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二十八、

「あああ、緊張するう」


一等地に立つホテルのロビーで、小梅は胸を押さえながら、深呼吸をしている。


「はあああ、ふううう、はあああ、ふううう」


その小梅の様子を、鹿島は満足げに見ていた。


ドレスは、大人っぽい濃紺のレースのワンピースを選んだ。スカート丈は膝までのもので、あまり若く見られないようにと、大人甘めのコーデだ。


若いからといってフリルのついた可愛らしいピンクのワンピースにしようとして、深水に速攻で却下された。


「社長……娘さんですか? と言われてもいいんですか」


タブレットを見て相談すると、深水がすぐにこれとこれ、と指示してくれ、購入したものだ。


「あまり高級なものにしないでくれ。小梅ちゃんが気にするんだ」


「これなら、学生でも買える範囲のものですから、大丈夫です」


「この店、安いね」


「もちろん、生地は劣りますが。今時、高級なものも流行りませんからね」


「そうなんだ」


タブレットを指で下へとスクロールしていく。


「時代ですよ。今は安く買っていかに高そうに見せるか、です」


「じゃあ、これはその点、オッケーだね」


深水が、はい、と言って笑った。その深水の言う通り、上から下まで一式をネットで注文した。


「これ、届いたら須賀くんに渡してくれる?」


「どうして須賀さんに?」


「モリタに週3で通ってるって言ってたから」


はああ、と深水が溜め息を吐く。腰に手を当てて、小首を傾げた。


「社長、こういうことは人頼みにしてはいけません。それはなぜかというと、好きな人に自分に好意を持ってもらう絶好のアピールチャンスだからです」


「う、」


「それに……」


深水の切れ長の目が、細められる。いつも商談で使う、相手を威嚇する時の武器の一つだ。


「須賀さんは、つい最近、ユリナちゃんと別れました」


その言葉と、深水の目にやられて、鹿島は慌てて言った。


「それはマズイ。俺が直接、持っていくよ」


「承知しました」


にこっと笑う深水を置いて、エレベーターへと逃げ込んだという経緯のある、このドレスだった。


「あの、このドレスのお金、お支払いします」


スマホで呼び出し、ドレスを手渡した時、案の定な小梅の反応に、鹿島は返す言葉を用意していた。袋から、ガサッと取り出して説明する。


「知り合いのショップで、B級品を安く譲ってもらったんだ。ここに少しヨレとかほつれがあるから、悪いけど」


「えええー、全然、どこだかわからないくらいですね」


小梅が首を傾げている。


これも深水のアドバイスだった。


宅配で届いたドレスを念入りに見る。何をしているのかと思いきや、ドレスの一部分にヨレがあるのと、裏地の縫製にほつれがあるのを発見したのだ。


「嘘じゃないですし、安いのはまあ事実ですから」


履歴書はそうパッとしない深水を秘書として雇った最大の理由は、この頭の切れ方だった。深水のスマートな部分は、商談でも大いに役立っている。


キレる秘書とボンクラ社長の組み合わせが、相手に警戒心を持たせないという点でも、ひと役買っているのだ。


「このバッグとネックレスは、深水の私物だから」


「深水さんて、秘書さんの?」


「ああ、そうだよ。だから、気にせずにね」


そして、出来上がった小梅は、歳よりもずっと大人びて見えた。これなら、娘さんですか、と訊かれることもないだろうと、胸を撫で下ろした次第だった。


「すごく、似合うよ」


可愛いと言いたかったが、気持ち悪いと思われたくなくて、そう言った。


鹿島は、可愛いと連呼しそうな自分をぐっと我慢した。嫌われたくないという気持ちがまだ先行しているからだ。


スマホも、格安のものに替えて説得し、ようやく持ってもらったのだ。


「べ、別に他の人の連絡先とか、入れてくれても全然いいから」


「そんなことはしませんよ。どうしてもって時は、鹿島さんに許可を得てからにしますね」


そんな真面目な性格にも好感が持てたし、そのことに少しの安堵があった。


(でもなあ、もうそのスマホに須賀くんの電話番号が入ってるんだよなあ)


くそっ、と思うが、許可した手前、削除しろとも言えない。


物思いに耽っていると、小梅が再度、不安そうにそわそわとし始めた。


「ああ、緊張するう」


鹿島は苦く笑いながら、言った。


「よし、じゃあ行こうか」


小梅の背中にそっと手を回して、必要以上に触れないように気をつけながら促し、エレベーターに乗った。


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