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十五、


酷い目に合わせてしまった。花奈が勘違いしてあんなことになるとは、思いも寄らなかった。


小梅に謝らなければと思うが、連絡先を知ってはいない。


どう考えても、スーパー モリタもしくは喫茶メープルへと足を運ぶしかなかった。けれど、どちらも苦手な人種がいるので二の足を踏んでしまう。


モリタのシェフ秋田と、メープルの二人のイケメンだ。


秋田は恋人だろうし、メープルの二人も小梅を大事にしているようにみえた。


(……苦手というか……俺が彼らを気に入らないだけなんだろう、けど)


自分の気持ちを持て余す。


ふと、喫茶店の方は日付が変わるくらいまで働いていると、須賀が言っていたのを思い出した。


(……終わるのを待ってみるか)


どう考えても謝らないと。


そう強く思って次の日、鹿島は通りの向かいに停めた車から、様子を窺うことにした。夜半まで車を駐車することを事前に皐月に頼んであり、了承を貰っている。


怪しいと近所に思われかねないが、今日一日だけだと思って、強行策に出る。


須賀は定時で帰してあるので、自らの運転は久しぶりだった。いつも通る道であるのに、ハンドルさばきも道順も覚束ない。


「はああ、なんだよもう。ここ右折じゃなかったっけ?」


情けないと思った。


事業は順調で会社の業績も良い。


経営手腕やその才能を自負しているのもあって、車の運転などという誰もが日常こなしている、そんな些細なことが出来なくなっていたことに、軽くショックを受けた。


「ようやく着いた……」


サイドブレーキをかけると、シートベルトを外した。シートに身体を深く埋めると、どっと疲れが出た。


(とにかく、謝らないと)


謝罪の言葉を考える。


(花奈が勘違いをして……あんなことになってごめん、)


考えているうちに、喫茶メープルの灯りが薄暗くなった。もうすぐ出てくるだろうか。


鹿島が暗がりの中、スマホを見る。時刻は、12時を回っている。


(こんな遅くまで……)


そして、ドアが開いた。中から小梅が出てきたのを認めると、鹿島は慌てて車のドアを開けて飛び出した。


「小梅ちゃんっ」


呼ばれて、小梅はきょろきょろと辺りを見渡している。


鹿島は通りを小走りで渡って、小梅の元へと駆けた。


「あ、あれ、鹿島さん? どうしたんですか、こんな夜遅くに?」


薄暗がりで、小梅の表情ははっきりしない。


けれど、それより何より謝らねば、その気持ちが堰を切ったように、言葉となって流れ出た。


「小梅ちゃん、この前は病院で……あんな目にあわせてしまって、すまなかった。花奈が勘違いして、その、とにかくごめんっ」


頭を下げると、小梅が両手を上げて、それを制した。


「わわ、鹿島さん、やめてください。私は大丈夫ですから」


がさっと音がして顔を上げると、小梅の上げた腕に、ビニール袋が掛けられている。中には、パックのようなものが透けて見えて、まかないを貰ったのだろうと想像できた。


「小梅ちゃん働き者だし、いつも明るくて皆んなに好かれてて……すっごく良い子ですね」


須賀の言葉が浮かんできた。


(俺だって、何か美味しいものでも食べさせてあげられれば……)


「気にしないでください。それより、その……あの後、彼女さんは大丈夫でしたか?」


見上げてくる。その瞳はきっと。


「あ、ああ。すぐに落ち着いてくれたし、大丈夫だよ」


実際は、花奈が泣いているのを後に、小梅を追いかけようと病室を出てしまった。その後の様子は見ていない。


自分の所業を思い出すと、鹿島は自分がとても冷たい人間のように思えた。温かい小梅とは正反対だと強く思わされる。さらに言うと、鹿島は自分を情けなくも思った。


「あの、」


小梅の言葉に顔を上げる。


「側にいてあげてくださいね」


「……もうそれはできないんだ。別れたから」


「鹿島さんと別れて、きっと悲しみで潰されそうになっちゃってるから」


「そうだとは思うけど、でも、」


「落ち着くまででも。お願いします。そのうちきっと立ち直ってもらえますよ。女は強いですから」


小梅が、微笑んでいるような気がした。そんな小梅に反発するなんて、できない。


「そうだね。わかったよ」


鹿島が短く返事をすると、頭を下げて行こうとする。


「待ってくれ」


これ、と言って、胸ポケットから一枚の名刺を出す。裏には携帯の番号を書き入れてある。


「改めて、お詫びがしたいんだ。連絡を貰えると嬉しい」


「そ、そんなことはいいですよ」


「いや、こういうことはきちんとしたいんだ。必ず、連絡してくれないか」


小梅の小さな手を取り、ぐいっと押しつける。


小梅は慌てて、「鹿島さん、」と言って、名刺を押し上げるが、鹿島はそのまま車へと戻った。


バタンとドアを閉めてすぐにエンジンをかける。視界の端にはまだ小梅の姿が映っているが、鹿島はそのままアクセルを踏んだ。


心臓の鼓動が、どっどっと鳴っている。ハンドルを握る手に、じっとりと汗が滲んだ。


「なんだこれ、はは、思春期か」


力のない笑いが漏れた。

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