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軍師としての一大プロジェクト

 李聞(りぶん)の陣営に楽衛(がくえい)が兵3千を連れて到着したと聞き、瀬崎宵(せざきよい)姜美(きょうめい)と共に馬に乗って急行した。

 姜美と共に、と言っても、今回宵は姜美の馬の背に揺られているわけではない。自ら1頭の馬の手綱を取ったのだ。栗毛の可愛らしい牝馬(ひんば)である。

 しかしながら、まだ乗馬に慣れない宵は馬を常歩(なみあし)で歩かせるのが精一杯。

 劉飛麗(りゅうひれい)がいなくなってから、宵は自立しなければならないという思いに駆られ、軍務の隙を見つけては姜美の兵士を捕まえて馬の動かし方を教わっていた。数日習えば1人で自由に馬を歩かせる事が出来た。この世界に来てから、鍾桂(しょうけい)の馬に共に乗せてもらったりしていたので、馬に対する抵抗もなくなっていてコツを掴むのが早かった。ただ、まだ速く駆けさせるのは少し怖い。


 李聞の陣営に着くと、宵は数週間ぶりに見る男の顔を見つけ馬を飛び下りた。


楽衛(がくえい)殿〜!!」


 宵は楽衛の優しげで勇壮な顔を見ると嬉しさのあまり駆け寄りその両手を握った。


「うわ!? ぐ、軍師殿!? な、何事です??」


 謎に元気過ぎる宵のスキンシップに動揺した楽衛は、顔を赤くして目を泳がせた。

 周りにいた兵達は宵と楽衛の様子を目の当たりにしてブツブツと文句を呟く。


「あ! ごめんなさい、久しぶりに楽衛殿に会えたのが嬉しくてつい」


「それは光栄です。私も嬉しいです……が、軍師殿は“軍師中郎将ぐんしちゅうろうしょう”になられたとか。私のような校尉風情の手を握るなど……」


「そんな事気にしないで! 私と楽衛殿の仲じゃないですか! ところで、私の“例の陣形”は習得出来ましたか?」


「はい、軍師殿の満足のいく出来になっているか分かりませんが」


「楽衛殿を信じますよ! さ! 早速軍議をしましょ! あ、こちら葛州刺史(かっしゅうしし)費叡(ひえい)将軍の副官の姜美(きょうめい)殿」


「どうも」


 いつの間にか馬から降りて隣に立っていた姜美を宵が紹介すると、姜美はクールな表情で楽衛へ拱手した。


「楽衛と申します。姜美殿、どうぞお見知り置きを」


 楽衛も礼儀正しく拱手して応じた。

 それを見ると、姜美はすぐに踵を返した。そして自分と宵の馬を厩舎(きゅうしゃ)へ繋ぐように兵士に指示を出すと、黒いマントを靡かせながら、先に李聞達の待つ幕舎へと歩いて行った。


「美しい方ですね」


「え? だ、男性ですよ?」


 まさか楽衛は姜美を女と見抜いたのかと思い、宵はすぐさま男だと強調する。


「……そう……ですか」


 しかし、楽衛は納得していないのか、首を傾げながら姜美の後ろ姿を見ていた。



 ♢



 議場となる幕舎の中には、総大将の李聞(りぶん)を初め、張雄(ちょうゆう)成虎(せいこ)龐勝(ほうしょう)、そして軍監の許瞻(きょせん)がすでに集まっていた。

 遅れて姜美、楽衛、そして宵が中に入る。

 軍師である宵は、李聞の隣に立つ。すっかりこの位置も板についたものだ。以前のように自分なんかがと思う事もない。今は頭に綸巾(かんきん)を被り、手には羽扇(うせん)を持った姿で堂々と軍師の座に着いている。


「軍議を始める」


 李聞の合図で景庸関(けいようかん)攻略の軍議が始まった。


「まずは現在の我が軍の状況を整理する。張雄(ちょうゆう)、兵数を報告せよ」


 指名された張雄は一歩前へ出た。


「申し上げます。まず、本陣営ですが、兵の数歩兵1万7千。騎兵2千。本日楽衛殿が率いる歩兵2千5百と騎兵5百が加わり、合わせて2万2千。そして、隣の姜美殿の陣営に騎兵5千。さらにここから北へ十数里の地点に陳軫(ちんしん)将軍と馬寧(ばねい)将軍がそれぞれ1万、計2万の兵を率いて駐屯しており、それら全てを合わせた総兵数は4万7千となります」


 張雄は正確に全兵数を報告した。宵が張雄に出会った当初は自軍の事を把握していない無能将校であったが、今はその面影はなく、いつの間にかしっかりとした将校へと成長していた。


「補足しますと、北東の青陵(せいりょう)の軍が5千。こちらも遊軍として動かせます」


 姜美(きょうめい)が涼しい顔で言った。


「よし。今動員出来る兵力は合計5万2千だな。では成虎(せいこ)。敵の現在の兵力は如何程か」


 李聞が言うと今度は成虎が一歩前へ出た。


「はっ! 軍師殿の間諜の報告によりますと、葛州(かっしゅう)侵攻中の敵は目下、砦に1万2千程。景庸関に3万5千。その内、大都督(だいととく)周殷(しゅういん)が5千程を率いて景庸関から南の洪州(こうしゅう)へ移動しましたので、実際のところ4万2千程となります」


「うむ。武器、兵糧は問題ないか、龐勝(ほうしょう)


 若い将校達が報告をする中、最後に指名された李聞と同じくらいの歳の龐勝が前へ出た。


「はっ! 武器、兵糧共に戴進(たいしん)殿が随時滞りなく運搬しておられます故問題ございません」


「うむ。兵力はこちらが上回り武器、兵糧も万全。私が見る限り、廖班(りょうはん)将軍が亡くなって下がっていた兵の士気も回復している。この好機を逃す手はない。だが、決して気を抜くな! 敵は我々と違い戦の準備を国全体で整えて来ている朧国(ろうこく)だ。景庸関には軍師も居ると聞く。気を引き締めて事に当たれ!」


「御意!」と将校達は威勢のいい声で応えた。


「では、早速、軍師に砦、及び景庸関攻撃の策を訊く事にする。いつも以上に軍師の顔に闘気を感じる。きっと素晴らしい策があるのだろう。皆心して聴け」


 李聞が言うと、将校達は皆宵に注目した。


 宵が元の世界で夢に見た軍師としての仕事。これまでは生き残る為に仕方なくだったり、軍師としての覚悟が決まらぬまま献策させられてきたが、今は違う。

 軍師として戦に身を投じる覚悟を決めた。十分に考える時間も貰えた。もう戦う事に迷いはない。軍師として閻帝国(えんていこく)を朧国の侵攻から守る。

 これは宵の社会人としての一世一代の大プロジェクト。そのプレゼンテーションの場。責任は途方もなく重大だ。が、それが軍師となった宵の仕事。


「では、僭越ながら申し上げます」


 宵は胸の前の羽扇を撫でた。いつの間にか、それが献策する際の癖になっていた。

 将校達は信頼の眼差しで宵を見つめた。

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