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十六、


数日後、居酒屋で大同と飲んだ時にその話をすると、大同は腹を抱えて笑った。


「連絡してくれ、とはなあ。おっさんのアオハルか」


「自分でもびっくりだ。こんな暴挙に出るなんてな」


ハイボールをゆっくりと飲む。


「で? 連絡はあったのか?」


「……それが、」


「ああ、いい。無いのはわかってる」


鹿島は、そんなにわかりやすいか、と苦笑した。


「しかも、あれから買い物も行ってない」


「ははあ」


「……どんな顔して会いに行ったらいいのか、わからないんだ」


ぐいっと喉に流し込み、手を上げて追加を頼んだ。


そしてその手をそっとスマホの上に乗せる。何度見ても、着信はない。


「社長、いい加減に溜め息を吐くのを止めてもらえませんか?」


秘書の深水が、同じような溜め息を大げさに吐いた。


「会議中ですよ。スマホを遠い目で眺めるのも止めてください」


「今は休憩だからいいだろう」


「何を言ってるんですか。会議中も上の空で」


「いやいや、そんなことはない」


すると、会議室のドアからぞろぞろと職員らが入ってきて、各々着席し始めた。その様子を見ながら、鹿島は声を上げた。


「揃ったな。じゃあ、今から二部を始めるぞ」


すると途端に、職員全員きょとんとした顔になる。


斜め後ろに座っている深水が、「社長、会議は全て終わっていますので、次に予定しています報告会を始めてください」と言う。


手元の資料を探りながら、該当の書類を引き寄せる。


「ああ、すまん。では報告会を始める。Sチームから頼む」


こんな風に、ここ数日は何も手につかない状態で、深水には散々嫌味を言われていた。


(誰かの連絡を待って上の空で過ごすなんてこと、今までになかったな)


「おねーさん、ハイボールもう一杯っ」


向かいでジョッキを上げている大同を見る。はーいと返事をしてジョッキを下げにきた店員と、親しげに話している。


視線を落とす。スマホはうんともすんとも言わない。


(……気持ち悪いとか、思われてんのかもな)


自分がどう思われているのかなど、考えたことはなかった。


鹿島はいつも、胸を張るようにして生きてきたし、自分に自信があったからだ。それが今、根幹からいとも簡単にぐらぐらと崩れそうになっている。


(どうしてしまったんだ、俺は本当に……)


頭を抱えたいような気持ちで同じようにハイボールを頼むと、鹿島はスマホを胸ポケットにしまった。


✳︎✳︎✳︎


次の日、意を決してスーパーモリタへとやってきた鹿島は、初めこそは店内をうろうろとしていたが、それでは事が進まないと、すぐにも観念してレジへと向かった。そろりとレジカゴを出すと、小梅があっと気づいて話し掛けてきた。


「鹿島さん、こんばんは」


「……こんばんは」


けれど、小梅との視線はなかなか合わない。


(……やっぱり来なければよかったな)


無言で財布を出す。


「鹿島さん、その、連絡ができなくてごめんなさい」


言いにくそうに視線を落とす小梅を、鹿島は遠い目で見ていた。


「いや、別にいいよ」


嫌味に聞こえないように、声のトーンに気をつけて言う。


「私、携帯も家電もなくて、お店の電話借りるのも、あれで……」


一生懸命に言い訳してるのかと思うと同時に、言い訳をさせていると思うと、なぜかそんな自分自身に羞恥の気持ちが湧いて出た。一回り以上も若い女の子に言い訳をさせていることを、いい大人の男として、すごくダサいと思った。


「いや、別に。大丈夫だよ」


「す、須賀さんにお願いしようと思ったんですけど、須賀さん最近全然来てくれなくて」


頭の中に霞でもかかったように、ぼんやりとしている。けれど自分の顔が、険しくなっていくのを感じた。


小梅はレジカゴへの移動が終わると、レジを通して手早く釣り銭を渡す。それを受け取ると、鹿島はカゴに手を掛けた。


その瞬間、小梅の焦ったような声がした。


「け、携帯、持ってないんです」


ていの良い断り文句だな、と思った。


「そう」


小梅の顔を見れなかった。下らない羞恥心が邪魔をして、それ以上は言葉が出なかった。次に並んでいる客が、横へじりじりと近寄ってくる。


その圧に負けたのもあり、鹿島はレジカゴを持って、荷台へと進んだ。


「じゃあ」


「……ありがとうございました」


いつもと違う、小梅の弱々しい声。その声を後ろ髪に感じながら、鹿島は商品をエコバッグへと入れ始める。


(案外……どうってことなかったな)


連絡をくれなかったことに、もっと恨みのようなものを持つのかと思いきや、そうでもなかった。それより自分のみっともなさが優ったようだ。


(だからって、携帯持ってないとか、そんな言い訳……)


ふ、と小さく鼻で笑った。笑った瞬間、「……私、超絶、貧乏なんで。だから、頑張って働かないと」


小梅の言葉が蘇った。


「携帯、持ってないんです」


いつもの元気な笑顔はない。その弱々しい声。


鹿島は振り返って、小梅を見た。その横顔。淡々と、商品をレジに通している。


そろ、と近づいた。自分の手を握りしめると、じっとりと汗ばんだ。


「本当なんだね」


小梅が振り向く。


「え?」


「携帯を持っていないんだ」


小梅は眉をハの字にすると、無理矢理笑った。


「……はい」


泣きはしなかったが、鹿島は泣きたい気持ちになった。


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