逃走途中
それからの出来事はまるで早送りした映画のようで、あっという間に時は過ぎて行った。
気付けば馬車に乗り込み明かりのない道を走り続けている。
中々の速度で時々お尻が浮き上がるような衝撃を受けるけど、そんなことを気にしている余裕はない。
一秒でも早く先に進まなければすぐに追手がかけられるだろう。
脱走ならまだしも誘拐、しかも国王の誘拐ともなれば規模が違い過ぎる。
どうしてこうなった。
そんな事を思いながら目の前で簀巻きにされているイジェル陛下を見つめるのだった。
「ゴリア、様子は?」
「今の所王城に動きはありません。」
「妙だな。」
「恐らくは人払いをしているからではないでしょうか。陛下があそこにいたのが何よりの証拠、許可なく入る者などおりません。」
「我々以外にはな。そういう意味では好都合だったわけか。」
「ご一緒に連れて来るのは想定外でした。」
「あのまま放置すれば一番楽だったが同時に追手をかけられるのも早かっただろう。これが得策だったと今はそう判断する。」
猛スピードの馬車を絶妙な手綱さばきで操っているのはゴリアさんだ。
その横にミハエル王子が座っている。
「イナバ様、大丈夫ですか?」
「おかげ様で、心配していただきありがとうございます。」
「まさかあのイナバ様とこのようにお話しできるなんて夢のようです。」
「それは私も同じです、あの時お返事してくださったのはこの計画を知っていたからなんですか?」
「いいえ、私がこの計画を知ったのは昨日の夕食をお持ちした後でした。」
そう、俺の横にいるのは毎日世話をしてくれていたピッケさんだ。
彼女がここに居ること自体信じられないのだが、なぜ手を貸してくれたんだろうか。
「ではなぜあの時返事を?」
「実は初日からお声をかけたかったのですが、やはり人の目がありますから。」
「極悪人と言われていましたしね。」
「それは最初から気にしていません。イナバ様の事は随分と前から色々と知っていたので、嘘だと知っていましたから。」
「といいますと?」
「冒険者のティナをご存知ですよね?」
「えぇ、色々とお世話になっています。」
「彼女の姉って言ったらどうしますか?」
「えぇ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
慌てて自分の口を押える。
ピッケさんがティナさんの姉?
嘘だろ?
姉がいるなんて聞いた事ないぞ・・・っていうか、そもそも家族の話とかも聞かないな。
言わないんだから知らないのも仕方ないけど。
マジか。
もう一度言う、マジか。
「驚かれるのも無理在りません。私だってびっくりしています、妹の手紙に書いてあった人のお世話を言いつかるなんて。」
「だからダークスに気をつけろと言われても気にしなかったんですね。」
「えぇ、イナバ様がそんな人ではない事は知っていましたから。」
「それにしてもすごい縁ですねぇ。」
「びっくりです。」
お互いにお互いの顔を見合わせて笑い合う。
敵しかいないと思っていたのに、こんなに近くに味方がいたなんて。
もちろん言い出せる状況じゃなかったから言わなかったんだろうけど、こそっと増量されていた食事にも納得だ。
え、でもまてよ?
そんな人に俺は排せつ物の処理を任せたのか?
マジか。
死にたい。
いっそ殺してくれ。
なにこの、『入院したら知人の家族がいて下の世話をしてもらいました。』みたいな感じ。
まぁ本人は気にしてないみたいだし、俺が気にしなかったらそれでいいんだけどさぁ。
「ちなみにティナさんからはどんな風に言われていたんですか?」
「それは本人がいないのでちょっと。」
「気になるなぁ。」
「本人もまさかこんなことになっているなんて思いもしなかったでしょうから。」
まぁ確かにそうだろうな。
絶対に行くはずのない場所だったし、そもそも会えた事が奇跡だ。
でも今頃は俺の居場所は伝わっているだろうし、ティナさんの事だ何か勘づいているだろう。
「イナバ様、お話し中申し訳ありません。」
「あ、すみません、どうぞ。」
「今の所追手は無いようですが出来るだけ距離を稼ぐつもりです。休憩はできませんが、構いませんか?」
「大丈夫です。それに、もし何かあっても・・・。」
「私達がいるから。」
「大丈夫、だよ。」
俺とピッケさんを挟むようにドリちゃんとディーちゃんが姿を現す。
出てきたのはこれで二度目だ。
「そうでしたね、精霊様もし怪しい動きを感じましたらお知らせください。」
「まっかせといて!」
「シュウちゃんの為に、がんばるね。」
「お話には聞いていましたが、本当に精霊師様だったんですね。」
「そうだよ。」
「よろしくね。」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。」
「ってことでお仕事してきま~す。」
「またね、シュウちゃん。」
出て来て早々姿を消してしまった。
今、二人には周辺の監視をお願いしている。
追手は来ていないようだけど、現在馬車が進んでいるのは魔物が特に多く発生している地域だ。
普通であれば夜を避けて走るのが普通だが、それを気にせず走っているので間違いなく魔物に狙われるだろう。
現在使える戦力はゴリアさんとピッケさんのみ。
彼らを消耗させないためにも、ドリちゃんとディーちゃんに露払いをお願いしているというわけだ。
おかげで何も気にすることなく走り続ける事が出来ている。
休憩を挟まず進むってことは、おそらく朝方まで走り続けるのだろう。
だが、そこが限界だ。
俺達の体力ではなく馬の体力が持たない。
途中で馬を替えるのか、それとも野営するのか。
それよりも気になるのはやっぱり、目の前に転がっているこの人だよなぁ。
もう一度イジェル陛下に視線を向ける。
当て身でもされたのか今だ昏倒したままだが、朝方には目を覚ますだろう。
この人が何故あそこにいたのか。
その理由もわかっていない。
まぁ、それは本人に聞けばいいだろう。
流石にこの揺れの中寝ることは出来ず、ピッケさんとティナさんの話でもりあがった。
そしてうっすらとあたりが明るくなったころ、最初の休憩となる。
馬車は街道をずれ森の小道へと移動して停車した。
「この先の小屋に別の馬車を用意しております。そちらに移りましょう。」
「手配済みなんですね。」
「同じ馬車を使用するとバレる可能性が上がりますから、それに馬の体力も落ちますしね。」
「小屋には簡単な食事も用意しています。そこで半刻ほど休んでから出発します。」
先にゴリアさんとピッケさんがおり、辺りを確認する。
問題なさそうなのでミハエル王子に続いて俺も馬車を下りた。
未だお休み中の陛下はゴリアが背負うようだ。
「そのような事をせずとも歩ける。」
「へ、陛下!」
「そんなに身構えるな、話は中で聞かせてもらった。」
「え、それじゃあ・・・。」
「時間が無かったとはいえ次に動く時はもう少し考えて行動するがよいぞ、なぁミハエル。」
眠っていたはずの陛下が簀巻きにされたまま体を起こす。
ゴリアの手を借りて陛下も馬車を下りた。
「これは父上、お目覚めですか。」
「次はもう少しいい馬車を手配するが良い。」
「そうします。それで、なぜあの場所に?」
「こいつを連れて国境へ移動し、停戦交渉に利用する。お前が考えそうなことだ。」
「つまり計画が漏れたわけではないのですね。」
「計画?あぁ、兵士を唆して石塔の警備を減らしたあれか?」
「・・・相変わらずですね。」
「詰めが甘いのだ、彼女ぐらいに口が固く頭の回る人間があと二人はいないとな。」
そう言いながらピッケさんの方を見る陛下。
その視線に彼女が身を固くするのが分かった。
「とはいえ今は囚われの身、それで私をどうするつもりだ?」
「もちろん一緒に来ていただきます。」
「交渉の机にはつかんぞ。」
「それは私の仕事ですから。父上は静かにして下されば結構です。」
「ならば今すぐ殺せばいい、その方が静かになる。」
「手の内を知っている人間をどうして殺す必要がありますか。父上もまた彼を利用する為にあの場にいた、この国を良くするために手段を選んでいられなくなった、そうですよね。」
「トーターは何かを考えるよりも行動する方が向いているようだな。実際こいつの案を実行するに当たってこの五年で一番生き生きと動いていた。人には得手不得手がある、奴の動きとこいつの頭、この二つがあれば間違いなくこの国は生まれ変わるだろう。にもかかわらずだ、お前はこいつを手放そうとする。それは何故だ?」
「もちろんこの国を良くするためです。今までの方法では国が良くなるとしても時間が掛かりすぎる。もっと根本的に変えていくのなら、他国の力を借りる必要もあるのです。」
「何をバカな事を、他国の力を借りればそれを足掛かりに口を出してくるに決まっている。」
「それが古い考えなのです。ここ百数十年、我々は他国を脅かすことなく生活してきました。今更他国を侵すことに何の利も無い事はお互いに周知の事実、むしろ手を取り合ってともに栄える道を模索する時が来たのです。」
「そのような甘い考えをしているから私が王位に残らざるを得んのだ。」
国をどうするかという壮大なネタを使った親子喧嘩。
俺にはそう見える。
どちらも国を良くするという目的は同じなのに、その手段がまるで違う。
片や自国で、片や他国と共に。
相容れぬ二人が喧嘩したところでいつまでも平行線だ。
「あの、一つよろしいですか?」
「どうしました?」
「ここで立ち話もなんですから小屋まで移動しません?」
長くなりそうな親子喧嘩を止める方法はただ一つ、空気を読まない事。
普通なら口をはさめないような状況でも、全く無関係の俺ならそれが出来る。
なんせ俺は攫われた身、向こうの弱み中の弱みだからね!
「それもそうだな。」
「いつ追手が来るかもわかりません、ひとまず移動しましょう。話はそれからです。」
「話した所で平行線だろうがな。」
「それが分かっていても話さなければならな時もあるのです。一度父上とは腹を割って話したいと思っていました、いい機会だと思いませんか?」
「単にお前が私に臆して話をしてこなかっただけの話だろう?」
「まぁまぁ、そのぐらいにしましょうよ。国を思う気持ちはお二人とも同じなんですから。」
簀巻きにされた陛下の紐を一度切り、手を前にして縛りなおす。
これで自力で歩いていただけるはずだ。
それからは皆無言で森の中を進み、半刻しない頃に目的の小屋を発見した。
小屋の隣には少し豪華になった馬車が止まっている。
だが、周りにも中にも誰もいなかった。
山小屋風の建物だが、内装はしっかりしている。
備え付けのソファーや机には一切埃は付いていなかった。
まるでついさっき片づけたような状態だ。
「長旅でお疲れでしょう、簡単な食事ですが用意いたします。」
「あ、それならば私が。」
「ではピッケは茶を頼む。茶葉は隣の棚にあるはずだ。」
「これですね。」
ゴリアさんとピッケさんが素早く準備に取り掛かる。
というか逃げた。
ミハエル王子とイジェル国王がお互い無言でにらみ合っている状況に耐えられなかったんだろう。
俺だってこの場から逃げたい。
でも逃げる場所が無いのでそのままいるしかない。
仕方ないからこちらから会話を振ろう。
「この後はどうするんですか?」
「休憩したのち新しい馬車で移動します。もう少しは街道を進めるでしょうが、脱走がバレてからは裏道を通る事になります。今のうちに出来るだけ距離を稼いでおきたい所です。」
「なるほど。国境まではどのぐらいを予定しているのでしょうか。」
「上手く事が運んで明日の夕刻、ばれるのが早ければ明後日の昼・・・と行った所でしょうか。ご存じの通り細長い国ですので逃げ道があまりないのです。」
「下手に街道を外れれば魔物の巣窟に突っ込む可能性もありますしね。」
「その通りです。街道のすぐ近くを魔物が闊歩するなど、本当はありえない事なのですが・・・。」
ちらっと父親の方を見るもダンマリのご様子。
ま、その方が助かるけどな。
「国境についたらすぐに解放・・・というわけにはいかなさそうですね。」
「申し訳ありません。現状を打開するためにも、力をお貸しいただければ。」
「私も戦争は回避したいと思っています。それに、役者はそろっていますから何とかなるでしょう。」
「と、いいますと?」
時間的にそろそろ反応があってもいい頃だ。
「皆さん、お茶が入りました。味は保証できませんが・・・。」
「ピッケさん有難うございます。」
「こちらも出来ました。」
両名が台所から戻ってくる。
って、まさかのサンドイッチしかも中々に手の込んだ作りですね。
ちゃんと野菜もはさんであるし、ミミも切り落としてある。
意外と料理上手なのかもしれない。
「まずは腹ごしらえ・・・とその前に。」
「どうしました?」
気配を感じ、後ろを振り返る。
と、突然何もなかった空間に黒い壁が現れ・・・。
「ちょっと!アンタ大丈夫なの!?」
よく見た顔が壁から飛び出してきた。
突然の登場に他の皆さんは身を固くするが、俺はにこやかに微笑みこう言った。
「おはようございますメルクリアさん、まずは食事にしませんか?」
本日も駆け込み投稿です。
余裕がありません!
でも主人公は随分と余裕なようです。
逃走の最中、やって来た上司。
戦争状態すれすれの状況ですが、彼には何か策があるのでしょうか。
予定では後二話で今章は終了の予定です。
果たしてどんな結末を迎えるのか。
それはまた次回という事で。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願い致します。




