41話 壁
帝国を帝国足らしめている帝都を守るのは巨大な壁。
多くの臣民の血を、命を吸って出来上がった巨大な壁である。
「帝都地方を囲う巨大な城壁、通称帝国の壁とはよく言ったものです」
ファーンが目の前に広がる壁を眺めながら呟いた。
「大きい、ただひたすらに大きい」
マギウスも少し狂気を感じてしまう巨大な建造物に呆れ気味だ。
「建造時、どれほどの人間が犠牲になったことか……血塗られた壁か」
ピースメイカー軍の中では最年長のベリオンももう一つの名でその壁を呼んだ。
この壁が作られたのは300年程前になる。
当時の帝国はようやく国内の平定が終わり、これから国内の安定を築く大事な時期だった。
当時の皇帝はそんな時期に自分以外の貴族や豪族の力を削ぐことに、その能力のすべてを注ぎ込むような人物だった。
内紛などで疲弊した敵対貴族や平民、奴隷などに対しては武力による徹底した強制労働を与え、味方した貴族たちには特権と吸い上げた富を分配した。
その結果当時の人口の四分の一という膨大な犠牲の上に壁が完成した。
それは同時に帝国の臣民に皇帝による絶対的な恐怖を植え付けることにも成功した。
そしてその恐怖心を形として残しているのがこの壁であった。
「僕たちにとっても巨大な壁となって立ちふさがるんだね……」
「ウォン!」
一度自分の目で壁を見ておきたいと言い出したのはアルテだった。
この壁を越えなければ帝国を変えることは出来ない、しかし、それがいかに困難な道であるか……
それを自分の目で確かめておきたかったのだ。
「帝国民の心を押さえつけ続けてきた難攻不落の城壁、中央街道が通る最大の門は巨大な砦に囲まれている。他にも2か所、門がありますが……いずれも砦が固く守っています。
砦以外の部分は破壊は不可能、工作している間に左右の砦から大量の軍勢が襲い掛かってくることは間違いありません。
すでに帝国側は門をかたく閉ざして我らを帝都へ近づけないように鉄壁の防御を敷いています。
正直、正攻法でこの壁を超えると多大なる被害を生むことは間違いありません」
ペステはいつもにもまして真面目に目の前の問題を告げてくる。
「一番現実的な方法は、北の山岳地帯、東の海上、そして壁への同時多発攻撃でしょうね……」
「今の俺たちなら、数の上では可能だが……」
「もちろん犠牲は、莫大なものになる。それぞれの地点での連絡が取れないために突破したのが自軍だけで、内部へ侵入した後に袋叩き。なんて可能性まで考えなければいかん」
「壁へは陽動を仕掛けて海路に集中する。作戦としては色々とかんがえられるが、どの作戦も予想が立たない……」
ファーン、マギウス、べリウス、ペステ。いずれも用兵をよく理解している人間が集まっても、有効な攻略手段を決めかねている。
帝国大陸のほとんどを手中に収めたピースメイカー軍をもってしても、帝国中枢への道は険しいのである。
「山脈の大風穴は使えないの?」
アルテのつぶやきに誰一人として反応する者はいなかった。
皆顔を見合わせて、お前は知っているか? と確認するが、誰も知らなかった。
「アルテ様、大風穴というのは?」
「北の山脈の地下に広がる大きな洞窟で、ここに出られるはずだよ?」
アルテは地図を指し示すも、誰一人としてその存在を知るものはその場にいない。
アルテ自身も、『知っている』だけでいつ聞いたのか、誰から聞いたのかもわからない。
母であるペステも先帝からそのような話を聞いたことは無かった。
結局その日は巨大な壁の脅威を改めて確かめてアルテたちは前線の拠点へと帰還する。
アルテの指し示した場所へはペステの手の者が調査へと当たった。
そして、驚くべき報告がその者たちからされることになる。
「アルテ様のおっしゃるあたりを注意深く探索してみた結果、地下に巨大な空間がありそうなことがわかりました。さらに調査を進めると、土に埋もれていましたが、巨大な門の存在を突き止めました!」
「かなり古い遺跡のようで、いろいろと試したのですがその扉は開くことは出来ませんでしたが……
現在調査用の拠点を作って調査を進めております」
「歴史学者の話では、どうやら帝国建国以前の遺跡のようで……歴史的発見になりそうです!」
「悪いけどしっかりと緘口令を敷きます。その学者さんは良かったわね、ほぼ独占して調査が出来るわよ作戦が終わるまでは。機密レベルは最高機密。この発見が帝国の未来を変えることになると思います」
帝国中枢への第三の通路、その価値は計り知れない。
慎重に慎重に調査は行われていくことになる。
しかし……
「だめです。空間までのルートは扉以外に存在せず、そしてその扉は何をしても開く気配がなく閉ざされたまま、空間を囲う岩板は見たこともない未知の鉱石で覆われており、あらゆるものが通用しません……」
扉は来るものを全て拒み、希望の道へは立ち入らせてくれなかった。
「アルテ様……」
「僕も見に行くよ。案内してもらえるかな?」
扉の調査が開始されて3か月、何が起きるかわからないために皆に止められていたアルテによる調査が、ようやく許可されることになる。
あまり大規模な軍を動かすことは帝国から察知されてしまうために、ファーンなどの精鋭を連れて帝国領北方の山岳地帯へとアルテたちは向かう。
「綺麗な森だね……」
険しい山脈のふもとには美しい森が広がっている。
ここのところアルテとウォルは死の森と呼ばれていた森へはなかなか戻れていなかったので、久しぶりの森の雰囲気に哀愁を感じていた。
そして、そんな森の中に調査のための建物が作られ、目的の門がアルテたちの目の前に現れるのであった。
「なんという巨大な……」
「この扉に描かれた細工のなんと精巧なことか……」
何を用いても傷一つつかない扉には素晴らしい細工が施されていた。
その全てが歴史的にも芸術的にもとんでもない価値を秘めているらしい。
そしてその扉の中央には美しい女神と狼の描かれていた。




