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17。

穴が開いたスカートは着ていけない。代わりに買ったライムグリーンのパンツに合わせるとすると、上はTシャツしか持ってなく、私はどんと落ち込んだ。


「初めての、デ、しょ、食事会なのに」


デートではないのだから、デートと思ってはいけない。そういう考えがさっきから頭の中を行き来していて、振り回されていると言っても過言ではない。


けれど、多少、浮き足立っているのは否めない。


「お詫びだから。これはお詫びってことだから」


病院で会った花奈さんを思い出す。背が高く、モデルのように綺麗だった。病院に入院しているのだから、化粧はしていないはず。それなのに、すごく美人で、着飾ったらもっと綺麗なのだろう、と思った。


その綺麗な人が。


髪を振り乱して、花束を叩きつけた。


(そりゃ、鹿島さんと別れただなんてことになったら、私だってああなるよね)


「要さんも要さんよっ‼︎ こんなのひどいわっ‼︎ わたくしのお見舞いに、浮気相手を連れてくるなんてっ‼︎」


浮気して別れたと言っていた。それが真実なら、私が作った花束は、関係ないことになる。最初は関係ないと知ってほっとしていたけれど。


浮気。


その二文字が気になって仕方がない。


「鹿島さんがそんな人だとは思えないけど……」


モテるだろうということは、容易に想像できる。


(須賀さんだって、自分ですごくモテるって自慢してた)


思い出すと、クスッと笑える。


「須賀さんですらモテるんだから、鹿島さんなんてもっとモテるに決まってる」


慌てて、言い訳する。


「あはは、須賀さんをディスっているわけじゃないよ、ごめんね、須賀さん」


部屋のクローゼットに掛けてあるワンピースを取り出す。ブラックに白の花柄が散らしてあるデザインだ。

高校に入学した時、おばあちゃんが買ってくれたワンピースだ。


「これ、まだ入るかなあ」


背中のファスナーを下げて、足を入れた。少しだけ、ウェストがきついけれど、オシャレ服のカテゴリに入りそうな服はこれしかない。


「おばあちゃん、これ可愛いと思わない?」


私の弾んだ声。


「うん、はなちゃんに似合いそうだ。可愛い、可愛い」


鏡の前で。


おばあちゃんとこのワンピースを買いに行った時のことを思い出して、少しだけ、じんときた。


✳︎✳︎✳︎


目が飛び出るのかと思った。


鹿島さんがそのお店の店長さんと、知り合いのように会話しながら入っていくので後をついていくと、個室に通されて、ほっとする。他にお客さんがいないというのは、気楽でいい。


お店に入った時には、すごくいい匂いがしてきて、私は実はお腹がすいて仕方がなかったことを、その時に自覚した。


どうしてその時まで気がつかなかったのかと言うと、鹿島さんと待ち合わせしてからは、いや、待ち合わせするまえから、いや、家を出る頃からマックス緊張してしまって、どこをどう歩いているのか自分でもわからない状態だったからだ。


「何を食べる?」


メニューを見ると、あまりの金額に驚いて手が震えてしまった。


「食べたいものは決まった?」


二回そう聞かれたけれど、私は呆然としてしまって、どれを選んでいいかわからなかった。どれをとっても値段の高過ぎる料理。何一つ選べなかった。


愕然とした、というのもあった。


一つの料理の値段が、私の半月分の食料費と一緒だ。


混乱していると、鹿島さんが慣れた口調で適当に注文してくれた。


「ここはよく知っている店だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


席に着いた時に言われた言葉を、心の中で反芻する。


(落ち着け私、落ち着け私)


呪文のように繰り返す。テーブルを見ると、スプーンやフォーク、ナイフなどがずらりと並べてある。


空のワイングラス。


その全てが、ピカピカと光り輝いている。


モリタの店長に、「ナイフとフォークはだいたい、外側から取っていけばいいんだよ」と聞いてはきたが、見たことのない形のスプーンや左右の上にもスプーンが並べてあったりと、私は混乱してとうとう白旗を上げた。


「あの、鹿島さん。私、こういうの初めてで……どのフォークを使ったらいいのかとか、教えてもらえませんか?」


いいよ、と言いながらも、鹿島さんは箸を頼んでくれた。


やっぱり優しい人だなあ、と思って 感動していると、ノックがして生ハムのサラダと甘鯛のカルパッチョが運ばれてきた。


すごく綺麗に盛り付けしてある。キラキラとした、ゼリーみたいなのが散りばめられている。


うわあ、と思う。


箸でつまんで口に入れると、そのゼリーはとろっととろけて、魚に絡まった。


感動したのだ。


秋田さんの作るお惣菜も美味しくていつも感動するのだけれど、こんな料理は今までに食べたこともなくて。想像する味とはまた違って、とても美味だ。


「うわ、これ、すごく美味しい」


そう言うと、鹿島さんが笑顔で美味しいね、と返してくれる。


その笑顔を見れて、私はすごく幸せな気持ちになった。


(……ひとりで食べるご飯より、断然美味しい)


その後出された、白いスープも柔らかいステーキも大きなエビも。何もかもが美味しかった。


値段を気にし始めると、途端に食べた気がしなくなる。


鹿島さんは、何度も病院でのことを謝ってくれて、今日は奢るからたくさん食べて、と最後にフルーツまで追加してくれた。


値段を気にしていてはせっかくの料理が味わえなくてもったいないという気持ちになり、私はありがたく、この食事を楽しませてもらった。


(こんな人が、浮気とか……あり得るのかな)


疑問が残る。そんなことを考えていると、知らないうちに鹿島さんが後ろに回って、私の両手を握った。


「こう持った方が切りやすいよ」


突然のことで、どっ、と心臓が鳴った。


自分の身体が。


ぶるっと震えたのがわかった。その震えが手に伝わって、持っていたナイフとフォークを落としてしまった。


ガシャン。


皿の上に落ちて、すごい音がした。


ごめんなさいっと言う前に、鹿島さんがごめん、と謝った。


「それより、その、いきなり手を握ってしまってごめん。許可を取るべきだった。こんなのはセクハラだ。悪かったよ、今後は気をつけるから安心して」


その言葉に、秋田さんやメープルの双子のお兄さんたちは、遠慮なく頭に手を乗せたり、脇腹を小突いてきたり、私の腕を掴んでロボットのように振り回したりしているから、まさかナイフとフォークの持ち方を教えてくれようとしただけで、セクハラだと言われるとは、思いも寄らなかった。


(本当に、王子様みたい)


『紳士』という言葉はその時は思い浮かばなかったけれど、私は心底、そう思った。


そして、そんな王子様と今、私はご飯を一緒に食べている。


美味しかった。涙が出るほどに。幸せだった。


私はその日、家に帰ってからもお腹も胸も、いっぱいだった。



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