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ピュアな悪役令嬢と非純情

 片目を失ったことで、視界が狭まったことによる恐怖心が生まれる。


 以前は無意識に当たり前と思っていたことがそうでなくなり、この上ない不自由感が何よりも不安となる。


 だがそれもこれも、誰かが寄り添ってくれるというだけで安心感がまるで違うのだ。


 左を見れば、常にアリシアの姿がある。


 安心感なんてレベルではない。


「……ん、どうかしたのかアキト」


 アリシアの横顔を眺めていたら、見られていることに気がついたのかこちらを向いてきた。


「あー……いや、よく考えたら片目失くしただけでつきっきりの世話はやりすぎじゃねって思ってさ」


 正直なところ、一日も経過せずに片目生活にはもう慣れた。


 骨折でもしたのなら慣れるまでに誰かの助けを借りなければ大変だろうが、そういうわけでもない。


 初日は食事から何まで世話をしてもらったが、今更になって冷静に俯瞰するとちょっと大袈裟だなと思ったわけだ。


 そして今、別に何をしているわけでもなく暇だからという理由で公爵邸にある大量の書籍の中から適当に選んで読んでいる。


 その際も、アリシアは文字通りつきっきりで隣に座っている。


「お前は何を言っている。私が少しでも目を離したすきにどこかの輩に狙われでもしたらどうするんだ?私か、少なくともオンカが隣にいることは絶対条件だ」


 至って真面目な表情でそう言い、俺からの異論は一切受け付けない意向らしい。


 過保護だ。


 何から何まで親からお金を貰ったり生活において過保護を受けて困っているという人がいたが、そんな低次元ですらなく命までも24時間徹底して守られているこの状況こそが本当の過保護だ。


 俺の身の安全を守るついでに、生活の手助けを行なっているのだとか。


「そ、それはそうとだな……アキト。この後、私は風呂に入るのだが………その、もし良ければお前と一緒に入ってやっても、いいと思っている」


 照れた表情からの、アリシアからのお風呂のお誘いだ。


 それはもう願ってもないことだし、こんな事になってしまったことによるご褒美として舞い降りてきたことなのだろう。


「いやっ………その、アリシアの誘いはめっちゃ嬉しいんだけど、今回は辞退してもいいか?」


「なっ………!?こっ、こここ………断られ、た……………」


「本当にごめん!なんていうか、今は一人でゆっくり入りたい気分なんだ」


 もちろんアリシアの……を見たいに決まっているが、今ばかりは本当にそういう気分ではない。


 気分ではないというだけで断るのは大変心苦しいのだが、アリシアとはこういう状況で新鮮な初めてを体験したくない。


 いや少し語弊を生んでしまう発言だった。


 別にあの人ならどうでもいいというわけではないが、あの人とはもうそんなことを考える段階の前からある意味一線を超えてしまっている。


 あの人とは違って、アリシアはピュアなのだ。


 お預けというか、時機じゃないというか、……つまりまだなんだ。


「ま、まぁ……そういうこともあるな。私は全然大丈夫だからな、お前の気持ちを優先してやるだけだ。そ、そそ……それじゃぁ………私は先に風呂に、入ってくる………」


 とぼとぼと重い足取りで歩き去っていくアリシアを後ろから見て、可哀想なことをしてしまったなと後悔する。


 気を取り直して手元の本に目を向ける。


 先ほどからそれとなく読んでいたが、書いている内容はまるで理解できない。


「……アリシアが出てくるまで待つか」


 このあと、アリシアが戻ってくるのを待っていたが、報せをしにきてくれたのは彼女本人ではなく屋敷の使用人だった。


 もしかしたら怒らせてしまったのではという一層の後悔を抱きながら、浴場へ赴いた。


 誰もいない広い洗い場で、静かな中淡々と身体を洗い、浴槽へ沈んだ。


「っあぁ〜………気持ちいい……」


 誰もいないからこそ多少の大声で言える。


 広すぎるためか俺の発した声がいつまでも反響しているようだ。


 目を閉じて、快楽に浸っていると不意に音がした。


 ピチャピチャと、濡れた床を歩く人の音だ。


「───気持ちよさそうにしているじゃないか、少年」


 何でもないように軽く話しかけてきたオルンさんの、一切隠す素振りのない姿を見て、俺は深いため息を吐いた。


「なんで入ってくるんですか………アリシアに言ったことが嘘になるじゃないですか」


「ん、なんでここでアリシア様の名前が出てくるんだ?それよりどうだ少年、片目の生活は慣れてきたか?」


 洗い場へ向かいながら素知らぬ様子で聞いてきた。


 入ってくるタイミングを考慮すれば、この人が全く知らずに入ってきたわけはない。


 完全に俺がいる前提で入ってきている。


 アリシアの誘いを断ってきた直後のことであるがために、俺はとんでもないほどの罪悪感に苛まれている。

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