンの香味でそこそこ美味くなってるんじゃないかな。
そうして出来上がった鍋だが、味は薄いがそれでもただ焼いただけに比べればはるかにちゃんとした料理になっていて、ちょっと感動して泣いてしまった。そしてたっぷり入れたクレソンのおかげで嵩も増していたので久しぶりに満腹感も感じられて満足した。
食事の持つ力は大したもんだな。こんな状況なのに美味い食事ができるだけでけっこうストレス減るもんな。
食事で満ち足りてついついまったりしそうになったが、まだ章師匠の荷物チェックが終わっていなかった。
師匠が身につけている衣類に関してはあえて触れないようにするが、脱いで置いてあった登山靴はサイズも同じだったので使わせてもらうことにする。
ピッケルもありがたく使わせてもらおう。
リュックの中はいろいろ取り出されていてすでにだいぶスカスカにはなっていたが、それでもいくつかのアイテムは残っていた。ライター用の予備オイル、手斧、折りたたみスコップ、ロープ、麻紐、革手袋、替えの下着、トイレットペーパー、ビニールテープ、電池の切れた懐中電灯や携帯ラジオ、そして──……
「うお、山菜野草図鑑! これはマジで助かる!」
最後にチェックしたリュックの外ポケットから出てきた、今の俺にとってサバイバルハウツー本と並ぶバイブルにテンションがぶち上がる。軽くパラパラと捲ってみれば、山菜や食べられる野草が写真つきで生育環境や旬、食べる方法なども含めて詳しく解説されていた。いいな。こういうのが欲しかったんだ。
その後、さっそく山菜野草図鑑を片手にシェルター近辺で食べられる植物を探してみて、ヤマイモの蔓が木に巻きついているのを見つけた。すぐに師匠の折りたたみスコップを使って自然薯掘りを始め、数時間かけてなんとか一本を掘り出したが、すっかり泥まみれになってしまった。
そのまま沢に行って汗と泥を洗い流してさっぱりする。ついでに朝仕掛けてあったもんどり罠に魚を追い込むために上流側から川の中をわざと音を立てて歩いていく。
もんどり罠をチェックしてみれば、なかなかいいサイズの川魚が何匹か中でビチビチ跳ねていた。
「やった! やっとまともな魚が食える!」
陸に上がって罠に入っていた魚を出してみると、腹に黒い斑紋が並んだカラフルなマス系の魚が3匹入っていた。ヤマメ? アマゴ? 川魚の種類はよく分からないが間違いなく美味い魚だ。
魚はその場で〆て、もんどり罠は再び元の場所に設置する。
魚を持ち帰る方法は、サバイバルハウツー本に書いてあった方法を実践してみる。まずは二又に分かれた枝を拾ってくる。その枝の片方を分岐近くで折ってカタカナの『レ』のような鈎状にする。折らなかった方の枝を魚のエラ蓋から差し入れ、口から出せば鈎の部分がエラ蓋に引っ掛かって枝に魚が吊り下がる。そのまま2匹目、3匹目にもエラ蓋から口へ枝を通していけば、1本の枝に3匹の魚が吊り下がる。今回は3匹だが、この方法なら5匹でも10匹でも1本の枝に吊るして持ち帰ることができる。
実際にやってみると、この方法はなかなか具合が良かった。片手に洗った芋、もう片手に魚を吊るした枝を持ち、俺は意気揚々とシェルターに引き上げて食事の準備に取り掛かった。
昨日までで俺の唯一の所有物であった100均のガスライターはほとんどガスが尽きていたのでこれからどうしようかと思っていたが、師匠のオイルライターとリュックから予備のオイルが見つかったことで火起こしの不安がなくなった。今までオイルライターを使ったことがなかったのでオイルの補充の仕方も手探りだったがなんとか補充できて使えるようになった。
実際に使ってみるとオイルライターもなかなか趣があっていい。
そうして起こした焚き火で串打ちしたマスを焼き、自然薯の一部をコッヘルで沸かした湯で茹で、生のクレソンを薬味として添え、これまでとは段違いのちゃんとした食事を準備する。
「いただきます」
両手を合わせてそう口にした瞬間、そういえば遭難して初めてこの言葉を発したなと気づく。それだけ心にゆとりができてきたのだと思う。
適度な焦げがついて香ばしくなったマスの串焼きに齧り付くと、カエルやサンショウウオとは全然違うジューシーで濃厚な赤身の魚の味が口いっぱいに広がって思わず「ほぅ……」と感嘆してしまった。正直ほんの少しでも塩味があればと思わないでもなかったが魚そのものの味だけでも十分美味い。
生のクレソンをちょっと齧ってみればピリッとした辛味と爽やかな香りがいいアクセントになる。
そして茹で芋。自然薯は生でも食べられるがあえて茹でてみた。薄い皮を手で剥いて齧り付けばホクホクでやや粘り気のあるねっとりした食感と野性味のある芋そのものの味が堪らない。
「美味いなー。頑張って掘った甲斐があったな」
それに今回使った芋は全体の1/4程度だからまだまだ食べられる。食糧に余裕があるという現状が本当に嬉しい。
3匹のマスのうち、食べたのは1匹だけだが生のままでは置いておけないので一旦全部串焼きにした。
「食糧、特に生魚の保存方法とか知りたいな。なんかいい方法ないかな?」
サバイバルハウツー本を開いて調べてみる。
「塩漬けに干物、燻製なんかもあるか。この中だとできそうなのは燻製かな? でも作るのに時間がかかるのか。んー、煙の成分に殺菌効果があるなら、焼き魚を短時間燻すだけでも多少は保存性は上がりそうだな。魚の燻製にはナラやブナみたいなドングリ系の落葉広葉樹の煙が良いのか。なるほど。そういう木ならそこかしこにあるから明日にでもやってみるか。……ヤバい。こんな状況なのにちょっと楽しくなってきた」
遭難五日目。命の危機を脱し、余裕ができてきたことで状況を楽しみ始める。
終わらんかったね、過去編。うん。まあそんな予感はしてたんだよね。……ということでもうちょっとだけ続くんぢゃな。
師匠の遺した資料と道具を実際のサバイバル生活で実践することで凄まじい速度でサバイバルスキルを向上させつつある岳人。サバイバルマスターとしての原点の物語ということで、閑話タイトル変えました。
そういえばアマゴってサケの仲間だけあって身は綺麗なサーモンピンクなんですよね。初めて捌いた時にちょっと驚いたのを覚えています。
と、いうことで今回の話はいかがでしたか? 楽しんでいただけましたら引き続き応援よろしくお願いします。




