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32。


(……あ、もしかして)


目を疑う、ということでもなかった。


「おい、小梅、あれ……」


真斗さんの焦った声が胸に迫る。


隼人さんに頼まれて、隼人さんの娘のヒナちゃんを保育園に迎えに行く時だった。


「たまにはヒナ坊に会いてえから」


そう言って、私の後ろをふらふらとついてくる真斗さんが、私の腕を取って言った。


「鹿島さんじゃん」


大通りのジュエリーショップから、女性と二人で出てくる姿。遠目からでもわかる、それは確かに鹿島さんだった。


自分の目を疑うこともなかった私は、それでも足を止めた。


疑うという気持ちが湧いてこないのは、その二人があまりにもお似合い過ぎたからだろう。


その女性は。


すらっとした体型。花奈さんよりは少しふっくらしているけれど、それでもその脚線美は、パンツスーツを着ていてもわかるほどだ。


肩まで下ろした髪は、曲線を描いているし、黒縁の眼鏡は知性の象徴的存在だ。その頭の中にはきっと、ビジネス用語がたくさん詰め込まれているのだろう。


鹿島さんの横に立つと、二人は絵に描いたようにとてもお似合いだった。


女性が手にしている小ぶりの紙袋には、そのショップと同じロゴ。


指輪の専門店なのだろう、ロゴは二つのリングが重なったデザインのものだ。


相変わらず、私の歩みはストップしているけれど、そうしているうちに二人は、駐車場に停めてあった鹿島さんの大きな黒の車に乗って、そして去った。


「なんだよ、あいつっ。女がいたのか。ムカつくヤロウだ」


私が言葉を言いあぐねていると、真斗さんが私をちらっと見て、言った。


「小梅、あんなのもうやめとけ」


パーティーであったことを雰囲気で察したのか、真斗さんはここ数日、同じことを繰り返している。


「バカにすんのもほどがあるぞ。小梅、お前にはもっといいヤツがいるって。俺が紹介してやるから、」


私が唇を歪ませているのを見ると、真斗さんがもっと怒って言った。


「社長だからって、あんなの。マジで最低だな」


「……そんなことはないと思います。あの人は多分、お知り合いの方で、」


「知り合いなんかに、ほいほい指輪なんか買うかよ。愛人に決まってる」


「鹿島さんは浮気とか、そんなことは……」


浮気。


そうだった、以前にも。


花奈さんがそんなようなことを言ってたっけ?


「そんなんじゃないと思いますよ。きっと何か、特別な理由があるはずです」


「小梅っ」


真斗さんの声が弾んだ。


「真斗さん、申し訳ないですけど、ヒナちゃん迎えに行ってもらえますか? 私、お店に戻ってます」


踵を返して、走り出す。


「あ、小梅っ‼︎」


真斗さんの声に反応して、くるりと踵を返して叫ぶ。


「ヒナちゃん、絶対に迎えに行ってくださいよー‼︎」


大きく手を振って、笑う。


けれど、すぐに涙が溢れそうになり、メープルへの帰り道を早足で駆けた。


責任感の強い真斗さんは、ヒナちゃんを迎えに行ってくれるだろうから、追ってくることはない。


だから泣けばいいし、そんな泣いてる姿を通り過ぎていく人に見られたって、恥ずかしくもなんともない。


泣いた顔っていうものは、知っている人に見られるのが、私にとっては一番、ダサいし痛い。


同情、憐憫、そして、その後に覚える情けなさ。


複雑に混ざり合う気持ちを、笑うという行為で押さえつけなければならない。


(メープルに着くまでに……笑わないと)


私は、目元をグーにした手の甲で拭った。


(笑え、笑え、笑え、)


自分に命令しながら、私は走った。


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