0、は永遠に0。
白菊の混じった花束を持って、墓地まで歩いていくと、お墓の前で手を合わせている人がいる。
覚えのある、姿勢の良いその背中。
自分が持っている花束と、同じ白菊が花入の筒に差してあり、私は少し苦笑した。
サツキフラワーの店主である皐月さんは、「お墓参りなら、コレが定番」そう言って、白菊を引っ張り出しては、和紙のような少しごわごわする布で巻いて包んでくれた。
その花束を抱え直す。
(随分と……長い時間、お参りしてくれるんだな)
その人が、なかなかその場を離れようとしないので、降りる途中で足を止めていた階段に、よいしょと腰を下ろして座った。
平日の昼下がり、墓地には人の姿はほとんど見あたらない。
盆、正月、彼岸、そして命日とおばあちゃんの誕生日。年に何度も、私はおばあちゃんのお墓まいりに来ているが、こうしてあの人と出会ったことはほとんどない。
(ふふ、いつも先を越されちゃっているから……今日はラッキーだな)
こうべを垂れて合掌する、その後ろ姿。
その佇まいも美しく、あの人がいる世界はもう、あの人が存在するというだけで別世界のようだ。
けれどもう、遠く、遠く、そして遠い。
柔らかい風が頬を撫ぜていく。
風に促されて、私は顔を上げた。
いつか見たような青空は、綿菓子のような白い雲をぷかりぷかりと浮かべていて、その対照的な色合いを、目に焼きつけようとしてくる。
(ああ、……気持ちのいい日になったな)
しばらくの間、その青空を胸いっぱいに堪能してから視線を戻すと、墓の前にはもう誰の姿もなかった。
風がさらっていってしまったように、消えてなくなった。
ぽつんと残されたのは、寂寞の思い。
まだ。
こんな風に、寂しく思う気持ちが。
この胸に残っているのだな。
腰を上げて立ち上がる。
お墓に近づくと、線香の仄かな香りが鼻腔に届いて、鼻の奥がむずっとした。
毎回、先に花束が挿されているから、持ってきた花束を無理矢理にぎゅうっと入れていたら、いつしか花入の筒が一回り大きいものになっていた。
花を挿す。
すると途端にぼんっとボリュームが出て、花束が豪華になった。
その白菊だらけの花を前にし、私はふふと苦笑しながら、墓石に水を掛けた。
こんな豪華に花が盛ってある墓は、辺りを見回しても、そうそう無い。
「どうせ、結局二つ合わさるんだから、いっそのこと、まとめて一つで良いんじゃないの?」
皐月さんが可笑しそうに笑う。
その顔を思い出して、私も笑った。




