28話 土台
「セラの街へは急ぐ必要はありません。アルテ様とウォル君を先頭にゆっくりと、皇帝としての威厳を示しながら進んでいただければ、あとはうまく行くはずです」
ペステの仕込みはすでに完成している。
街では新たな英雄、すでに食糧や物資による長期間の支援を受けているために、アルテたちは英雄視されていたが、皇帝陛下の正当な後継者であるというアルテの登場は熱狂を持って迎えられる。
特に町の西側の人々は、アルテたちに多大なる恩義を感じていた。
東側の上流階級層の中には街を脱出し、恩義ある貴族の元へと走る者も出たが、多くの志を持つ貴族はようやく雌伏の刻を超えたと喜んだ。
一方で、何の対策も講じずに脅して搾り取るという手法に頼り切っていた貴族、そしてその上に立つ現皇帝の疑惑は、住人たちに火をつけるのに充分であった。
街を支配する男爵を守る者は金で雇われた、もしくは奴隷によって縛り付けられた一部の犯罪者たち。
対するは街の東側、西側住人たち、それに兵士という構図が出来上がっていた。
アルテたちピースメイカー軍は男爵邸まで祝福以外の抵抗を一切受けずに到着する。
最後に命を賭して館を守るよう言われていた奴隷たちの呪いをアルテが解除すると、群衆は真の奇跡ともてはやすのであった。
哀れ男爵は逃げ出すための召使にも逃げられ、自らの部屋で震えることしかできなかった。
こうして、セラの街は無血開城された。
「ペステ殿、本当に男爵を逃がすおつもりで?」
「ええ、彼にはきちんとヴァルゼン侯爵殿を引っ張り出してもらわねばなりませんから……」
こちらのまな板の上に……そんなセリフが続きそうなペステの笑みに、ファーンは何も言えなくなる。
セラの街を解放したアルテは皇帝の証を示し、人民の掌握を行う。
「僕は人々が虐げられない、ただそれだけのために今の帝国を打倒する。
しかし、誰かに勝ち取ってもらう勝利は意味がありません。
僕と一緒に、自分たちの想いを自分自身の手で帝国を取り戻しましょう」
アルテの言葉にはある種の魅力がある。新たな英雄の言葉に住人たちは奮い立つのであった。
義勇軍は膨れ上がり、町の自治は貴族に統治されるだけの物から、人々による自治へと変わりつつあった。
「ペステ殿、アルテ殿。この戦いが終わった後、アルテ殿が座る皇帝の座は無くなるかもしれませんぞ?」
街が解放され、演説に人々が熱狂したその日の夜、祝賀会を終えて今後の予定を話し合う場でバーゼルは今回の戦いにおいて生まれた疑問をぶつけることにした。
「どういうことですかバーゼル殿?」
マギウスはいまいちピンとこなかった。それは彼が元々は砂漠の民であり、帝国の制度の中で生まれ育っていなかったからだ。
「バーゼル殿は危惧されているのです。アルテ殿のやり方は、皇帝制度、貴族制度の破壊につながるのではないかと」
会議の場にはベリオンが座っている。その傍らにはファーンが立って控えている。
今回の騒動をうけて、ベリオン・マックスウルフが正式にピースメイカー軍に加わった。
「それだけではなく、奴隷制度も廃止するつもりだよ」
アルテは疑問に答える。
「自らの立場を捨てるような戦いになるのですぞ?」
「ええ、このような手で簒奪され、権力が集中するような皇帝制度なんて、壊れていいんですよ。
僕は、人々自身がきちんと自分の足で立って作り上げていくような国にしたいのです」
アルテが、今だに王制や皇帝制などの君主制が主体なこの時代に、民主制度の国を作る目標を掲げたのは、この場が初めて出会った。
「もちろん、この国を取り戻すために僕という旗印が必要なのは理解している。
でも、ことが済んで、本来の国を取り戻した先には、僕がいなくても立っていける国を作っていきたい。……だめかな?」
「いえ……立派なご覚悟だと存じます」
真の民のための王。しかし、ただ民を守るだけでなく、民自身が立ち上がり歩き出すことを求めた王。
それがアルテの原動力であり、生き方であったと言われている。
「さて、今後の計画はどうなっているのかな?」
「実は、未定です。正確には待つ時間が必要となります」
「他の貴族の動きを把握し、周囲の村や街へこの情報が伝わる時間が必要ということですね」
「流石はベリオン殿、おっしゃる通りです。
そして、この時間を利用して、森とセラの街との交易を本格化させましょう」
「それと、街の中の壁、あれ取り除きます」
街の東西を分ける壁の撤去は、こんな軽い一言で実施される。
貧民街、スラム街に住み人々には最低限の生活保障を与え、職業訓練や勉学の場が自由に与えられる。
森からの恵みと、男爵の残した財源を惜しみなく使ってそれらの行政は迅速に行われていく。
行政能力がアルテたちやその周りに集められた、出自や立場に影響されない能力の優秀な人々に集中しているおかげで、物事は素早く決定、即実行。
さらには財源が森から確保されるために、普通の国や都市では考えられない速度と規模で動いていく。
当然町の経済活動はこれ以上ないほどに活発になり、大雪に日照りで大飢饉になりかけていた帝国において、この街の周囲だけがまるで異世界のように潤っているさまは、自然に、そして恣意的に周囲へと伝えられていく。
そんな場所に大量の人と物が集中していくことは至極当然なことであった。
ピースメイカー軍は飛躍的に成長していく。




