私を好きって言って
教室のドアの前で足が止まる。
中では、もう授業が始まっている。
笑い声も、話し声も聞こえない。
ただ先生の声だけが響いている。
ドアを開ければ、
結衣がいる。
何事もなかったみたいな顔で、
普通に席に座っている。
(……無理)
ドアノブから手を離す。
階段を下りて、
誰もいない廊下を歩く。
保健室の前も、
図書室も通り過ぎて、
そのまま校舎の外へ出た。
ベンチに座る。
スマホを見る。
時間だけが進んでいく。
(……別れただけなのに)
なのに、
同じ教室にいることが、
こんなに苦しいなんて思わなかった。
チャイムが鳴る。
授業が終わる音。
私は、動かなかった。
ーー
昼休み。
いつものメンバーが机をくっつけて座っている。
「二人、喧嘩したの?」
何気ない声。
空気が止まる。
結衣が苦笑いする。
「いや、別に」
私は視線を落とす。
「……喧嘩じゃないよ」
「じゃあ何?」
説明できない。
「……ちょっと」
それ以上言えない。
誰も悪くない。
でも、
同じテーブルにいるだけで、
胸が苦しくなる。
沈黙が続く。
誰かが話題を変える。
でももう、
前みたいには笑えなかった。
気づけば、
教室にいるのがつらくなっていた。
弁当を持って、
誰にも言わずに外へ出る。
中庭のベンチ。
誰もいない場所に座る。
ふたを開ける。
食べる。
味がしない。
遠くで、
教室の窓から笑い声が聞こえる。
(……私も、あそこにいたのに)
昨日まで、
同じ場所で笑っていたのに。
弁当を食べながら、
涙が落ちる。
止めようとしても止まらない。
(……私だって)
喉の奥が痛くなる。
(好きになりたくなかったよ)
でも。
(……それでも)
好きだった時間まで、
嘘だったとは思えなかった。
それが、余計につらかった。
スマホを握る。
掲示板を開く。
指が震える。
(誰でもいい)
本当は、誰でもよくなかった。
でも。
今は、
選ばれない自分のままでいる方が
無理だった。
プロフィールを打ち込む。
「優しい人が好きです」
「真剣な恋がしたいです」
本音じゃない。
本音は、
(私を好きって言って)
それだけ。
メッセージが来る。
「可愛いね」
「会ってみない?」
画面の文字が、
少しだけ胸を温める。
(ああ)
恋愛対象として、
見てもらえてる。
それだけで、
呼吸が少し楽になる。
会う約束をする。
好きじゃない。
でも、
嫌いでもない。
誰かと、恋人になって手を繋ごう。
今度は、
意味を考えない。
考えたら、
壊れるから。
ただ、ただ抱きしめて欲しい。
選ばれない自分のまま、
今日を終わらせたくなかった。
(私は、いらない人間じゃない)
本当は、
そんな証明、
いらないはずなのに。




