結果と救い
カリアスはゆっくり瞼を開けた。
「ここは、どこだ……?」
辺りを見回してもダンジョンボスやセレネの姿は無い。
それどころか、粉砕された扉の破片すら見当たらず、ゴツゴツした岩肌の空間も、その中で放つ魔石の淡い光も存在しない。
ただただ真っ白い世界が広がっていた。
「王の器」
背後から声が聞こえ、カリアスは急いで振り向く。
「っ!」
そこには、銀色の髪色で濃い緑色の瞳を持つ、女神のような女性が立っていた。
(さっきまで誰もいなかった、よな……)
急に現れた謎の人物に、カリアスは警戒心を払う。
ひと目見れば記憶に、強烈な印象を残す容姿。過去出会った人達の中で、カリアスに心当たりはない。
初めて見る謎の女性。
だが、なぜかすでに知っている様な、不思議な感覚が湧いてくる。
「初めまして。私はハイネと申します」
「初めまして……カリアスです」
「そんなに警戒しないで。私はあなたとお話がしたいだけなの」
ハイネと名乗った女性は、眉尻を下げて柔らかく微笑んだ。
明らかにおかしな状況下であっても、どこか心が和むような感覚がカリアスの中に芽生える。
「娘が選んだ人がどんな方なのか知りたくて」
「娘が……まさかっ」
「ふふ、あの子真っすぐで良い子でしょ? たまに突っ走っちゃう所もあるけど」
(たまにどころか、いつもだよ!)
思わずツッコミを入れそうになり、グッと堪える。
何故気づかなかったのだろう。
この髪色に、濃さは違えど緑色の瞳。セレネがある程度歳を重ねたら、きっと瓜二つだ。
「あなたは、セレネのお母さん……なんですね」
「はい、その通りです」
セレネの母が今、目の前にいる。
それが意味するものを、カリアスは確かめるように彼女に問いかける。
「ここは一体どこですか? あなたはダンジョンから解放されましたか?]
「ここはダンジョンの魔力が生み出した空間です。そして、私は無事に帰ることができそうです」
「良かったー……」
目的が果たせた事に安堵し、緊張状態が続いていたカリアスの体から一気に力が抜ける。
これでセレネも喜ぶ事だろう。
自由になった母に抱きつき再開を喜ぶセレネの姿が、頭の中に容易に浮かんできた。
「では、ドラゴンが暮らす世界で親子仲良くまた暮らせるんですね!」
ホッとした笑みを溢しながらカリアスが言った言葉に、ハイネは何故か申し訳なさそうな顔をする。
先ほどまで達成感で晴れ渡っていたカリアスの心に、一瞬にしてどんよりとした雲が流れ込んだ。
バクバクバクと激しくなる心音がうるさい。
二人の間に会話がないまま、十数秒の時が刻まれていった。
「いえ……そうではないのです」
ゆっくりとしたハイネの返答に、血の気が引いていく。
この距離感もつかめない真っ白な空間の中で、自分の存在だけが小さくなっていくような感覚がした。
「それは……どういうことですか?」
かろうじて出たカリアスの言葉には、否定して欲しい、勘違いであって欲しい、という願いが込められていた。
ハイネはその柔らかい声で、しっかりと答える。
「本来、ダンジョンに選ばれた時点で、私がハイネとして生きる時間は終わりを告げているのです」
「そんな! ダンジョンは俺たちが核を壊しました! それでもですか?」
「それでもです」
カリアスは愕然とその場に崩れ落ちた。
「それじゃ、俺たちがやってきた事は一体なんだったんだ……」
「あなたがした事は無駄ではありません。少なくとも、私たちにとっては」
ハイネはカリアスに歩み寄り、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「あなたのおかげで、私は大切な娘にもう一度会うチャンスをもらいました」
「会うって……それだけじゃ意味がない」
「いえ、そんな事はないです。それに、セレネは幼い所もありますが、きっと理解してくれます。あなたの作ってくださった時間のおかげで、私たち親子は救われたのです」
ハイネは嬉しそうに微笑みながら、カリアスの肩に細く白い両手をそっと伸ばす。
ゆっくりと立ち上がる彼女に誘われるように、力の抜けてしまっていた足が無意識に動き、カリアスはゆっくりと立ち上がる。
純粋な裏のない女神のような彼女の笑顔に、心が少しずつ澄んでいくような気がした。
ハイネの慰めのようにも聞こえるその言葉を、全て受け止めて肯定的に消化する事は難しい。
だが、彼女の「救われた」という言葉だけは、心の底からのものなのだとカリアスは感じ取った。
「さぁ、私たち親子の再会の時を、しっかりその目で見届けてください。あなたはセレネの選んだ王の器なのですから」
彼女のその言葉を合図に、真っ白い空間で過ごす時が終わりを告げるのだった。




