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誰かを好きになる前に 〜普通になりたかった私の話〜  作者: Wataru


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7/28

アイドルより、隣の人を見ていた

 ライブ当日。


 駅前は、同じライブに行くらしい人たちで混んでいた。


 ペンライトを持っている人、

 グッズのバッグを肩にかけている人。


 その中で、結衣は少しだけ居心地悪そうに立っている。


「人、多いね」


「……人気あるから」


 私も少し緊張していた。


 でも、それより。


 私服の結衣を見るのが、少しだけ新鮮だった。


 学校では見ない、ラフなパーカーに、

 少し色の落ちたジーンズ。


「なんか変?」


 見ていたのがばれたのか、結衣が聞く。


「いや……私服、珍しいなって」


「制服じゃないだけだよ」


 そう言って、少し笑う。


 その何でもないやり取りだけで、

 胸の奥が落ち着かなくなる。


⸻


 会場に入ると、音と光で空気が震えていた。


 曲が始まると、

 周りが一斉に立ち上がる。


 歓声。


 手拍子。


 ペンライトの光。


 ステージの上で、

 Windsのメンバーが歌っている。


 ――本来なら、

 それを見るために来たはずなのに。


 気づくと、視線は横に向いていた。


 結衣が、少し驚いた顔でステージを見ている。


 知っている曲になると、

 小さく口ずさんでいる。


 楽しそう、というより、

 素直に見入っている顔。


 その横顔から、

 どうしても目が離せなかった。


(……何やってるんだろ)


 ステージを見ようとする。


 でもまた、視線が戻る。


 ライトに照らされた横顔。


 曲に合わせて、少しだけ体を揺らす。


 その様子を見ているだけで、

 なぜか満たされる。


(違う)


 アイドルを見に来たんじゃない。


 でも。


 曲の盛り上がりも、

 周りの歓声も、

 ほとんど頭に入ってこない。


 ただ。


(結衣、楽しそうだな)


 そればかり見ていた。


⸻


 ライブが終わって、外に出る。


 人混みの中で、結衣が言った。


「思ったより楽しかった」


「……うん」


「誘ってくれてありがと」


 悪気なく言う。


 私は、少しだけ笑った。


「どういたしまして」


 でも。


 心の中では、別のことを考えていた。


(私……)


 アイドルより、

 結衣の方ばかり見ていた。


 その事実に気づいて。


 胸の奥が、

 少しだけ騒がしくなった。


⸻


 ライブのあとからだった。


 気づくと、結衣のことを考えている時間が増えていた。


 授業中、ふと前を見ると、結衣の後ろ姿が目に入る。


 帰り道、さっき別れたばかりなのに、次はいつ一緒に帰れるだろうと思ってしまう。


 家で音楽を流していても、

 ライブの曲より、隣で静かにリズムを取っていた結衣の横顔を思い出す。


(……なんでだろう)


 特別なことがあったわけじゃない。


 ただ一緒にライブへ行って、

 並んで帰っただけ。


 それなのに。


 絵を描いているときも、

 ゲームの話をしているときも、

 何でもないときの表情も。


 気づけば、

 頭のどこかに、いつも結衣がいる。


 前みたいに、

 誰かに取られるのが怖いとか、

 そういう気持ちとも少し違っていた。


 ただ――


(……一緒にいたいな)


 それだけを、

 何度も考えている自分に気づいてしまった。


 名前はまだ、

 つけられなかったけれど。


 結衣の存在が、

 少しずつ、

 私の中で大きくなっていることだけは、

 はっきり分かった。


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