15話 告白
アルテとカイラはギルド長であるベリオンが用意した宿へと移動した。
ベリオンの計らいでベランダのついた上質な部屋を用意してもらい、ウォルもそのベランダの利用を許された。
音もなく二階のベランダ部分へと飛び上がるウォルに町の見物客からは歓声が上がった。
荷車はそのままギルドで預かってもらってある。
食事も部屋に持ってきてもらえ、慣れない高級な宿に戸惑ったものの、空腹には勝てずにすぐに平らげる。
ウォルも取っておいた食糧を美味しそうに食べていた。
「さて、アルテ。もし話したくないなら言わなくてもいいけど、ギルマスとは知り合いなのか?」
食後、お茶を飲みながらカイラがギルドでの一件を聞いてくる。
「僕は知らなかったよ。ベリオンさんは僕のことを知っていたみたいだね」
「……アルテ、お前、何者なんだ? 只者じゃあないのはわかるが、さっきのギルマス、ベ、ベリオンさんの反応は、異常だった」
「そうだね。カイラには話さないといけないね」
アルテは懐から首飾りを取り出してテーブルの上に置く。
「これは僕が母親に崖に落とされたときに持たされたものなんだ」
「随分と立派な……しかも帝国の紋章? そんなもの普通の人間が手に入れられるわけが……」
「触ってみてカイラ」
首飾りにカイラが触れると宝石が優しい青い光を放つ。
「す、凄い物なんじゃないのかこれ?」
「それでね、僕が触ると」
アルテが触れると青い光が赤く変化する。
「色が、変わった?」
「僕の本当の名前は、アルテ・ライトディア。この赤く変わった石は契りの石。
初代皇帝が銀狼との友情の証としてもらったものなんだって」
「……契りの石……知っている。皇帝が持つと赤い……光を……
ライトディア……?」
スイッチが切れたように虚空をぼーっと見つめるカイラの頭脳はフル回転している。
「ライトディア、皇帝、契りの石、赤い……アルテ……皇子?」
「うん。そうみたい」
「え? まじで……? 只者じゃないどころか、この国の皇子様?
アルテが?」
「うん」
「………………俺、どうすればいいの?」
あまりの情報にカイラの脳味噌はショートしてしまい情けのない声を出す。
「今まで通りにして、この話は内緒にしてもらえるのが一番うれしい。
あと、バウル達は知ってるよ」
「まじかー……あっつ!」
紅茶を注ぎ一気に飲み干して口の中を火傷した。
しばらくするとカイラは落ち着きを取り戻す。
「よし! わかった。今まで通りにする。
どうせ、いまさら変えられないからな!」
「良かった、変に態度変えられたら少し寂しかった。
これからもよろしくねカイラ」
「おうよ、相棒!」
二人はがっしりと手を繋いで友情を確かめるのだった。むしろ皇位継承者であることを打ち明けた後の方がざっくばらんと受け止めてくれたカイラにアルテは救われるのであった。
「ウォフ!」
ウォルが警戒の一声を上げる。その一瞬後にベランダ側の窓枠に針のようなものが刺さる。
警戒しながらカイラがそれを抜くと手紙が巻き付けてあった。
『明日10時、街はずれ西の広場。罠の可能性高し注意すべし』
「……仕事が早いな……しかし、罠か……」
「用心には越したことないけど、他に選択肢が無いんだよね」
「ベリオンさんにも連絡を入れておくか」
「それがいいね」
宿の人を呼んで冒険者ギルドへと言付けを頼んでおく。
「あとは、出たとこ勝負で行くしかない」
「だいたい僕たちってそんな感じだよね」
「……まあな」
「ぷはっ、ははは! やっぱ人といるって楽しいな!
ウォルといても楽しかったけど、今はもっと楽しい!」
「できればもっと穏やかに楽しく過ごせればいいんだけどな」
「そのためにも明日、頑張ろう」
「ああ」
拳と拳をこつんと合わせて、寝心地の良いベッドで二人は眠りに落ちていく。
アルテが目を覚ますと同時にベランダにいたウォルが身を起こす。
「おはようウォル……なんだか嫌な天気だね、太陽が、隠れてしまっている……」
「くー……ウォン!」
「そうだね、それに嫌な臭いが混じっている……」
今にも雨が降りそうな厚く、暗い雲が空を覆っていた。
肌にへばりつく様な湿った空気と、遠くでうなり声のように鳴る雷鳴が今日の取引を表しているようだった。
「んー? あれ、アルテ早いな……ふあ~~~……」
「おはようカイラ、約束の時間までまだあるから朝食にしようか」
「ああ……ちょっと顔洗ってくる……」
眠そうな目をこすりながらカイラは洗面所へと向かう。村と違って魔道具を利用した水道に感動する。
「アルテあれすげーな」
カイラに呼ばれて洗面所へアルテも向かう。
魔石と魔紋の力によっていろいろな現象を起こす魔道具、目の前にある魔道具は魔紋を起動すると水を作り出すことが出来る。魔石に蓄えられた魔力がある限り水を生み出し続ける。
「魔石を使ってるなら村でも出来るんじゃないか? 魔石ならあるから」
「この構造と魔紋の組み合わせは確か特別な人しか作れないんだよね?」
「魔道師かぁ……基本的には貴族とかのお抱えか大商人のお抱えだよな」
「魔紋も奴隷とかじゃなくてこういうことにもっと広く利用すればいいのに……」
魔道具は、超高級品だ。魔石もかなり高級品、魔物の中でも比較的長く生きたものの体内に生まれる魔力の結晶だ。もしくは高濃度な魔力が停滞するような場所で結晶化する場合もある。
自然界で高濃度な魔力が溜まるのは、たとえば火山、巨大な滝、地底深くの洞窟、強風が吹き荒れる山頂などで、いずれも危険が伴う。冒険者の中にはそういった魔石を集めることを生業にしている者も多い。
川などに小さな魔石が流れてきたりもすることもあり、貧困層の人間が川の底を掬って小さな魔石を集めることで生計を立てている地域もある。
「魔紋か……」
アルテは何の気なしに魔道具に触れる。
アルテが触れた魔紋はまるで発動したかのようにほのかに光りだす。
「お、おいアルテ、何してるんだ?」
「……」
アルテの瞳は中空を見つめ、まるで意識がないように見えた。
それはキースの首の奴隷紋を消し去った時と同じようにカイラは感じた。
「おい! アルテ!」
「!? あ、あれ、今……何が……?」
アルテが正気を取り戻すと、魔紋の光は消えた。
カイラは慌てて発動させるが、依然と問題なく使用することが出来て胸をなでおろす。
「俺のヤツみたいに消し去って使えなくなったら、凄い額の弁償をすることになってたぞ……」
「ああ……ねぇカイラ。僕、魔紋の仕組み……理解……してる? かも?」
「はぁ?」
カイラもアルテも頭を傾げた。
事実として、魔紋の原理、根底に至る知識がアルテの中に生まれたことが事実であることは、しばらくしてから判明するのであった。