私といる時より楽しそうだった、それだけなのに
放課後、美術室で絵を描きながら、私は何度も視線を上げてしまっていた。
向かいの机では、結衣とあの子が並んでスケッチブックを広げている。
「それ絶対そっちの色の方がいいって」
「えー、でもこっちの方がさ」
二人で顔を近づけて、何かを指差している。
少しして、結衣が声を上げずに笑った。
肩を震わせて、息を漏らすみたいな笑い方。
私は、鉛筆を止める。
(……あんな笑い方)
私といるときは、あまり見ない気がした。
結衣はいつも穏やかで、
静かに話して、
ふっと笑うことはあっても。
今みたいに、遠慮なく笑っているのは、
あまり見たことがない。
気づくと、胸の奥がざわついていた。
(……なんで)
結衣は、ただ話しているだけだ。
誰とでも普通に接するし、
仲良くするのも当たり前で。
私といるときだけ特別なわけじゃない。
分かっているのに。
(私といるより、楽しいのかな)
そんな考えが浮かんで、慌てて消す。
別に、競っているわけじゃない。
ただの友達で。
順位なんてないはずなのに。
それでも。
笑い声が聞こえるたび、
胸の奥が少しだけ痛んだ。
鉛筆を動かしながら、
私は自分に言い聞かせる。
取られるわけじゃない。
結衣は、誰のものでもない。
ただ――
(……私といる時より、楽しそうだった)
その事実だけが、
なぜか頭から離れなかった。
ーー
放課後、美術室で筆を動かしながら、私はぼんやり考えていた。
どうすれば、もっと結衣と話せるんだろう。
一緒にいる時間を増やせるんだろう。
ゲームの話には入れない。
無理に合わせるのも違う気がする。
何か、同じ話題があればいいのに。
そのとき、ふと思い出した。
前に、結衣が言っていた。
作業用に音楽を流していること。
その中に、Windsの曲が入っていること。
(……そういえば)
好きだって言ってた。
私は、鉛筆を止める。
小学生のころも、中学生のころも、
仲良くなりたい子と同じものを好きになって、
自然に話すようになって、
気づけば一緒にいるようになっていた。
(同じ話ができればいいんだ)
単純だけど、確かだった方法。
私は顔を上げる。
向かいでは、結衣が黙々と絵を描いている。
「……ねえ」
「ん?」
結衣が顔を上げる。
「Windsって、まだ聴いてる?」
結衣は少し考えてから答える。
「うん、たまに」
「作業用?」
「そう。絵描くとき流してる」
私は頷く。
「私も、最近また聴いてて」
嘘じゃない。
最近、わざわざ聴き直していた。
「新しいアルバム出てたよ」
「え、知らなかった」
結衣は少しだけ興味を示す。
「今度貸そうか?」
「うん、聴きたい」
そこで、少し間が空く。
結衣が言う。
「ライブとかあるの?」
「……あると思う」
正確には、調べて知っている。
一人では行かなかっただけだ。
結衣は少しだけ迷ってから言った。
「じゃあ、今度一緒に行く?」
一瞬、言葉が止まる。
「……いいの?」
「うん。一人で行くより楽しいし」
いつもの調子だった。
特別な意味はない。
それでも。
「行こう」
私はすぐに答えていた。
結衣は小さく頷いて、
また絵に視線を戻した。
ただそれだけなのに。
(……また、一緒にいられる)
胸の奥が、少しだけ軽くなった。




