第三話 宝石の世界/契約の権能
宝界暦1785年5月某日
「クソっ」
崩れかけた建物に男が一人、悪態をつきながら倒れ込んでいた。ここは監獄だったもの。昨晩の襲撃で、全てを失ったのだ。
「あいつら……いつかぶっ潰してやる……」
「やあ、えろう派手に負けたなぁ」
突如瓦礫の物陰から、白いフードを被った人物が現れた。陰で顔はよく見えないが、男はその人物をよく知っていた。
「見ていたんですか?……アスト様」
「部下を見守るのも上司の役目やろ?」
アスト=ダイヤモンド。彼は第二皇子でありながら聖霊研究の最高責任者でもあり、かなり忙しい身分だ。そんな人物がここに来たのだ。必ず何か理由を持っているはずだ。
「なあ自分、今力が欲しいんとちゃうんか?」
パチンッ
アストと呼ばれた男が指を鳴らした途端、男の前に深い藍色のモヤが現れた。
「これは自分が管理しとる聖霊“カイヤナ”や。カイヤナ、契約志願者や。挨拶しい」
「こんにちは、新しいマスター。君は壊れない?」
カイヤナと呼ばれたそれは、驚くほど正確に言葉を発した。
「待ってください!契約は伯爵以上の特権です。私より適任はいるはずです!」
「なんや?あいつらに復讐したいんとちゃうん?」
アストはあっけらかんとした表情で答える。
「なら目には目を、契約には契約を……やろ?」
コイツと契約する事で、あいつらに復讐できる力を手に入れられる―――。
男にとってこんなにも美味い話はなかった。
「契約する」
「了解や」
男の前に契約書が現れる。男は迷わずサインをした。すると目の前の聖霊が霧状に姿を変え、男に入り込んでくる。違和感が体を包み、内側から溶かされていく。
「バカやなぁ。契約書ちゃんと見んとあかんで」
騙された。そう感じたときにはもう遅かった。
「契約の代償……何やと思う?」
男は答えられなかった。いや、答えたくなかったのだ。感覚がだんだんと消え失せ、自分でなくなるような感じ。痛みは不自然に晴れ、何も考えたくなくなってくる。
「命ィ……国に捧げて貰うでぇ?」
アストは高らかに笑う。彼は端から男を実験対象としか見ていなかったのだ。男はもう、何も考えられない。怒る事も、生きる事も、全て、すべて、スベテ……
一人の男の希望は潰えた。藍色に染まった復讐の心をそこに残して。
✵
耳をつんざくほどの轟音で目を覚ます。
ここは……どこ?
多分アビスの家だろう。それより、外の状態を見ないと落ち着かない。轟音は絶えず響き、それに衝撃が続く。窓は……あった。でもステンドグラス!
「外見えないじゃない…」
幸い窓には取っ手がある。開く仕組みがあるようだ。でも、押しても引いても窓はびくともしない。どうすればいいの。
「ふーん、フレンチウィンドウね。そのタイプのものだと、上に持ち上げて押すと開くわよ」
突然後ろから透き通った声が聞こえた。誰とも違う、女神のような声。指示通りにやると、窓はすんなり開いた。
「助かったよ。ありが……と……」
そういえば、この人は誰?
お礼を言うために後ろを向くと、そこには女性が一人立って……いや、浮いていた。それだけではない。半透明なのだ。
「にぇっ」
背筋が凍る。知らない世界に来たり投獄されたり、最近ツイてないなと思っていたら、憑いていたようだ。
近づいてくる。反射的に手を向け、目を閉じる。するとドスンという鈍い音とともに床が揺れた。
「何?何が起こったの?」
体の痛みは無い。罠かもしれない。そう考えていても、目を開けてしまう。すると自分が手を向けた先の地面に巨大な結晶が生えていた。床はその重さに耐えられず、裂け目が出来ていた。
「貴方の力よ。この私と契約したんだから、できて当然よ」
契約?
「私は水晶。名前の通り水晶の聖霊よ」
聖霊は話を続ける。
「貴方は私に選ばれたの。だから今まで生きていられた。感謝しなさい」
さも当然かのような口振りだった。
「私はそんなの認めてない。契約取り消しを所望するわ。」
「ふーん、じゃあどうやって取り消そうって言うのかしら?」
挑発的な目を向けられる。家庭科はあまり得意ではなかったが、真面目にやってきて良かった。
「クーリングオフよ!!」
沈黙が流れる。
「あら、ここは異世界よ?契約が全てのこの世界に、そんな制度あるわけないじゃない」
ごもっともな意見だった。
「というわけで、これからよろしくね。宝生晶ちゃん♪」
いつの間に私の本名を?
やっぱり契約には代償がつきものですよね。
次回
第4話 宝石の世界/初陣




