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私の姉は、変わり果てた姿で目の前に立っていた。
その変貌には正直驚いたが、姉も私も互いのことを覚えていなかった。
――本当にこれが姉なのか。
私には分からなかった。
姉の名前すら思い出せずにいた。ただ、サ行に関係があることだけは記憶にあった。
「ス」だったか、「セ」だったか……いや、そうだ。「サ」だ。
姉の名前は“サ”から始まっていた。今しがた、それを思い出した。
私にできることは、その程度だった。
名前を思い出し、目の前の人物と見比べる――それだけだ。
「止まれ」
その言葉の意味が分からなかった。なぜなら、そこにいるのは姉のはずだったからだ。
だが、様子がおかしい。声を発さなければ、剣を携え、そして唐突にこう言ったのだ。
「私は、猿だ」
――普通ではない。私は即座に悟り、引き返そうとした。
猿ならば人を襲うだろう。少なからず、私も人間である以上、身の危険を感じざるを得ない。
慌てて階段を駆け上がる。背後から轟くのは姉ではなく、猿の咆哮だった。
耳を塞ぎたくなるほどの叫びに、星の民は何も言わない。
私は耐えきれず、その場に蹲った。
――さあ、猿よ。私から逃れられるか?
毛むくじゃらの猿を前に戦うのは気味が悪かった。
それが姉の声を持つ猿であるならば、なおさら戦えない。
だが、通さぬというのなら、強硬手段に出るしかない。
「猿よ、貴様には私の気持ちなど分かるまい。私がどれほど本気かもな」。
私は悲しみに揺れながらも、自分に宿る力を思い出した。
――星の民が使うとされる特異能力。
「玉」
私の手から、エネルギーの球が放たれた。
地下を覆う鉄骨も外壁もろとも消し去り、猿を直撃する。
猿はその一撃に耐えたが、驚いたのか、やがて姿を消した。
私の力を知ろうとする者は誰もいない。
だからこそ隠さなければならない。決して、誰にも知られてはならない。
安堵とともに呟く。
「どいたな……猿よ。貴様は姉なのか?」
しかし、もうそこにはただの猿しか見えなかった。私は幻影を見ていたに違いない。
――これからどうする。
柵を越えた先から、生きて帰れるのか。
焦燥に駆られながら柵を引き千切る。
手から血が噴き出した。
「玉」の代償だ。犠牲を伴う力。
視界がぼやけ、足元に血溜まりが広がっていく。温かい感触。
――これが血の池地獄か。
くだらない考えを抱きながら、腕を押さえた。
一人では何もできない。だが、私には星の民がいる。
彼が、あるいは彼女が、傍にいる。
その時、星の民は告げた。
「戻れ」




