どこから来たのかそれが問題だ
かなり切迫した状況であるにもかかわらずその子は穏やかな表情で寝息を立てていた。
何でこんな所に子供が?
この人と一緒に来たとか?
でも商店に寄ったときは一人だったし、村にもこんな子供は居ない。
何処からか迷い込んできた可能性は否定できないけれど、魔物に一切襲われることなく9階層までくることなど不可能だ。
静かに抱き上げても起きる気配は無い。
一定のリズムで胸が上下している。
生きているのは間違い無さそうだ。
「ご主人様どうされました?」
「中にこの子が。」
「えぇ!私が逃げ込んだ時は誰もいませんでしたよ!」
「ダンジョンの生体反応もこの方だけだったはずですが・・・。」
「では一体何処から?」
いきなり人が沸いてくる事はありえない。
魔物の可能性も否定できないが、そうだったらすぐにユーリが気付くはずだ。
だが夢でも幻でもなく質量を持った状況で今俺の手の中に抱かれている。
この子は一体・・・。
「ともかくこのままここに居るのは危険です。今すぐに脱出する事をオススメします。」
「そうですね、いつ状況が変わるかも分かりません。」
部屋の中心では今も白い暴風が渦巻いている。
今の所繭のような形を維持し続けているがいつ何時その形を崩し部屋中が暴風に飲まれるかもわからない。
だが、この部屋から出てしまえば仮にそうなったとしても大きな被害は出ないだろう。
曲がり角を経由するたびに風の勢いは殺される。
10階層に降りる階段付近まで行けば問題ない。
「ユーリと共に先に行って下さい、すぐに追いかけます。」
「わかりました!」
子供を背負った俺と一緒に行動すれば共倒れの危険がある。
早く移動できる人間には先に行ってもらって上で合流すれば良いさ。
ユーリと冒険者の背中を見ながら壁伝いにゆっくりと移動しながら改めて男の子の状況を確認する。
ティオ君と同い年ぐらいだろうか、10にも満たないような年齢に見える。
大きな怪我はないようでショタ好きのお姉様を虜にするような可愛らしい顔立ちに藍色の半袖半ズボン姿だ。
え、半袖半ズボン?
この寒い時期に?
いくら子供は風の子でもこれは寒すぎる。
っていうかダンジョンにそんな格好で入ってきて無傷とか。
一体何者?
「起きたら何か分かるか。」
今は脱出することが先決だ。
心なしか風が強くなっているようにも感じる。
一歩が非常に重たい。
さっきは追い風だったので移動しやすかったが、今は強い向かい風の中を進まなければならない。
あれ、真四角の部屋なんだからそのまま追い風に押されながらぐるりと回ったほうが良かったんじゃね?
なんて事に気づいてももう遅い。
後5歩ぐらいで通路までたどり着く所まで来てしまった。
頑張れ俺。
前に倒れこむぐらいに強く身体を倒しながら右足を出す。
「後四歩!」
同じく倒れこむようにして左足を出す。
「後三歩!」
そこでものすごい強い風が下から身体を持ち上げるように吹きつけ、たたらを踏むように三歩後ろに下がってしまった。
二歩進んで三歩下がるとか進んで無いじゃん!
おそるおそる繭の方を見ると最初よりも明らかに大きく膨らんでいるのが分かった。
あ、これやばいわ。
俺は慌てて重心を低くし、一歩進もうとするも風に阻まれて思うように進めない。
その間にも繭はドンドンと大きくなっていく。
どうするさっきの穴に戻るか?
でも穴が崩れたら助けてくれる人は誰も居ない。
俺はともかく無関係のこの男の子まで死んでしまう。
考えろ考えろ俺!
焦れば焦るほど良い考えは浮かばず、風に押されて壁際まで後退してしまう。
顔に吹き付ける風で呼吸が出来ない。
まさか自分のダンジョンで死ぬ事になるなんて・・・。
エミリア達の顔が頭に浮かぶ。
あ、これ死ぬ前に見る奴だ。
なんて冷静に考えていると、
「あーもう煩い!」
俺の腕で寝息を立てていた男の子が突然大きな声で叫んだ。
え、この状況で寝言?
その声に反応したかのように先程まで吹き荒れていた暴風がピタッと止む。
それだけじゃない。
繭を形成していた暴風雪がはじける様に霧散し、まるで吸収されるかのように男の子の身体へと吸い込まれていった。
本当に一瞬の出来事だった。
瞬き一つの間に先程まで吹き荒れていた風が消えてしまった。
残されたのは大量の雪。
円を描くように残された雪がそこで何かが起きていた事を物語っていた。
気温も元に戻っている。
暑くもなく寒くもないいつものダンジョン。
「なんだったんだ?」
男の子はまだ眠ったままだ。
だが確かにあの暴風雪が男の子の身体に吸い込まれるのを見た。
一体何者なんだろうか。
「ご主人様!」
呆然と立ち尽くしていると目指していた通路からユーリと冒険者が戻ってくる。
「一体何があったんですか!?」
「わかりません、気付けば雪と風が止んでこの状況です。」
「とてつもない魔力を感じ振り返りましたら雪と風が止んでおりました。」
「それで慌てて戻ってきたんです。」
すぐ戻ってきた所を見ると、随分先に行っていると思っていたけどそんなに離れていなかったようだ。
「この子はまだ起きないようですね。」
「えぇ、眠ったままです。」
「かすかに魔力を感じますが一体なんだったのでしょう。」
この子に吸い込まれたんだよとは言えなかった。
言っても良かったのだがそうした所で証明するすべが無い。
なにより一刻も早くダンジョンから出たかった。
何かがおかしい。
この子もそしてダンジョンも。
暴風が止んでからダンジョンそのものに違和感がある。
言葉に表すのは難しいのだが、とにかくダンジョンが変なのだ。
何かがごっそり抜けてしまったような感じがする。
「急ぎ上に戻りましょう。」
「そうしましょう。」
ユーリにも同じ違和感があるのかもしれない。
俺達は急ぎ足で10階層まで行き転移装置で地上へと戻った。
「戻ってきました!」
「無事だったか!」
ダンジョンから出てすぐ三人が俺達を迎えてくれた。
この寒空の下心配して待っていてくれたのだろう。
「一応大丈夫です。」
「この度は御迷惑をかけまして申し訳ありません、宿に部屋を準備してありますので今日はそちらを御利用下さい。」
「いいんですか?」
予定通り部屋の準備をしてくれたのだろう、ニケさんが冒険者を宿へと案内してくれた。
後で俺もお詫びに行こう。
俺のせいではないとはいえダンジョンで起きた不祥事だ。
管理している俺に責任がある。
「シュウイチ、この子はどうしたんだ?」
「あぁそうでした。ダンジョンの中で見つけたんです。」
「ダンジョンの中で!?」
「確かに冒険者の反応しか無かったのですが、何故かダンジョンの中で倒れておりました。」
「迷い込んだのではないのか?」
「それならばすぐにわかります。迷い込んだというよりも突然現れたという表現が正しいかもしれません。」
「人間ではないのか?」
「それについてもなんとも・・・。」
俺の腕の中ですやすやと寝息を立てている男の子。
パッと見はどう見ても人間だ。
息はしてるし、体温も感じる。
心臓だって・・・。
あれ?
「どうしました?」
俺は慌てて男の子の首に指を当てた。
俗に言う頚動脈と呼ばれる部分。
顎の下のくぼみにぐっと指を押し当ててみるが、いつまでたっても目的の物を感じることは出来なかった。
「脈が無い・・・。」
「えぇ!」「何だって!」
二人の声が綺麗にかぶさる。
指の先に感じるはずの鼓動を何故か感じることが出来なかった。
体温はある、呼吸はしている、でも脈拍が無い。
死ん・・・でる?
「シュウちゃん!」
想像もしていなかった状況にフリーズしていると、聞き覚えのある声が頭上から聞こえてきた。
「ドリちゃん?」
見上げると空から見覚えのある二人が降りてくる。
いつもと同じ袖なしワンピース姿なので中が見えたような気がしたが今はそれ所じゃない。
静かに着地をして俺の側に駆け寄ってきた。
「シュウちゃん、大丈夫?」
「二人ともどうしてここに?」
「すごい魔力を感じたから飛んできたんだ。」
上から降りてきたという事は文字通り飛んできたのだろう。
さっきあったばかりのドリちゃんと、明日会う予定だったディーちゃん。
少し大人びて背伸びしたおっとり系女子高生のように見えるのが水の精霊ウンディーヌことディーちゃんだ。
こ、これは結構好みのタイプ・・・。
「この子、みたいだね。」
「そうだね。」
「えっと、それはどういう。」
呼吸をしているが脈を感じない男の子。
二人が感じたすごい魔力の原因はどうやらこの子のようだ。
「精霊様、私達にもわかるように説明いただけますでしょうか。」
「あ、シュウちゃんの奥さん達だやっほー。」
「ご無沙汰しております精霊様。この子は一体何者なのでしょう。」
「この子はね、妖精だよ。」
妖精?
あの小さくてふわふわしてそうな奴?
あ、でもユーリはダンジョン妖精だし十分ありえるのか。
「ドリちゃん、この子は精霊、だよ。」
「あれそうだっけ?」
え、今度は精霊なの?
どっち?
「つまり人間じゃない?」
「うん。」
「なら心臓が動いていなくても・・・。」
「あ、私達魔力で動いてるから心臓なんて無いんだ。触ってみる?」
なんていいながらドリちゃんがワンピースの肩紐をずらそうとする。
この寒空の下ノースリーブのワンピースなんていう季節はずれな服で違和感無いのも、二人が精霊だとわかっているからだ。
この子が人間でないのであればこの半袖半ズボン姿も違和感なくなるな。
「触らなくても大丈夫だよ、ありがとう。」
「ちぇ、触ってくれたら責任とってねって言おうと思ってたのに残念。」
「もぅ、そんな事してシュウちゃん困らせたら、メッだよ。」
ドリちゃんがディーちゃんに窘められている。
いつもなら微笑ましい光景だなぁと思う所だけど今日はちょっとつっこみに困る。
人間じゃない。
それなら急にダンジョンに現れた事にも納得ができる。
じゃあなんでエミリアやユーリが感知できなかったんだろうか。
「この子が精霊だとして、いったい何の精霊なのかな。」
「この子はね、雪の精霊の『卵』なの。」
「「「「雪の精霊の『卵』?」」」」」
俺も含めた四人の声が綺麗にハモる。
精霊って卵生なのか、知らなかった。
「もぅ、ディーちゃんそんなこと言ったら私達がお魚さんと一緒みたいに聞こえるよ。」
「お魚さんじゃ、無いよ?この子は、妖精から精霊になる途中なの。」
妖精が精霊になる。
簡単に言えばランクアップみたいなものだろうか。
徳を積んで仙人になるみたいな。
「水の精霊様は御詳しいのですね。」
「私の、子供みたいな、ものだから。」
「え!?」
「シュウちゃん別に産んだわけじゃないからね?」
「あ、うん。雪は水からできているからそう言う事だよね?」
「その通り!さすがシュウちゃんだね!」
なんだかよくわからないが褒められてしまった。
なるほど、雪の精霊というのならダンジョンでの状況も納得だ。
この子があの状況を引き起こしていた。
でも、あの状況で繭の中にいたのならまだしもどうして雪穴の中にいたんだろうか。
しかも今も眠り続けている。
寝ている時に能力が暴走したとかだろうか。
「まだ、あそこで眠っておかないといけないのに、どうして、出てきちゃったのかな?」
「よっぽど嫌だったんじゃない?あそこ狭くてかび臭いから。」
「でも、今も寝てるよ?」
「じゃあ寝ぼけてるとか。」
「寝ぼけて、ここまで来ちゃったの?」
「ディーちゃんの側に来たかったんだよきっと。」
「そうかなぁ。」
なんだかよくわからないが本来はどこかで眠っておかないといけなかったのに出てきてしまったという話らしい。
だから今も寝ていると。
でも、いったいどこから出てきたんだろうか。
しかも寝たままで。
それでうちのダンジョンに来て大暴れして、結構迷惑なんですけど?
男の子を抱えている手がそろそろ疲れてきた。
そんな迷惑な子なら降ろしてしまってもいいだろうか。
「じゃあ聞いちゃおっか!」
「うん、起きてもらおう。」
「え、起こすの?」
「うん。シュウちゃん、そこに寝かせて?」
まぁ二人がそう言うのならいいか。
俺は二人に言われるがまま男の子を地面に降ろす。
半袖半ズボンなので非常に寒そうだが精霊だから大丈夫なのだろう。
でもどうやって起こすんだ?
「ちょっと、離れててね?」
「うん。」
「じゃあ、行くよ。」
ディーちゃんが目を瞑り集中を始める。
すると空中にこぶし大の水塊が現れ、あれよあれよという間にバスケットボールぐらいに大きくなった。
まさかそれを・・・!
「おきなさーい!」
水塊は勢いよく男の子の顔面にクリーンヒットする。
クリーンヒットしただけならまだいい。
水塊は崩れることなく顔の部分でとどまり男の子の顔を覆ってしまった。
まるで宇宙飛行士のヘルメットのようだ。
でもそれ、おぼれちゃいませんか?
男の子の口からコポコポと空気が漏れ出す。
が、起きない。
「ディーちゃん起きないね。」
「もう、この寝坊助さん。」
おっとり系女子大生の『寝坊助さん』いただきました!
「御主人様少し静かにしてください。」
心の声がうるさかったのかユーリに怒られてしまった。
ごめんなさい。
「寝坊助さんは、お仕置き、だよ。」
ヘルメット状態の水塊がどんどんと小さくなっていく。
代わりになぜか男の子のお腹の部分がどんどんと大きくなっていくんですけど、これってもしかして・・・。
突然男の子の目がカッと見開き、口から大量の水があふれだした。
溢れたというよりも噴水の様に上に噴出したというほうが正しいだろう。
まるで漫画のようだ。
「ゲホッ!ガハッ!オエェェ。」
「あ、起きたよ。」
「ケホッ、誰だよ僕のお腹に水なんて流し込んで!人間じゃなかったら死んでるんだからな!」
あらかた水を吐き出した少年が俺を見て怒り出す。
いや、俺じゃないんですけど。
「おはよう、寝坊助さん。」
「寝坊助じゃなくて、僕は無理やり起こされたんですけ・・・。」
ディーちゃんの方を怒りながら振り返ったっ所で動きが止まる。
「お、お母さん・・・。」
あ、やっぱりお母さんっていうんだ。
「ダメでしょ、人様に迷惑かけちゃ。後100年は寝てないといけないのに、どうして起きたの?」
「起きたのって、母さんが起こしたんじゃないか。」
「それは、いつまでも起きないからだよ。」
「ええぇぇぇ・・・。」
「ディーちゃん、さすがそれは可愛そうだよ。」
いつもはツッコまれる立場のドリちゃんが今日はツッコミを入れている。
かなりレアな光景だ。
「じゃあ、なんであそこから、出てきちゃったの?」
「人間がいっぱい来て僕を追い出したんだ!」
「人間が?」
「うん。怖そうな顔をした人が上からどんどんと降りてきて僕の家を壊していくんだ。お母さんが寂しく無いようにって残してくれた友達もどんどんと居なくなっちゃうし、それで怖くなって出てきたんだ。僕は悪くないよ!」
怖そうな顔をした人間が追い出した?
どんどん降りて来る?
それってもしかして。
「ディーちゃん、この子を寝かしていたのは後ろにあるようなダンジョンだったりする?」
「うんとね、たぶんそうかな。」
「ここから少し離れた大きな街の近く?」
「シュウちゃんが、私にくれた石を、拾った場所の辺りだよ?」
あぁ、成程。
それで合点がいった。
「シュウイチさんもしかして・・・。」
「えぇ、どうやらこの子はこの間見つかったダンジョンから逃げてきたようです。」
まさか現在進行形で攻略されているダンジョンがこの子の寝床だったなんて。
そんな偶然ありえる?
やっと十章との接点をつなぐことが出来ました。
彼がどうしてダンジョンの中にいたのかは置いといて。ひとまずどこから来たのかは判明いたしました。
そして何者なのかも。
残念ながら隠し子ではありませんでしたが、彼がこの後なかなかな事をしでかしてくれます。
え、いつもそうだって?
まぁまぁそんなこと言わないでください。
主人公が少々不幸体質なだけで決して作者のせいじゃありませんからね。
詳しくはまた、次回という事で。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また次回もよろしくお願いいたします。
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