(2)――その背後には、はっきりと怒り狂う般若の面が見えた。
【語り部:五味空気】
「――で。利用されていたとはいえ、あんたが実行犯である事実は揺るがないじゃない?」
と。
ふと数日前のことを思い出していた俺に、狼女は話を続ける。
狼女の口から飛び出た不穏な言葉に、途轍もなく嫌な予感がした。
「とりあえず損害分くらいは働いてもらおうと思ってるんだけど、どう?」
「え」
「どうっていうか、あんたに拒否権なんてないんだけどさ。これは命令だよ、五味空気クン」
両手を口元で組み、わざとらしくにっこりと笑う狼女。その背後には、はっきりと怒り狂う般若の面が見えた。
「業務妨害による損失分と、清掃業者への依頼料。たあーっぷり働いて返してもらうから――覚悟しとけよこの野郎」
「え、ちょ、でも」
「配属先は、警護部特殊警護課〝K〟班。清風、あんたのところに預けるから、上手く使ってね」
「了解です」
あの少女が――清風ちゃんが顔色ひとつ変えずに頷いたのを見るに、どうやら事前にこの話を聞いていたようだ。けれど俺にとっては不意打ちに受けた話であり、この動揺は隠そうとして隠せるものではない。が、そんな俺を他所に、話は淡々と進んでいく。
「清風のことはもう知ってるだろうから省略して良いよね。あたしは、警護部特殊警護課課長兼〝C〟班班長の迷原嵐っていうの。これからよろしくね」
「あ、はい。よろしく、オ願イシマス」
まだ頭が状況を理解しきれていないながらに返した言葉は、我ながら礼儀のなっていないものになってしまった。慣れない敬語を使うだけで精一杯とは情けない。
「あ、そうだ」
ぐるぐると情報が交錯する脳内会議に問答無用で放たれる狼女からの追撃は、しかし驚くべきことに、まだ止まなかったのである。
「心配しなくとも、衣食住くらいは確保してあげるよ。給料も、七割くらいは返済に当てさせてもらうけど、あとは自由に使ってもらって構わないから、食べるものと着るものには困らないでしょ。住むところは、一応社員寮みたいなところもあるっちゃあるんだけど……そこに業務妨害の実行犯をぶち込むのは、さすがのあたしでも気が引けるからなあ。そだ、あたしが個人的に管理してるシェアハウスに置いてあげるよ。まだ空き部屋あったし」
「はあ……」
「えっ」
中途半端に頷く声と、驚嘆の声とが重なった。前者が俺で、後者は清風ちゃんである。見れば、清風ちゃんは目を白黒させていた。
「ま、まま待ってください課長、私、それ聞いてないです」
「そりゃあそうだよ。今決めたんだし」
「なっ……!」
「どしたの、清風ちゃん」
俺だってまだいろんなことが消化不良で混乱中だが、真横でここまで狼狽されると、却って冷静にもなれてしまう。
「だ、だって、だって……!」
俺と狼女とを交互に見つつ、僅かに頬を赤らめて慌てふためく清風ちゃん。そうしていると年頃の少女らしさが戻ってきているようで、ほっとする。がしかし、一体なにが清風ちゃんをここまで動揺させているのだろう。
「大丈夫だいじょうぶ。清風、あんたの心配してるようなことにはならないって。つうか、そうなるようだったら、あたしがこいつをぶっ殺してあげるから」
「そっ、それは駄目です!」
「ほほーう?」
絶好のいじりどころを見つけたと言わんばかりに、狼女は悪役そのものの笑みを浮かべる。
「なになに、どういうことかな風視ちゃ~ん? おねーさんに話してごらんよ~」
しかし、そんなあからさまに揶揄われて、清風ちゃんがそれに乗るわけもなく。
「なんでもないです! 私、先に帰りますっ!!」
ほとんど怒鳴るようにそう言うと、清風ちゃんはすさまじい勢いで課長室を出て行ってしまった。力強く閉じられたドアはばたんと大きな音を立て、廊下にまでその音を響かせたことだろう。
「ありゃ。怒らせちゃった」
「わざとやったくせに」
嘆息する狼女――もとい、迷原課長に、俺はほとんど反射的にそう返していた。立場を弁えない発言に、拳の一発でも飛んでくるかと構えたが、迷原課長は全く気にも留めない様子で肩を竦めた。
「なんだ、気づいてたんだ」
「だって、冗談が通じる性格じゃないでしょう、清風ちゃんは」
「真面目な子だからねぇ」
そう言って笑みを零す迷原課長の表情は、まるで清風ちゃんの姉か母のような、慈しみを含んだそれだった。が、そんなものは目の錯覚だったと言わんばかりに一瞬にして引っ込み、元の飢えた狼のような鋭い目つきに戻る。
「五味さあ、清風のこと好き?」
「は? あー、まあ、嫌いじゃないですよ。俺に飯を持ってきたりしてくれたし。良い子だと思います」
なるほど、と頷いた迷原課長は、それじゃあ次、と質問を重ねる。
「清風が使ってるあの大鎌については、もうある程度知ってるの?」
「ええ、まあ」
他でもない清風ちゃん本人から、大体の話は聞いている。
『死神』と恐れられた父親――清風美景の遺品。それを守る為、そして両親を殺した犯人を殺す為に、彼女はこの物騒な世界に身を置いているのだ。
「あれを狙ってる奴ってのは、清風本人が自覚してるより全然多いんだよね。『死神』清風美景が相手でなければ或いはって考えの連中が、ごろごろいるわけ。でも清風には、そいつら全員を確実に蹴散らせる実力が、まだ備わってない」
筋は良いと思うんだけどね、とつけ足す迷原課長。
キャリア五年ばかりで、一時とはいえあの天神絶途と同等に渡り合うことができたのだから、確かにセンスは飛び抜けて良いのだろう。そう思って頷く俺に、迷原課長は言う。
「だから、前々から必要だと思ってたんだよ、清風専用の護衛が。つかず離れず、でも清風にはバレない護衛。だけどあの子、自分も宇田川社の社員なんだから護衛なんて不要です、なんて言うもんだから、あからさまに屈強そうなのをつけられなくてさあ。班員としてならって思って〝K〟班を作って、的無って子を試しに置いてみたけど、あの子、清風にべったりするだけで護衛にはならなかったんだよね」
そこまで言われてようやく、迷原課長の言わんとすることを察知した。
「つまり俺に、盾になれって言いたいんすね」
「ご名答」
回復型の四鬼の有効活用というわけだ。天神絶途も言っていたけれど、恐らく〈裏〉においての回復型の四鬼とは、おおよそそういう役割を受け持つことが多いのだろう。まして俺は今、宇田川社の温情で命を繋いでいる立場だ。逃げられる選択肢を自ら突っぱね、のこのこと戻ってきてしまった以上は、宇田川社に従うべきである。
「だけど、自分で言うのもなんだけど、おたくらの大事なお嬢さんを、俺なんかに任せて良いんですか?」
「だってあんた、信用はないけど実績はあるじゃん」
「さいですか」
「こと清風に関しては、だけどね」
そんな注釈をつけて、迷原課長は続ける。
「あんたは現状、ただでさえ信用ゼロな状態でウチの社員になるんだから、行動の一切に気をつけなさいね。ウチの情報を他所に売り飛ばしたり、仕事の邪魔をするのはもちろんのこと――大事なウチの社員を手にかけるようなら、あたしが直々にあんたをぶっ殺すから、その辺はしっかり脊髄に刻んでおけよ」
「……ハイ」
それ以外の回答など許可しないと言わんばかりの殺気だった。いやさ、そんなことしようだなんて微塵にも考えていないのだが。
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