11話 キース改めてカイラ
冒険者登録を終えて、そのままギルドを出るかと思いきや、何やらカイラは依頼表に目を通している。
「依頼を受けるの?」
「いや、目を通してるだけだ。少なくともGには上がっておかないといけないから。
うん、だいたい昔と変わらないな。よしアルテ、ちょっと昔の知り合いに会いに行くんだけど……」
カイラは周囲を見回して小声でアルテに話しかける。
「ちょっと柄が悪いところを通るから姿をごまかせるマントを買いに行こう」
「わかった」
ルーキーを見る何とも言えない視線から逃げながら二人はギルドを後にする。
カイラはそのまま大通りを横断し向かいの雑貨屋に入っていく、アルテも少し町になれたのかすぐ後についていけている。
「あんまり良い皮使ってないが、ちゃんと使うのは自分で皮から作ったほうがいいな。
今は身を覆えればいい。あと財布と剣とかは外っ側に出ないようにな」
ズタ布のようなマント? とにかくその布切れで体を完全に隠す。
「まぁ金は俺が持つが、ぶつかってくる人間がいたら止まるか避けろ。
変に近づいてくる人間は何かしてくると思え、俺から離れるなよ」
「うん。わかった」
表通りから三度も道を曲がると街の雰囲気は一変する。
細い路地に明らかに不審な人物が寝転がり、その間を歩く二人をじろじろと眺めながらにやにやと嫌な笑いを浮かべている。
カイラは、早足に迷うことなく進んでいく。
事前に助言が無ければアルテは3度はスリの被害にあっていただろう。
なんとか悪の手から逃れながら目的の場所へと到着する。
ただでさえ薄暗い路地に真っ黒な扉。
「情報屋……自作自演も多いが、大抵の黒い噂はここで手に入る」
カイラが扉を独特のリズムで5度ノックする。
しばらくすると音もなく扉が開く。
周囲を気にしながらカイラが、それに続きアルテが室内へと入る。
室内はろうそくの光で照らされているが、薄暗く雰囲気も悪い。
部屋の中央に一人の男が立っている。壁を背にしてまっすぐ立っている酷く顔色が悪く背が高い。
ちらりとアルテの顔を見るとキースに向き直る。
「……キース、どうやって奴隷の呪いを解いた? お前は死んだってことになっているぞ」
「どんな情報にも金はいるんだろ? その情報は山より高く金貨を積まないと話せない、それに今の俺はキースじゃない。冒険者カイラだ」
「ちっ……くえねー野郎だ。何の用だ? 村人の詳細か?」
「流石だな、一番詳細な情報でいくらだ?」
「……150000zだ」
カイラは銀貨を15枚男の前に置かれた四角い小さな台に並べる。
5枚づつ3つ、一枚一枚男に見せつけるように。
「まさか、迷いもしないとはな……おもしれぇ。
カイラだっけ、一人つけてやる。せいぜいかき混ぜてくれ、お前からは大金の匂いがする」
いつの間にか部屋の隅に一人の若い男が立っていた。
目が細く、笑っているような睨んでいるような表情が読みづらい。
「カイラさん、しばらくよろしくケンと呼んでください。取りあえずゼナの店に移動しましょう。詳しくはそこで」
丁寧だが、どこか冷たく抑揚の少ない声、アルテはこの人物が苦手だと直感的に感じていた。
ケンがいると路地裏の人々も目を伏せてかかわらないようにしている。きっと一定のルールがこの場にはあるのだろう。
それから3人は場所を移す。
路地裏から道に出てしばらく進んだ場所にある酒場、まだ日も高いが何名かの客が静かに酒を飲んでいる。
ケンが先頭で店に入ると店主は奥の部屋を指示する、これもルールの一つなんだろう。
小部屋には丸テーブルと4つの椅子、そのままケンは羽織っていたマントをかけ席に座る。
カイラとアルテもぼろ布を外し、席に着く。
「調べに来たってことは状況は理解していると思うが、ダークが村人を管理している。
今年は大雪からの猛暑でどこも食糧問題が起きて、そのくせあいつは無茶苦茶な税を強いた。
もともと奴隷として売る算段でもつけていたんだろう、あれよあれよと村人たちを連れ去って奴の屋敷の地下に収容している。奴隷商人との会合は一週間後、助けるならそれまでにしたほうがいい」
「そこまでわかっているのか」
にやりとケンという男が笑う。こびりつくような嫌な笑いだ。
「助ける気なら、力による解決でお尋ね者として生きる方法か、金による円満な解決の二通りだな」
「いくら必要だ……?」
「200万zだ」
「なっ……」
カイラがアルテにも聞こえるほどにギリッと歯を食いしばる。
握るこぶしは血の気を失って指先が真っ白になるほどだ。
「……あてはあるんだろ? なんなら時間稼ぎしてやってもいいぞ」
「……交渉はお前がやるんだな、わかった。250ってとこか」
「流石。本当は280だが、確かにお前からは金の匂いがプンプンする。
これはあいさつ代わりで250で受けてやる。引き延ばせて2週間だ。
俺との連絡はこの店で店長このコインを見せろ」
一枚の真っ黒いコイン。カイラは黙ってそれを袋にしまって席を立つ。
「すぐに動く、いい仕事が次の仕事を産む。カイラ、そちらも頑張れよ」
気遣うようなセリフだが、その言葉には熱意などは一切ない。ビジネス相手に期待しているといったうわべだけの言葉だ。
「こちらもできる限り急ぐ。その後の村人の移動手段「任せておけ、サービスの内だ」」
まるでカイラの言うことを理解しているようにケンが先に答える。
その答えに少しいらだったが、カイラにはそんな時間はない。
一刻も早く金策を練らねばならない。
店の外に出るとすぐに大通りから町の外へと向かう。
「悪いなアルテ、森の素材はお前の者でもあるのに勝手に話をすすめちまって」
「ううん、いいよ。村の人たちを助けるためだったらいくらでも協力する」
「すまない、感謝する」
「しばらく、本気出して狩りをしよう。ウォルは町のすぐそばで待たせているから」
「……早いな。本当に助かる」
「いいよ、カ、イラ! 仲間じゃないか!」
「そうか、そうだよな。俺たちは今日から冒険者仲間だな!」
二人がこぶしをがつっとぶつける。
町を出てすぐのところにある大きめの岩陰にウォルは控えていた。
「ごめんウォル、本気で森まで戻ってくれ。それから、狩りをする。
獲物の山を作るよ」
「ウォン!」
ウォルの目に火が付いたような気がした。
ウォルは二人を乗せて駆ける。
魔獣銀狼の本気の走りだ、二人は、特にカイラは風になった速度に必死になってしがみつく。
もちろん布で体を縛り付けていたが、腕の力を抜けば飛ばされるんじゃないかという恐怖が、彼の手から力を抜くことを拒絶した。森へたどり着いたころには腕が自分の腕じゃないみたいにパンパンに疲れ切っていた。
「カイラは休んでて、取ってきた獲物を解体してもらうから。じゃぁ、ウォル、久々に全力で狩るよ」
「アオーーーーン!!」
森に銀狼の雄たけびが響く。
森にすむ生物は、覚悟しただろう。自分たちの命数は銀狼の手に握られたことを。