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第247話 55日目⑬チンアナゴ

 津波が運んできた大量の海の幸。その下処理を終えるまで、二人がかりでも夕方までかかってしまった。下処理の終わった食材のうち、俺たちの分は林の拠点近くの小川内に設置してある冷蔵庫に収納する。

 俺たちの取り置き分は、フグの身、タイラギの貝柱、ミル貝の水管、イセエビやロブスターの尾身、ロブスターの大きな鋏など、冷蔵庫の容量が小さいので食材の全体量からするとごく僅かだが、その代わり選び抜いた最高の部位だけを集めた。

 今まで捕まえることができなかったので食べる機会がなかった高級食材であるイセエビやロブスターはかなりの数が打ち上がっていたが、俺たちが取り置きしたのは数匹分の部位だけでほとんどはこれからノアズアークに振る舞う予定だ。それに対しトラフグだけは全部こっちに取り置いているので冷蔵庫に占める割合がかなり大きい。その点は美岬も気になったようで当然訊いてくる。


「フグの身をあの子たちには食べさせてあげないのはなんで? 別に高級だからとかそういう理由じゃないよね」


「まあな。別に独占したいとかじゃないぞ。ただ、食べれるフグと食べれないフグの違いをあいつらに理解させられるとは思えないからってのが一番の理由だな。そもそも俺たち日本人が異常なだけでフグは本来食べるもんじゃないし、あいつらがフグは食べてはいけないもの、と正しく認識しているのにわざわざその認識を惑わせるような真似はしない方がいいって話だ」


「あー、そゆこと。確かに正しく処理された安全なフグを食べて、フグって食べていいんだーって勘違いしちゃうのが一番不味いもんね」


「そう。俺がトラフグを捌いているところは見られてると思うが、実際に食べてる姿を見せなければたぶん食べようとまでは思わないと思うんだよな。……うーん、今更だが、本当は捌くところも見せるべきではなかったなー」


「んー、でも近くで見てたのはシノノメとドーラだけだし、あの子たちはタイラギショックでフグのことなんか忘れてるんじゃないかな」


「それもそうかな。じゃあ、この後、調理済みの美味い貝や魚なんかをどんどん食わせてささやかな疑問は完全に上書きする方向でいくか」


「だねー。みんなにはまだ食べちゃ駄目って待たせてるけどお腹空かせてるだろうし、あたしももうお腹ペコペコだよぅ」


「結局昼メシ抜きだったもんな。お疲れさん。じゃあ浜の方に戻って宴にするとしようか」


 美岬がタイラギを捌きながらちょいちょい小さい方の貝柱をつまみ食いしてたのは知っているが、まああの程度ではささやかな腹の足しにしかならないだろう。



 俺たちが浜に戻るとノアズアークは総出で津波の流木によって埋もれて破損してしまったモエギとルビーの巣の修復作業をしていた。

 ノア、ヒスイ、ヒイロといった身体の大きなオスたちが流木を移動させ、サラ、エステル、オニキス、マツバ、ドーラが巣の修繕を行い、仔を産んだばかりのモエギとルビーは身体を休めつつ三頭の仔竜たちの子守りをしていてシノノメとミルはそのサポートをしているようだ。

 地震と津波の被害の実態については明日以降に調べてみないと分からないが、とりあえず事態はいったん落ち着いたようで、次第に満ちてきている海水を(たた)えた内湾はいつも通りの静けさを取り戻している。

 まだ空は明るいが箱庭は陰っているので美岬と急いで場の設営に取り掛かる。


 最初の拠点前、すでに撤去済みだが炊事場として使っていた開けた場所に作業台である折りたたみテーブルを移動させ、処理済みの食材の入ったいくつかの篭とバケツも持ってくる。

 そして明るさを確保するために、丸太を加工して作ったスウェーデントーチを、会場を海側を開けて半円状に囲むように設置し、テーブルのそばには丸太を井桁に組んだ大きめの焚き火も用意する。

 ちなみにノアズアークは基本的に火を怖がらない。元々水棲生物だから縁がなかったというのもあるだろうが、陸生の野生動物のように本能的に怖れたりはしない。ただしゴマフは以前にそれで痛い目にあっているので、火の危険性については今日産まれたチビたちにもちゃんと教えないといけないな。


 設営が終わった頃にはすっかり暗くなり、僅かに残照の残る群青の空はもう箱庭内に光を供給してはおらず、焚き火とスウェーデントーチだけが光源となって淡い黄色い光で周囲を照らしている。


「さて、準備はできたが、全員同時に食事させるのは大変だからとりあえず上にいる七頭に食べさせてやろうか」


「そうだね。まずはこっちに集めようよ」


 津波が来た時に海面よりかなり高くなっている砂浜の上まで避難してそのままそこに留まっていた、仔を産んだばかりのモエギとルビーをまず会場の方に誘導し、シノノメとミルにゴマフとハクアとフローラを連れて来てもらう。特に産まれたばかりのハクアとフローラにとっては見るものすべてが物珍しくて好奇心を刺激するようであっちにひょこひょこ、こっちにひょこひょこと好奇心の赴くままに這い回っていて、それをゴマフが止めて回るというなかなか面白いことになっている。


「ゴマフがお兄ちゃんをしてるなんて、成長したねぇ」


「それなー。火の危険をチビたちに教えるつもりだったのに、なんかゴマフがちゃんと教えてるっぽいな」


 スウェーデントーチの炎に顔を近づけていたハクアをゴマフが前ヒレでペチペチ叩いて止め、キュイキュイと鳴き声でやり取りして、それ以後ハクアは炎からは一定の距離を取っている。フローラも同じ。

 三頭の仔竜たちを自由に遊ばせながらも何かあればすぐに助けに入れる距離にいるハクアの姉のミルとゴマフの父親のシノノメ。見守り隊がいるから大丈夫だろうと判断し、俺たちは魚の身が入った篭とバケツを持ってモエギとルビーに近づいた。


「モエギ、ルビー、出産よく頑張ったな。えらいぞ」


「「クルルルル」」


「まずはたっぷり食べて体調回復させなきゃだね! モエちゃん、食べていいよ」


「クウゥ?」


 美岬がモエギの鼻先に三枚卸しにした立派なスズキの半身を差し出す。鱗と腹骨はそのままだが、頭と背骨とヒレは取ってあるので丸のままよりは断然食べやすいだろう。

 見た目が知っている魚じゃないので最初は戸惑っていたモエギだったが、匂いで魚だと理解してパクリと咥え、こんなに大きいのに硬い骨の部分がまったく無いことに驚きと感動を隠せない様子で夢中になってハグハグと食べ始めた。


「あは。いい反応だね。じゃあ次はルビーちゃんの番だね。はい、食べていいよ」


「クアッ」


 モエギが食べているもう片割れのスズキの半身を美岬がルビーに差し出せば、モエギとのやり取りを見ていたルビーは迷わずに受け取り、嬉しそうに食べ始める。元が60㌢ぐらいあったまあまあ大物だったから半身にしてもなかなかボリュームはある。

 やはり硬い頭や骨、トゲのあるヒレを取り除いた処理済みの魚の身はモエギやルビーにとっても特別なご馳走だったようで、食べ終わった二頭は喜びで喉を鳴らしながら親愛の仕草として俺たちに首を擦り寄せてきた。


「そうかそうか。喜んでくれたか。まだあるが食いたいか?」


「クアッ!」


 篭から硬い甲を抜いたコウイカを取り出して見せれば欲しがったので、コウイカと取り分けておいた魚の内臓も追加で食わせてやる。そこまでで二頭は満足したようでそれ以上は欲しがらなかった。


 次にシノノメとミルと仔竜たちのところに行き、シノノメとミルにはモエギたちと同様に半身の魚とイカと魚の内臓を食べさせ、仔竜たちのうち、すでに歯が生えてきているゴマフには好物のイカを、まだ歯がないハクアとルビーには、美岬が捌いた貝の内臓と俺が捌いたアカエイの肝を食わせてやる。

 ちなみに新鮮なアカエイの肝は、レバ刺しの代用として人気がある。産まれて早々にそんな美味いアカエイの肝を食べてしまったハクアとルビーは感動のあまりキュイキュイ鳴きながら歓びの舞いを踊りはじめた。それで興味を惹かれて「自分も」とおねだりしてきたゴマフにも食べさせてみればこれまた歓びの舞いに加わる。

 残った肝は関心を示したシノノメとミルにも食べさせて以下略。


「あたしも食べてみたかったのにー」


「まあ、アカエイなら獲ろうと思えば獲れるからまたの機会にな」


 そんな感じでノアズアークにご馳走を振る舞う会の最初の部が終了する。仔竜含めて十五頭もの大所帯となったノアズアーク全員に同時に振る舞うのは大変だから二部制にして、それでも残った分は無礼講ということでいいだろう。


「よし。じゃあ下にいる残りの八頭も呼ぶとしようか」


 そう言いながら海の方に目を向けてみれば、いつからいたのか砂浜の稜線から八つの鎌首がニョキニョキ出ていて期待のこもった眼差しでジィッとこちらを見ていた。

 ちょうど俺たちの位置からは胴体は死角で見えないが砂浜の途中で行儀よく八頭並んで呼ばれるのを待っていたようだ。その様子を想像すると微笑ましくてほっこりするが、今の俺たちから見た絵面は八頭の大蛇が鎌首をもたげて虎視眈々と獲物を狙っているようにも見える。これはまさに……。


「題して八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に対峙する須佐之男命(スサノオノミコト)。なんてな」


「あ~、ガクちゃんの解釈はそんな感じなんだ〜」


「みさちの解釈は?」


 美岬がにへらっと笑う。


「砂地から顔を出して餌を待つチンアナゴ」


「ぶふっ! ちょっと面白いのやめろ。もうそれにしか見えなくなる」


 俺の反応に揃って首を傾げる巨大チンアナゴたち。


「じゃあチンアナゴ八名様ご案内〜。みんな、おいで〜」


 美岬の呼びかけに八頭がいそいそと集まってくる。さて、ではこのデカくて可愛い奴らにご馳走を振る舞ってやるとするか。












 最近、水族館でチンアナゴ見たんですよ。てっきり普通のアナゴサイズかと思いきやまさかのドジョウサイズにビックリでした。こんなに小さいとは。

 最近は焼き肉屋でもレバ刺しは提供禁止だそうで、その代用品として注目されているのがアカエイの肝です。牛のレバーに較べると柔らかくてアッサリしてますが十分にレバ刺し好きを満足させうるポテンシャルはあるかと。

 エイの肝には基本的に寄生虫とかはいませんが、エイってなんでも食べる悪食な魚なので、汚い河や港で捕れたものは肝に良くない成分が蓄積している可能性があります。生食したいなら綺麗な海で捕れたものだけに限るのが無難です。

 ということで今回のお話いかがでしたか? 楽しんでいただけましたら応援と高評価いただけると幸いです。まだ書いてないのでどうなるか分かりませんが、たぶん次の話でノアズアーク編は完結になるんじゃないかな、と思っています。


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます!アカエイのキモ。食べてみたいですね。ミキサーにかけて肝のソースにしたりできますかね?ノアズアーク完結ですか。そう言えばまだ住居や冬籠りの道具も作りかけでしたっけ?二人ともガン…
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