(19)――「……ゆーびきった」
【語り部:在江在処】
「――取引だ、在江在処」
と。
ぼんやりと今後の行動指針を立てていたおれを呼ぶ声があった。風視ちゃんだ。
しかし風視ちゃんはもう余力もないのか、仰向けに倒れていたおれの上半身に覆いかぶさり、そのまま数秒ほど動かなかった。それでも気力を振り絞って上体を起こすと、おれの胸倉を掴みかかってきた。
びっしりと返り血を浴びた風視ちゃんの頬に、次々と大粒の涙が伝っていく。そのうちの数滴が、おれの顔にぽたぽたと降り注ぐ。そのさまがひどく煽情的に見えて、ほとんど条件反射で下半身に血が集まろうとしたが、行き場を見失った血液がだらだらと腹から零れていくだけだった。
「とりひき……?」
流石のおれも、身体を真っ二つにされては声を出すのも一苦労である。
しかしここで、会話をしないという選択肢はない。好きな子が話しかけてきてくれているのだ、無視するわけがないだろう?
「お前が死ねば、次の人格が出てくる。さっき、そう言ったでしょ」
おれが頷くと、風視ちゃんは片手で涙を拭って押し止め、それなら、と続ける。
「次の人格は、五味空気にして」
「……じょうけん、は?」
そんなことをして、おれになんのメリットがあるというのだろう。
おれからの問いかけに、風視ちゃんは下唇を強く噛み、それが苦渋の決断であるかのように言う。
「次にお前が出てきたとき、私が必ず、お前を殺す」
「……ひひっ」
なんてことだ。
ただ一度、好きな子に殺されたら、それで満足できたのに。
おれは今、望んでいた以上の幸福を与えられようとしている。
死んでは蘇りを繰り返すだけの人生に、一筋の光が差し込んだのだ。
風視ちゃんは五味空気に会う為に再試行を試み。
おれは風視ちゃんに殺されたくて再生し。
五味空気はその為に、何度だって再利用されるのだ。
何度も。何度でも。
それは、なんと素晴らしい循環なのだろう。
「じゃあ、やくそく」
ほとんど感覚のない右手を動かし、小指を差し出す。すると、風視ちゃんも素直に小指を絡めてくれた。その指の、なんと愛しいことか。
「ゆーびきーりげーんまん、うそついたーら、はりせんぼーん、のーます」
「……ゆーびきった」
静寂に包まれた廃工場に、約束の呪いが反響する。
指切りをして、そして。
風視ちゃんは再びおれに覆いかぶさるようにして倒れ、意識を失った。
そのあとを追うように、おれも意識を手放す。
化物だって幸せになれるんだ、なんて思いながら。
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