縁環
崩れた壁の跡から、新しい道が伸び始めていた。まだ瓦礫を端へ寄せただけの不格好な道だが、ヒトと魔人が行き交い、若い龍たちも大きな石を抱えて運んでいる。
「姉御! これどこ置けばいいっすか!」
「誰が姉御だい! そっちの邪魔にならないとこ!」
「了解っす、姉御!」
「だからやめなって!」
少し離れたところからその様子を眺めていたオトが笑う。
「仲良くなったね」
「本人は否定するでしょうけどね」
ナナも小さく笑い、二人はアファルのもとへ戻った。
*
見上げても頂上の見えない巨木へオトが手を触れると、赤い光が幹を走り、その中に八つの数字が浮かび上がった。
00000010
隣でナナも手を添える。
00000111
二つのIDを鍵に、千年前に結ばれた縁環が姿を現した。
「じゃあ、終わらせよっか」
「はい」
オトはその中から、ひとつの黒い光へ指を伸ばす。
「アヴァロン、もういいよね」
「ええ。十分に役目を果たしてくれました」
指先が触れた瞬間、黒い光は細い糸へほどけ、そのまま空へ消えていった。これでもう、悉虚龍アヴァロンがこの国へ現れることはない。
続いて二人が触れたのは、アファルに千年間この土地を守る役目を与えた縁だった。
赤と青の光が重なると、長い年月、巨木を包み続けていた淡い光がゆっくりと薄れ、風の中へ溶けていく。
それでもアファルは消えない。枝いっぱいに葉を茂らせ、今日までと変わらずそこに立っている。
「お疲れさま、アファル」
オトが太い幹を撫でると、遥か頭上で葉が大きくざわめいた。
残すものは残した。龍がヒトの姿を取る魔法も、今ではすっかりこの国の暮らしの一部になっている。古いからといって、何もかも還してしまう必要はない。
二人がアファルを離れると、ヴァルガスが待っていた。
「終わったのか?」
「うん!」
オトは元気よく答えたが、すぐに崩れた壁の方をちらりと見る。
「……ナナ」
「はい」
「ちょっとだけ、やり残したことある」
声を潜めたオトに、ナナは目を細めた。
「嫌な予感がしますね」
「すぐ終わるから!」
ヴァルガスたちが道づくりの方へ戻ったのを確認すると、オトは崩れた壁のそばへ向かった。大きな瓦礫の陰にしゃがみ込み、こそこそと周囲を見回す。
「誰も見てないね」
「私は見ていますよ」
「ナナはいいの」
オトが指を動かすと、足元の石が音を立てずに盛り上がった。
形作られていくのは、大きく翼を広げた白銀の龍。その隣には、拳を高く突き上げた一人の女が立っている。
ナナは完成していく二体を眺め、ようやくオトが何をしたかったのか理解したらしい。
「ヴァルガスと、あの方ですか」
「うん。二人とも英雄でしょ?」
「また勝手なことを」
そう言いながらも、ナナは止めなかった。
最後の細部まで仕上げると、オトは満足そうに石像を見上げる。
「できた!」
「では――」
ナナは石像の台座へ目を落とした。
「今回の足跡も、ここに残しませんか?」
「ここに?」
「アファルのお仕事は、もう終わりましたから」
オトも一度だけ巨木を振り返った。
「……そっか」
すぐに笑って、石像の前へしゃがみ込む。
「じゃあ、ここ!」
二人は並んで台座へ手を重ねた。
「『猫の足跡』」
赤と青の光が生まれ、二匹の猫が歩くように石の上を進んでいく。
ここで誰と出会ったのか。
何を願ったのか。
何を約束したのか。
そして、何を残したのか。
この土地で二人が結んだ縁が、赤と青の足跡となって新しい石像の足元へ刻まれていった。
「今度は何年にします?」
「百年!」
「短くなりましたね」
「千年、長かったもん」
そのときだった。
「姉御ぉぉぉぉ!」
聞き覚えのある声が響いた。
二人が振り返ると、若い龍がこちらへ全力で駆けてくる。
「見てください! 姉御が英雄になってるっす!」
「はあ!?」
少し離れたところから、女の絶叫が返ってきた。
「なんだって!?」
「こっちっす! ヴァルガス様と並んでるっす!」
「誰がそんなもん作ったんだい!」
オトはさっと石像から離れた。
「行こ、ナナ」
「逃げるのですか?」
「旅立つの!」
「便利な言葉ですね」
「なんでよりによって拳上げてるとこなんだよ!」
女の声がどんどん近づいてくる。
「一番格好いいところっす!」
「聞いてないよ!」
「姉御、俺、これ毎日見に来るっす!」
「やめな!」
騒ぎを背中に受けながら、オトとナナは新しくできた道へ歩き出した。
しばらくして、ヴァルガスの声が遠くから届く。
「もう行くのか!」
「うん!」
オトは満面の笑みで、大きく手を振った。
「じゃあね、ヴァルガス! 百年後、《《楽しみにしててね》》!」
「待て!」
ヴァルガスの声が一段大きくなる。
「次は何企んでやがる! 戻ってこい! 百年後、絶対来いよ!」
二人はもう、ずいぶん遠くまで歩いていた。
声が届いたのかは分からない。
けれど、オトとナナがもう一度こちらを振り返り、大きく手を振っているのが遠くに見えた。




