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18。


「小梅ちゃん」


春雨を脇に抱えて片手で並べていると、最近ようやく耳慣れしてきた声で名前を呼ばれ、ドキッと胸が鳴る。すると、途端にぼぼぼぼっと顔が熱くなってきて、私はようやく振り返った。


平常心、平常心。


「あ、鹿島さん。こんばんは。この前はごちそうさまでした」


鹿島さんを見ると、なんだか落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見ている。


何かお探しですか? と尋ねようとしたところで、鹿島さんが先に話し始めた。


「あ、あの、小梅ちゃん。話があるんだけど」


なんだろう、この前の食事会のことだろうか。


「はい、なんですか?」


慎重に問う。すると、鹿島さんがとんでもないことを言い始めた。


「えっと、また今度、デートして欲しいんだ」


「えっっっ」


デー……、デー、デー……。


私が、現実味を掴み損ねていると、 鹿島さんが「こ、恋人とかいるのかな?」と訊いた。


え、え、今、なんて言ったの?


「だ、誰がですか?」


「いや、俺が訊いてるんだけど……えっと、小梅ちゃんは彼氏とかいる?」


慌てて、右手を上げた。持っていた春雨がバサリと足元に落ちた。


「えええ、わ、私ですか?」


鹿島さんが苦笑しながら、落ちた春雨を拾ってくれる。


「そうだよ」


手渡された春雨を受け取って、棚へぎゅっと押し込む。


「いやいやいや、いませんよっ」


そう言い切ると、少しだけ自分というものを取り戻せた。


「そ、そうなんだ……って、え? そうなの?」


「ははは、まあ」


「あ、あの秋田さんは? 違うの?」


次には、目が点になる。


「ええ、何言ってるんですか。秋田さんはお父さんみたいなもんですよ」


「え、じゃあ、店長さんとか、」


「店長お?」


素っ頓狂な声が出て、口を手で塞いだ。


店長とかって? ないない。


「 て、店長は、もはやお父さんですっ」


「じゃあメープルのお兄さんたちは?」


ここで少しだけ、気を緩めてしまった。脇に抱えていた春雨を、棚へと押し込める。


「いやいやいや、あり得ません。隼人さんと真斗さんはああ見えてもう結婚しています」


ああ、でも真斗さんは離婚してますけど。頭の中で訂正する。


「ええっ? そうなのっ?」


まあ、いっか。真斗さんの離婚の件は私には関係ないもの。


すると、鹿島さんが驚いたような声を出した。


「じゃ、じゃあっ、本当に恋人居ないんだ」


口元に握った手を当てているけれど、その口元が笑ったように見えて、私は少しだけ、ぷん、と思った。


「そうですよ。あ、今、ちょっとバカにしましたね」


抱えていた最後の春雨を棚へと押し込む。


違う違うという素振りをして、鹿島さんは佇まいを直し、私に真っ直ぐ向き合う。


なんだか、いつもの鹿島さんと違うなあ、なんて思っていたら。


「なら、俺とデート、してもらえませんか?」と言った。


え。


うそでしょ。


ああ、そうか。目の前で起きていることが現実からあまりにかけ離れていることだから、私は返事を間違えてしまったのか。


なぜか。


「……はい」と言ってしまった。


鹿島さんが日にちと時間とを念押しして去っていくのを、私はぼけっと立って見ていた。


何分、そこに立ち尽くしていたのか、おいこら小梅っ春雨の棚はそこじゃねえだろっ、そんな秋田さんの怒鳴り声も、耳には届かなかった。


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