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今はまだ矛を突き刺す時ではない

 右目に温かさを感じて目を覚ました。


 しかし開けることができたのは左目のみで、どうやっても右の瞼を開くことはできなかった。


「起きたか、少年」


「………オルンさん。すげ、膝枕ってこんなに気持ちいいんですね」


 真正面には、上から顔を覗く彼女の顔があった。


 俺は彼女の膝に頭を乗せて横たわっていた。


「バカな事を言うんじゃない」


 そう言ったオルンさんだが、いつものような調子とは異なり表情が暗い。


 今も右目にはなにか温かい感触がある。


「えっと、これは何をしてるんですか……?」


 左目を向けると、俺の右目部分に手を当てている女の人がいた。


 妙な感触はそれが原因だ。


「ファラディオ家の魔法師だ。キミの傷を癒してくれている。………ただ、残念だが右目を回復させることはできないそうだ」


「……そうですか」


 やはりあの時、俺は兵士に右目を剣で斬られていた。


「あの兵士はどうなったんですか?」


「すでに死んでいる。少年が斬られる寸前で、アリシア様が魔法で男の頭を吹き飛ばした。その場で即死だったろうが、剣は止まらなかった」


 依然として暗い表情でそう話す。


「………そんな顔しないでください。俺が自分から突っ込んで行ったのが悪いんですから。意味のない事を、してしまっただけなんです」


 そう、あの時オルンさんの危機を悟って間に入っていた。


 しかし蓋を開けてみれば彼女が危機的状況だったわけでもなくただ俺の自業自得だ。


「キミは………私を守ろうと動いてくれたのだろう?その意味のある行動が私にとってはとても嬉しかった」


 彼女の手がそっと俺の顔に触れてくる。


「これまで誰からも守られたことなどなかったんだ。キミが初めて、私を守ってくれた」


「……それなら良かったです」


 正直なところ、片目を失ったことに対するショックは自分でも計り知れないが、そんな光栄な事をしていたのだとしたらそれは突っ込んでいって良かったというものだ。


 滅多に体験できることではないこの状況を満足するまで堪能してから、俺はゆっくりと身体を起こした。


 するとまず目の前に見知らぬ女の人の顔があった。


 オルンさんの言っていたファラディオ家の魔法師だろう。


「あっ、ありがとうございました」


「……はい」


 無表情のままそう一言答えて去って行ってしまった。


「彼女は元々ああいう人間だ、気にすることはない」


 場の周囲を見回してみると、血の池状態になった兵士の死体だけが残っていた。


 死体を見ることに慣れてしまうのは少し怖くもある。


「アリシアはどこにいるんですか?」


「──私はここにいるぞ」


 背後から声がして振り返った瞬間に、ふわっといい匂いが漂ってきたと同時に抱きしめられていた。


「すまなかった。私がもっと速く気づいて始末できていればこんな事にはなっていなかった」


 アリシアもそんなことを思っていたのか。


 なんていうか、俺はあっという間に贅沢者になってしまったようだ。


「アリシアからそんな風に思ってもらえて俺は嬉しいよ」


「調子に乗るな阿呆。お前はこれから屋敷で謹慎だ。また下手な行動に出られては敵わん」


 先ほどの魔法師の人には一時的な治療しかしてもらっていないらしい。


「もう片方の目も失ってしまえば何もできなくなってしまうからな。分かったかアキト」


「……はい、すみませんでした」


 目の前のアリシアを見る目の焦点がいまいち定まらない。


 片目がないだけでこれだけ不便になるとは思ってもいなかった。


「ちょ、ちょっとアリシア様。そんな言い方はないのではないですか?少しは少年に気を遣うべきです。少年は──」


「そんなことは分かっている。だがこれはアキト自身が選んだ行動の結果だ。とやかく言うことではないだろう」


 アリシアはいつも通りに毒舌を吐いてそう言った。


 アリシアが号泣して抱きついてくる……という光景を少しだけ期待していたのだが、全くそうではなかった。


 とはいえ、変に重い空気になられる方が俺としてはどうしていいのか分からなくなってしまう。


 これはこれで安心したというか、むしろ心が落ち着く。


「いいんですよオルンさん、アリシアの言うことは本当なんですから」


「ただアキトが生活において不自由になってしまうのは仕方のないことだ。そこで、アキトが慣れるまで私がつきっきりで世話をしてやろう」


「えっ、マジで!?」


 それは願ってもない最高の展開だ。


「アリシア様、それは私がやるべきです。今回の責任は私にあります」


「……それなら交代制にするか」


「分かりました、それでいいでしょう。───そうだ少年、キミは屋敷に戻ってもう少し治療を受けてくれ。先ほどの魔法師はカミラという」


 オルンさんからそう言われ、俺は一人で屋敷へと戻っていった。




 ───アキトが屋敷に入っていくのを確認してから、オルンはアリシアに向き直った。


「アリシア様、なぜ少年に向かってあのようなことを──」


「殺せ。………今後ヨンダルクの人間とことを構えたら問答無用で斬り殺して構わない」


「それはどういう……?」


 オルンがアリシアに向かって疑問をぶつけた。


「お前はあの男がヨンダルクの者と知り、家門同士の争いを避けるために防戦に出ていたのだろう。その必要がなくなったという意味だ。父上がガルバ・ヨンダルクに対して明確な敵意を示した」


 アリシアがヨンダルクの近衛である上級騎士を殺したことで、二つの公爵家門の対談は打ち切りとなり互いに敵となった。


「………私の大事な者を斬られて、何も思わないわけがないだろう」


「ですが、アリシア様は少年に普段のような振る舞いをしていたではありませんか」


「今ここで後悔や恨みを発したところでアキトに気を遣わせるだけだということに気がつけ。本音を言えば、今すぐにでもヨンダルクの人間を見殺しにしてやりたい」


 握る拳を震わせて、ここにきて抑えられない怒りが露わになった。


 アリシアのその様子に、オルンはただ黙るしかなかった。


 確かにそうだ、と我に返り冷静に物事を分析していく。


「………そうですね、今は抑えましょう。()()()が来るまで……」


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