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将は、智・信・仁・勇・厳なり

 昼休みには劉飛麗りゅうひれいが作ってくれた弁当を食べた。

 あの仕事部屋では息が詰まりそうだったので、衙門がもんの中庭で中華風の建物や緑の木々、青い空、白い雲を眺めながら、瀬崎宵せざきよいは1人餡餅(シャーピン)を齧り、小さな箱に入った肉団子と八宝菜を食べた。劉飛麗は料理が上手い。これが毎日食べられると思うと幸せの極みだ。

 午前中の不愉快な出来事は素敵な景色と劉飛麗の弁当の味で綺麗に忘れる事が出来た。

 午後はいよいよ官吏かんりの面接だ。有能な人材を見極めて採用しなければならない。

 宵は人事部の給湯室のような部屋で湯呑みに汲んできた水を飲んで一息つくと、「よし!」と力強く呟いた。



 ♢



 昼食を済ませた宵は、仕事部屋とは別の部屋を訪れた。昼前に程燐械ていりんかいに指示された応接間である。

 入口に戸は無く、壁一面が開放された造りになっている。


「お待たせしました」


 既に程燐械は部屋の奥の長机の真ん中の席に座っていて、右端にはいつの間にか出勤していた毛豹もうひょうが座っていた。

 宵は毛豹に拱手すると、毛豹は軽く頭を下げて微笑んだ。


「お前はここ」


 程燐械は自分の左隣の席を指して言ったので、宵は言われるがままにそこへ腰を下ろす。

 机には竹簡が1巻置かれており、開いて中を見ると、そこにはこの後の面接の志願者の名前と年齢、出身地、そして前職の情報が記載されていた。その数50名。


「さて、宵。お手並み拝見といこうか」


 程燐械はクールな表情で宵を見て言った。

 その凛々しい顔に宵は目を奪われる。

 午前中の一件で、宵の中で程燐械の株は大きく上がっていた。


「昨日も程燐械が説明したと思うが、基本的には俺と程燐械が志願者へ質問する。だが、何か訊きたい事があれば、宵も質問して良いからな」


「畏まりました。毛豹殿」


「よし。では1人目を呼べ!」


 毛豹の指示に、伊邦いほうが中庭から志願者の1人を連れて来た。


 部屋の中央まで入って来た1人目の男。留純りゅうじゅん。35歳。職業、薪売り。


「留純と申します」


 留純は拱手して頭を下げた。身なりの整った真面目そうな男だ。


「うむ。留純。其方は薪売りか。まつりごとに携わった事はないのだな? 何故役人に?」


 まず毛豹が訊いた。


「はい、私の父は病で既に他界し、残された母も病で寝た切りになっております。そこで私は母の病を治す薬を買う為に薪を売ってこれまで母を支えてきました。しかし、やはり薪売りで稼いだ金だけでは薬を買う事が出来ても、満足に食事がとれない。それでは本末転倒。そう思い、賃金の良い役人になろうと思った次第です」


「母親の面倒を見る為、か。なるほど、親孝行な方だ。確かにそういう事情なら、金は必要だな」


 程燐械が納得したように頷く。


「あの……ちょっといいですか?」


 緊張した空気の中、宵は恐る恐る手を挙げた。


「うむ、宵。申してみよ」


 毛豹が発言の許可を出した。


「事情は分かりました。現在、きょうの衙門は全ての部署で人を募集しいますが、貴方はどのような仕事がしたいですか?」


 留純という男がどれだけ(まつりごと)に興味があるのか。宵のした質問は衙門の仕事内容を知っているかを問うと同時に、どのような分野に興味があり、そして自分の能力を活かせる部署を把握しているのかを問うものだ。仕事に全く興味がなかったり、下調べもしないものぐさな者はこの質問でボロが出る。


 留純は目を細めて質問者である宵を見る。


「薪売りをしていたので、勘定は出来ると思います。まあ、お仕事を頂ければ何でもやりますが」


 突然の質問にも留純は当たり障りのない答えを返した。にこやかだった表情は宵を見て変わった。声のトーンも下がっていた。自分より年下の女に偉そうに質問されたからなのか、眉間に皺を寄せて怪訝そうに宵を見ている。


「分かりました。しかし、衙門のお仕事は国の重要なお仕事です。薪売りに比べれば衙門に拘束され自由な時間も減ると思いますが大丈夫ですか?」


 続け様の宵の質問に、留純は目を閉じ、顎髭をゆっくりと撫でた。そして鼻で笑うと、再び目を開き宵を見た。


「問題ありません。故にここに来ているのです。私は母の為(・・・)に力を尽くす所存です」


 自信満々の笑みを浮かべ、留純は面接官の3人に視線を向ける。


「うむ。分かった。では下がって良い。後日結果を伝える」


 毛豹が質問を打ち切り留純を下がらせた。

 留純はまた拱手すると、外に控えていた伊邦に誘われ退出していった。


 何かモヤモヤするものがある。志願者への質問内容がざっくりし過ぎているからなのか、留純の能力がまるで分からなかった。


「毛豹殿、程燐械殿。志願者の方の能力に関する資料はないのですか? これでは人柄しか分かりません」


 隣の程燐械がキリッとした目で宵を見た。


「能力は二の次。まずは人柄を見る。それが慣例だ。人が足りないのだからまともそうな奴を採る。使えなければ辞めてもらう」


「いいんですか? それで。面接は一度切りですよね? ……人柄も大切ですが、曖昧な人柄の善し悪しではなく、事細かな評価基準にして判断するべきです。“将は、智・信・仁・勇・厳なり”と言いますし、そういう観点から見てこそ有能な人材……あっ!」


 程燐械は机に肘をついて、得意気に話す宵を凝視していた。


「何だ? 突然大きな声を出して」


 つい無意識に孫子の兵法の一文を口にしていた事に気付き、宵は慌てて口を押さえた。

 兵法の知識がある事は隠さなければならない。もう戦に連れて行かれるのは懲り懲りだ。


「いえ、すみません。何でもありません。とにかく、もう少し様々な観点から志願者を見るべきかな……と」


「ほう……生意気な事を言うな、宵。だが、そういう意見は大切だ。その為にお前を面接官にしたのだからな。お前はお前の観点で志願者を見ろ」


「分かりました。程燐械殿。頑張ります」


 宵はぺこりと頭を下げた。


「期待しているぞ、宵。よし、伊邦! 次だ!」


 黙って宵と程燐械のやり取りを聴いていた毛豹は大声で伊邦に指示を出した。

 伊邦はすぐに2人目の志願者の男を連れて来た。

 現れた男は礼儀正しく拱手すると、毛豹の志望動機に対する質問に対し留純と同じく「両親への孝行の為」と答えた。

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