26。
差し出したチョコブラウニー。
「これ、なに?」
鹿島さんの、温度のない冷やっとした返事が返ってきて、私は焦ってしまった。
ブレスレットも返して、そしてスマホも返した。
きっと、鹿島さんを怒らせたんだ。
そりゃあ、そうに決まってる。せっかくの、心を込めて作ったこのチョコブラウニーを、突っ返されるのと同じなのだから。
いつものように、笑顔を見せようとした。
「い、要らないですよね、こんなの」
けれど、うまく笑えなかった。
何も言ってくれない鹿島さんの顔を、怖くて見ることもできない。私の視線は、哀れなチョコブラウニーが入った小箱に注がれている。
……こんな、安っぽいもの、
鼻の奥につんと痛みがある。
(鹿島さんなら、もっと高級なもの……が、良いに決まってる、)
そっと、手を伸ばした。
プレゼントを返されても、きっと私は持ち帰る。もったいないって思ってしまって、家でひとりぼっちで食べるんだろうな。
そう思うと、情けなさと悲しみにぶわっと襲われた。
(ううん、そうだ。誰かにあげちゃおう。多摩さんにでも……)
指先が小箱に届く時。
鹿島さんが、すっと手を伸ばして、小箱を押さえた。
「本当に貰っていいの?」
「あ、でも、こんなもの、」
「貰う、貰うよ」
「え、あ、はい」
良かった、お情けでも貰ってもらえるなら。感謝の気持ちを込めて、丁寧に作ったから。
にこっと笑うと、今度は目尻が熱くなった。
「……俺のために、作ってくれたんだよね?」
その言葉に顔を上げた。そうなんだ、私。その言葉を言いたかったんだ。
「も、もちろんですっ。鹿島さんが何が好きなのかなって考えて、確か前にチョコが好きだって言ってたし、」
言っていたのは、皐月さんだったっけ。
「ワインと一緒に食べるって言ってたし、それでその……チョコにしようかなって」
ここでようやく鹿島さんの顔を見ることができた。
鹿島さんは、優しげな笑みを浮かべて、私の話を聞いてくれている。
ああ、私。
本当に。
鹿島さんのことが好きなんだなあ。
「あのブレスレットのプレゼントもせっかく選んで貰ったのに、返してしまってすみませんでした。でも、すごく、すごく、すご……」
喉が、ぐうと鳴ったけれど、構わなかった。
「すご、く、嬉しかっ、た……んです」
良かった、言えたよ。ちゃんと伝えなきゃって思ってた。
鹿島さんの側にいると。鹿島さんと話していると。
嬉しくて、楽しくて、あったかくて、くすぐったいんだ。
愛しい、ってこういうことなのだろうか。
おばあちゃんを思う気持ちと少し違うのは、手を握りたいと思うんじゃなくて、手を握って貰いたいって。
秋田さんや店長、多摩さんやメープルの双子を思う気持ちと少し違うのは、笑顔を見せたいと思うんじゃなくて、笑顔を見たいって。
貰ったプレゼント、すごくすごく嬉しかった。
自分の気持ちを言うと、ぽろっと涙が零れ落ちた。
けれど、手が震えるくらい高級なものは、貧乏な自分には相応しくないんだ。
思ってたこと全部言えたから、もういいかな。
チョコブラウニーも食べてもらえるかはわからないけれど、貰ってもらえたから、それでいい。
その時。
ガタンっと音がした。
鹿島さんが立ち上がってテーブルを横へとよけると、私の前にひざまずいて手を握った。
温かい手。その体温が伝わってくる。鹿島さんの温度で、私の手は溶けそうになる。
「小梅ちゃん、ごめん。こんな思いをさせてしまって……違うんだ、お、俺を好きになって欲しくて。俺、小梅ちゃんの気持ちとか、そういうの何も……何も考えていなくて。ごめんな」
鹿島さんが息を止めたような気がした。
「小梅ちゃんっ、お、俺と付き合ってくださいっっ」
身体が全部、溶けてしまったような感覚に陥って、私の時間は一瞬止まった。
けれど、直ぐにそれは動き出し、私は声を上げて泣いた。
身体を奪い取られるように、抱きすくめられる。
今度は、それは秋田さんでなく、間違いなく鹿島さんだった。




