13話 契約
荷車を引いての行程はさすがに銀狼の全速力を出すわけにはいかなかった。
そんなことをすれば荷車は粉々に破壊され積んだ荷物は大地に巻き散らかされる。
かなり安全マージンを取りながら町へと向かって進んでいくウォル。
それでも、荷車の構造性能と合わさり、この世界の馬車と比べれば異次元と言っていい速度で進んでいる。その速度は、アルテとカイラに重大なダメージを与えていた。
「け、ケツが割れる……」
「おしりはもう割れてるよカイラ……」
「余裕あるセリフ吐くなら俺と交代して荷物押えるか……?」
「……も、もう少しだけ待って……」
アルテは中腰の体勢でウォルから伸びる手綱を握っていた。
痛む腰とおしりを手でさすりながら……
御者の位置で道を見ていられるときは、危険な場合腰を浮かせたり対応できるが、荷車に乗って荷が飛び出さないように支える役目になった場合、多少御者の役割の者から声をかけてもらえると言っても、基本的には油断することなく荷を抑え、激しくおしりを打ち付ける。
獣の皮を引っ張り出して何層も敷くことにより、出発当初よりは遥かに楽にはなっていたが、すでにダメージは甚大だった。
二人は交代しながらなんとかギリギリで速度を維持して町へと向かう。
途中二度の野営もなんとか干し肉をかじって薬を塗って倒れるように眠る羽目になった。
「つ、着いたぞ……」
約束の日時4日前に再び町へと戻ってこられたのは、そんな二人の努力の結晶だ。
「お、狼、い、いやこんな巨大な……」
馬以外が荷車を引くことはあっても、狼が、しかも通常の狼と比べてはるかに巨大な狼が荷車を引いているなんて前代未聞だ。
衛兵にアルテは自分の頭をウォルの口の中に突っ込んだりと必死に安全を訴えて、最終的にはウォル分の入街税と危害を加えた場合責任を取るという念書を取られて町へ入ることが出来た。
もちろん街へ入ってからも大騒ぎは続く、結局冒険者ギルドにつくまで大通りを通るウォルたちの前はモーゼが海を割ったかのように人々が避けていった。
「まずは魔獣関係の換金と登録をしないとな……俺はこっちの袋分を、アルテは後でそっちの袋の中身だ。誰か残らないと通報されるだろ……」
ギルド内もすでに外の様子は伝わっており、カイラを変なものを見るように見つめてくる。
「これ、ゴブリンの討伐の証です」
無造作にテーブルの上に袋を置く。ドスンとテーブル全体が震えたことに静かにギルドのメンバーは不快感を露わにしたが……
「ひ、ひぃ!!」
その袋の中身を確認すると慌てて奥に人を呼びに行く。
「もう一人分もあります。後退していいですか?」
「ま、まって、お願いだから待って!!」
しばらくすると3人ほどのいかつい職員が出て来てその袋の中身を確かめ始める。
許可をもらってアルテと残りの戦利品も交代で持ってくる。
「……全部本物だ……どういうことだ……死の森でも焼き払ったのか?」
「焼き払ってはいないけど、かなりの数は始末した。これでもごく一部だぜ?」
「……協力感謝する……この集計には少し時間が欲しい、二人の冒険者証は一度返しておく。
そうだな、夕刻の鐘が鳴るころにまた来てくれ」
「わかりました」
ルーキーとして出て行った二人組が、二週間とせずに大量のゴブリン、コボルト、オークの素材を持ち込んだという噂は風のように町へと広がっていく。
二人の名前が伝説の二人組から取っていたことが、その噂に根も葉もつけていくことになる。
巨大な狼を連れた伝説の冒険者の再来。そう囁かれるようになっていく。
「ここはもっと大騒ぎだろうな……」
商業ギルドの前でカイラはうんざりして呟く。
そして、カイラの予想は的中する。
「な、なんて量の……しかも、また素晴らしい、いや、素晴らしい!!
これは町を救うよ!! 狼の二人は町の救世主だ!!」
すでに狼の二人なんて呼び名も勝手につけられていた。
周囲の村を犠牲にしながら食糧を確保している町でも、食糧は喉から手が出るほどに欲しい。
それを巨大な荷車に大量に持ち込む二人組が救世主扱いを受けるのは仕方のないことだ。
「神様女神様狼様だ! すぐに集計する、ドーンと待っててください!」
商業ギルドの職員総出で目を輝かせながら、各種食材、皮などを確認していく。
商売に触れる者なら興奮を抑えられないような上質の素材の数々、そして、一般には流通していないような高級な果実や大量の加工された肉類、一部はギルドでも扱ったことないキノコ類もあったので途中からアルテが対応して説明していく。
見たこともない食材の未知の味に、商業ギルドには興奮の火が沸き立っていく。
「なんて日だ! 今日は、今日は私にとって永遠に刻まれる! この町にいてこんなにも感謝したことは無い!!」
全ての品目を確認したギルドの支部長の興奮はすさまじいものだった。
「そんな二人に残念なお知らせをしなければならない、この素晴らしい商品を全て買い取る資金が足りない。すぐに東の支部へと馬を出したが、すぐには無理だ。まずは前金で500万z、ついかの386万5890zはそのお金が届いてから、具体的には2週間後になってしまう。どうだろうか?」
「問題ない。我々は冒険者ギルドに所属しているから、お金が届いたら半分づつ口座に振り込んでおいてくれ」
とんでもない金額に膝ががくがくと崩れ落ちそうになったが、必死にカイラは金貨3枚、それと銀貨200枚を受け取る。
「頼む、これからも同じような取引を、出来れば食糧をお願いする!
今、表立って問題にはなっていないが、町は危機的状況なんだ。
間もなく、食糧の接収が始まったら、市民は食糧を手に入れられなくなると我々は予想している。
ギルドでも何とかしようと動いているが、限界はある。
しかし、君たちが持ち込む一部の高級食材は金の代わりになる。
アレがあれば腹を満たす食糧を貴族から買うことが出来る。
どうか、どうか頼む」
テーブルにこすりつける勢いでギルド長が頭を下げる。
「わかった、今後も出来る限り協力する。……飢えるというのは……辛いことだからな……」
「ありがとう!! 本当にありがとう!!」
この町の商業ギルド長の人徳に触れてカイラは少しうれしかった。
しかし、ギルド長との会話に出てきた言葉は彼の心に怒りの火をつけた。
接収。
貴族たちの身勝手で、また不幸な市民が生まれる。
しかも、遠くない未来に……
「くそったれ……」
悔しさをにじませて商業ギルドから出ると、アルテが何者かと話しているのが見える。
「おかえりカイラ。お客さんだよ」
真っ黒な街頭に身を包み、深く帽子をかぶる男。
情報屋の手のものであることは一瞬にして理解できた。
「すげーじゃねーか。いやー、ボスも喜んでいたぜ。俺は金の卵を産む鶏を見つけたってな」
「今後ともお前らのために産むかどうかは最初の仕事次第だ」
カイラは木箱に入った金貨と連絡用の真っ黒いコインをその男につきつける。
「300万zだ。差額は助けた村人たちの食料や衣服に当ててくれ」
「わかった。俺たちも契約は必ず守る。追って連絡をする。
お前らは目立つからな、これからは俺が連絡役になる。
出来る限り早く進めていく待っていてくれ」
男は帽子を外し、騎士のように胸に手を当てて誓を立てる。
胡散臭い恰好とは違い、綺麗に剃り上げられた頭に意志の強い瞳、精悍な顔つきをしていた。
「俺の名前はマギウス。また逢う日を楽しみにしている」
帽子をかぶりなおすとあっという間に人混みに消えていく。
「ウォフ」
「そうだね、強いね、彼」
「目立ちすぎたな。取りあえずもう時間だ。冒険者ギルドへ戻ろう。
こんな大金持ち歩いているのは心臓に悪いからな……」
銀貨の大量に入った袋をアルテに渡す。
ウォルのそばにいるアルテから奪おうとする愚か者はいるはずもなかった。




