風のように走るだけ
何とも言えない空気が小屋に広がる。
鬼の形相のまま表情を変えないメルクリア女史と、無言を貫くイジェル国王。
オロオロするピッケさんと次にどう動くかを考えているゴリアさんとミハエル王子。
「なんで一人だけそんなに笑顔なのよ。」
それとは対照的に終始笑顔の俺。
それが気にくわなかったのかものすごく睨まれてしまった。
ちなみに俺の右隣にメルクリア女史、左隣にピッケさんが座っている。
っていうかメルクリア女史が二人掛けのソファーに無理やり座ってきたが正しいだろうか。
狭い。
超絶狭い。
「メルクリア家のご息女フィフティーヌ様とお見受けしますが、お間違いないですか?」
「そうだけど何か?」
「やはりそうでしたか、転移魔法でお越しになられたのでもしかしてと思いまして。」
「転移魔法、実際に見るのは初めてです。」
「私は見慣れてしまいましたが、皆さんの反応を見ると珍しいんですね。」
「当然よ、フェリス様だって使えないんだから。」
何故か得意げのメルクリア女史。
そういえばそうだな、声を届ける魔法は使えても転移魔法を使っている所は見たことが無い。
転送陣があれだけ大掛かりな事を考えると、個人の魔力でここまで移動するなんてぶっちゃけ非常識だと言えるだろう。
「それで、食べないんですか?」
「よろしければ作り直しますが・・・。」
「結構よ、彼のを貰うから。」
そう言いながら俺の分を奪い取り一口頬張る。
よっぽど慌ててきたんだろう、若干寝癖が有り頬にシーツの皺が刻まれていた。
「あら、美味しい。」
「ありがとうございます。」
「貴方が居なくなってこっちは大騒ぎだったっていうのに、こんな美味しい物食べてたの?」
「まさか、今日が初めてですよ。ずっと監禁されていたんですから。」
「それはウンディーヌとドリアルドに聞いたわ。魔力の封鎖された場所に閉じ込められていたってね。」
「ちなみにこの事は?」
「言えるわけないじゃない。」
ほっぺたについたパン屑を取って口に入れる。
それが恥ずかしかったのか、そっぽを向かれてしまった。
いやいや、私のなんで全部食べないでくださいね。
そんな俺の願いもむなしくペロッと完食するメルクリア女史。
俺の無念さを悟ったのか、ゴリアさんが無言で台所に戻って行った。
「それを聞いて安心しました。」
「あの二人に教えたらそれこそ大変な事になるもの。貴方が居なくなったことは王都でもごく限られた人しか知らないはずよ。」
「ちなみに私がここにいることを知って国王陛下は何と?」
「速やかに状況を確認せよ、とだけ。今の所国境に動きはないけれど、かなり危険な状況だと言えるわね。」
「我々はそれを解決するためにイナバ殿の力をお借りし、現場に向かっている所なのだ。」
今まで無言でやり取りを聞いていたミハエル王子が会話に参加する。
「そもそもそちらが彼を誘拐しなければこんな事にはならなかった。それを棚に上げて解決する為とはどういう了見かしら。」
が、それがメルクリア女史の癇に障ったらしい。
隣国の王子を鋭い目つきで睨みつける。
「それに関しては弁解の使用もない。そこで無言を貫いている我が父の独断で行われたこととはいえ、我が国が攫ったという事実は変わらないからな。」
「それが分かっているのならまだ救いようがあるわね。」
「我々は戦争を望んでいない。今回の件は難航する我が国の再建に向けた父イジェルの暴走だと伝えて頂けないだろうか。」
「暴走か、それはまた面白い表現だ。」
「家臣団の意見も無視し、私兵に命じて隣国の民間人を拉致していた。さらに、人材を提供しなければ侵略の用意があると脅しをかけるなど、暴走と表現せずに何と言うんですか?」
「それが最善だと判断したからだ。だがまぁ、彼が来たことにより大幅な計画修正が為され、当初の想定以上の結果が見込まれている。必要だと思っていた人材を確保する必要がなくなったのは事実だな。」
いつの間にか食べ終わっていた国王陛下が息子の表現に茶々を入れる。
暴走、確かにその表現が分かりやすいだろう。
「貴方、また何かしたの?」
「意見を求められたので徹夜して考えてみました。それをネタに監禁先から出して貰う予定でしたが、残念ながら叶いませんでしたけどね。」
「当たり前じゃない。そんな意見出しちゃったら相手が逃がすわけないわよ。」
「みたいですねぇ。」
「相変わらず考えが甘いというか・・・。」
「それに関しては申し開きもありません。でもまぁ、こうやって出てこれたわけですしそれでいいじゃありませんか。」
「貴方が無事じゃなかったら全てを燃やし尽くすつもりでいたんだけど?」
「でも、そうならなかった。」
ニコリと笑う俺の脚を思いっきり踏みつけるメルクリア女史。
俺の為にそこまでしようとしてくれたことは素直に嬉しいが、燃やし尽くすはガチでヤバいのでやめて頂きたい。
「一つ聞きたいんだが。」
「なんでしょう。」
「メルクリア家と言えば商家五皇の筆頭、その家のご息女とどういう関係なのだ?」
「恋人・・・いえ、妻です。」
「なんと、ただの商人が貴族と結婚するだと?」
「世界で唯一複数精霊の祝福を持つ精霊師でリガード陛下も一目を置き、元老院や混成議会にも顔が利く、私が言うのもアレですがこれ以上の条件を持つ相手なんておりません。」
そんなドヤ顔で言わなくてもいいんじゃないですかねぇ。
妻と言われた時の嬉しそうな顔と言ったら、こっちの方が恥ずかしくなるぐらいだ。
まぁ、喜んでいただけたのなら何よりです。
「もはや貴族は名ばかり・・・か。」
「貴族という身分にかまけて仕事をしないような家はさっさと潰れればいいと、母なら言うでしょう。」
「我が国の貴族にも聞かせたいセリフですね。」
何とも言えない表情をするミハエル王子。
相手が隣国の王族だというのにこの人はまったく気にしていないようだ。
流石だなぁ。
そんなことを考えているとゴリアさんが新しいのを持って戻ってきた。
それを受け取りお礼を言う。
「それを言えば貴方も・・・いえ、貴方にとってはいつもの事ね。」
「これでも一応気は使っていますよ?」
「本当かしら。」
「相手に臆せず話が出来るのは素晴らしい事です、さらに言えばご自身の力をひけらかす事も無く謙虚にされている所もまた素晴らしい。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「そんなに褒めると図に乗ります、おやめください。」
「ひどいなぁ。」
少しだけ場が和んだ。
心なしか横にいるピッケさんの顔にも余裕が戻ってきた気がする。
といっても、ここにいるメンツが凄すぎて固まっていることに変わりは無いけども。
「とりあえず私の無事は確認できたわけですし、今後について話し合いません?」
「それもそうね、食事が美味しすぎてすっかり忘れていたわ。」
「ありがとうございます。」
全員が食べ終わるのを待って本題に入る。
それぞれの手にはパンのかわりに香茶のカップがそれぞれの手に握られている。
「先程も申したように、我々は戦争を望んでいない。それだけでも先にお伝えいただきたい。」
「それはもちろんだけど、この状況にどう決着をつけるつもり?」
「イナバ殿ならびに民間人の誘拐については真摯に謝罪するつもりだ。何かしらの賠償を請求されるのであればそれに応える用意もある。」
「手ぬるいな。」
「父上は黙っていてください。」
ミハエル王子の鋭いツッコミにイジェル陛下はヤレヤレと首を振って黙ってしまった。
「国境については?」
「即座に兵を解散させ、通常の状況に戻す。もっとも、お互いに何も被害が出ていなければの話だ。」
「もちろんこちらも無意味な血が流れることは望んでいないわ。国境の閉鎖は武装と共に即時解除、今まで通り民間人の地涌な通行は認められるって事で構わないのね?」
「そのつもりでいる。その辺りに関しては改めて私の口から話をさせてもらうつもりだ。」
メルクリア女史の顔をまっすぐに見てミハエル王子が頭を下げる。
その態度を見てメルクリア女史が大きく息を吐いた。
「わかったわ。停戦交渉という内容で国王陛下には進言しておきます。国境への到着は?」
「このまま行けば明日の夕刻には。」
「もっとも、我々の置かれた状況もかなり複雑でして・・・。王都から追手を掛けられる可能性もあり断言は致しかねる。」
「追手って、アンタ何やったのよ。」
なんでそんな目で俺を見る。
俺は無実だ、俺は悪くねぇ!
「私は何もしてませんよ?」
「本当かしら。」
「手違いでイジェル陛下が同行しているぐらいです。まぁ、それが追手を掛けられる理由にもなるわけですけど。」
「まさか強引に誘拐したの?」
「そういう事だ。まったく、息子に誘拐されるなど前代未聞だな。」
信じられないという顔で俺を見てくる。
だから、俺がやったんじゃないっての。
俺は今回完全に被害者だから。
「その状況を正確に伝えていいものか、判断に困るわね。」
「こちらの都合で申し訳ないが、出来れば黙って頂けると助かる。」
「追手に拘束される可能性は?」
「無くはない。」
「こちらの戦力は?」
「私とピッケ殿がいる。」
「それとドリちゃん達ですね、今も外で魔物を警戒してくれています。」
決して多いとは言えないが、何とかなるだろう。
最悪イジェル陛下を生贄に差し出して逃げるという手もある。
今回の停戦交渉には本来いないはずの人だしな。
「彼女の実力は?」
「我が国の中では上位にあると言っていいだろう。」
「ちなみにピッケさんはティナさんのお姉さんでもあるんですよ。」
「はぁ?どういうことよ!」
「えっと、そういう事なんです。」
突然話題に上げられ申し訳なさそうな顔をするピッケさん。
俺の相手を命じられるぐらいだからそれなりの地位にいるとは想像していたけど、実力もなかなかだったようだ。
さすがティナさんのお姉さんだな。
「世の中狭いですよね。」
「狭いってもんじゃないわ。それは本人に伝えても構わないわよね?」
「もちろん大丈夫です。」
「驚いた顔が目に浮かぶわ・・・。彼女もかなり心配していたんだから、戻ったら謝りなさいよ。」
「ププト様にもですね。」
「あの人は・・・。まぁ、頑張んなさい。」
おや、頑張んなさいって何がどうなってるの?
そんな不安にさせるような言い方止めてもらえませんかね。
「我々も出来るだけ急いで国境へと向かう。多少前後するとは思うが、イナバ殿は何が何でも無事に届ける。それだけは信じてもらいたい。」
「当たり前よ。攫っておいて怪我をさせましたじゃ話にならないわ。」
「その通りだ。」
「とりあえず無事も確認できたし、お互いの状況も確認できた。今はそれで十分よ。」
「みんなによろしくお伝えください。」
「それは自分の口で言う事ね、それじゃあいくわ。」
メルクリア女史が立ち上がると同時に、ソファーの横に黒い壁が出現する。
こちらを振り返ることも無く、向こう側へと消えてしまった。
「なんていうか、嵐のような方だな。」
「そうですね、まさにその表現通りの方です。」
「我の強い妻を持つと大変だぞ?」
「ご忠告感謝します陛下。」
「あのような見た目でありながら我々に臆することも無く、それどころかミハエルを睨んで見せた。なかなか胆の据わった女だ。」
「母上もそうだったじゃありませんか。」
「そうだったな。我を睨んで見せたのは後にも先にもアイツぐらいなものだろう。」
いがみ合う親子に一瞬だけ共通項が現れた気がした。
だがそれも一瞬の事、すぐに敵対関係に戻ってしまう。
「ともかくミハエル王子の考えは向こうに届きました。余程の事がなければ戦争状態にはならないでしょう。」
「そうであることを祈る。」
「後は我々が現場に出向き、停戦交渉の机につくだけです。」
「そうだな。その為にも出発する準備をするとしよう、ゴリア。」
「今の所王城に変化はありません、いつでも出発できます。」
ゴリアさんが立ち上がり、姿勢を正す。
それにつられるようにピッケさんも立ち上がった。
「さぁ次の休憩は夕刻を過ぎてからだ、準備が出来次第出発する。」
ゴリアさんがイジェル陛下と共に先に小屋を出る。
続いてミハエル王子が出て行った。
「行きましょう、イナバ様。」
「はい。」
後は現場についてから。
そこで何がどうなるのかは、行ってみないとわからない。
一悶着あるのは間違いないだろうけど・・・。
血が流れることはだれも望んでいない。
それを伝えるために、馬車は風のように走り続けるのだった。
馬車は国境に向かって走り続けます。
お互いの意思はメルクリア女史を通じて伝わった事でしょう。
後はどう落とし前を着けるのか。
いよいよ次が今章最終話となります。
同じくどう落ち着くのか、それはまた次回という事で。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願い致します。




