第5節:襲撃開始
ウォッチが路肩に車を止めると、ミコトは視界の先にある施設に目を向けた。
湾岸を埋め立てた場所に作られた施設で、その周りの景色には確かに見覚えがある。
施設は、元々遊園地だったせいか街からはかなり離れた位置に作られており、以前閉じ込められた時に、トキと共に逃げた港の近くだった。
「あれが、白金の研究所?」
ゆったりとしたワンピースにショールを肩にかけ、白いつば広の帽子を被ったミコトは、サングラス越しに再度周囲からその施設に目を向けた。
壁に囲まれた向こうに、飾り気のない白い建物が見える。
「そう。トキに押し付けるお宝の山がある場所だ」
「どうやって運ぶ?」
後部座席に寝そべりながら問い掛けるトキに、ウォッチは車を発進させながら答えた。
「特大のトラックを借りた。業者のパスも持ってる奴からな。中に入り込み、そのまま白金を殺してありったけ貰っていく」
「結局力押しなのね。あえて交渉の場に出て行く方法もあるんじゃないの?」
「相手が準備万端整えたところに出て行くのか? ゾッとしないな」
決行は、話し合いの結果交渉の前日に決まっていた。
「最善の手段は考え続けるべきでしょう?」
「一度決まった事を、ヤバくなる前にコロコロ変えると失敗すんだよ。一発決めて、ヤバけりゃそこで考えるもんだ」
トキの持論に、ミコトは首を横に振る。
「並行プランを常に考えておくように、と私は言われていたわ。不測の事態に備えるのは、備えないより有益よ」
「考えすぎりゃ思考の罠でがんじがらめになる。ちっとも先に進まねぇだろ」
「お前さんたちは、本当に両極端だな」
ウォッチが笑い、トキとミコトは同時に彼を見た。
「その為のロートル相談役だ。おっさんの意見は?」
「ミコトちゃんが正しいね。自爆特攻野郎のクソガキより、余程良い」
「さっきは否定したくせに」
「ディベートは違う立場同士で行うものだ。準備万端整えた場に出るデメリットよりもメリットが大きければそちらを採択する。考えると言うならそこまで考えてから示さないと、プランに価値がない」
「それもそうね」
「今のところは予定を変える気がない。時間は少しあるから、存分に考えてくれ」
「よろしく」
「貴方たちも考えたら?」
ミコトが眉をしかめると、ウォッチとトキはミラー越しに目を見交わした。
「女性を口説く事以外を考えるのは苦手でね」
「同感」
「……貴方たちの本性を忘れていた私が馬鹿だったわ」
組んだ足に肘をついて、唇を尖らせながら窓の方にそっぽを向くと、二人が楽しそうに笑った。
基本的に、腹の立つ二人なのだ。
※※※
襲撃決行は、昼間に行われた。
施設内のシフトを手に入れたウォッチが言うには、その施設は三交代であり、正午に丁度人の入れ替えがあるらしい。
納入は本来午前、人の入れ替え前に行われるらしいが、渋滞を理由に入れ替え直後の最も人の少ない日の人の少ない時間帯を狙うという理由で、交渉の前日を選んだのだ。
白金がいない可能性もあったが、彼の車が自宅からここに入ったという情報は事前に入手していた。
最近、白金は何か用事がなければこの施設に篭っているらしい。
トラックを施設の搬入口に停めた運転手に扮したウォッチは、監視カメラの死角となる位置で搬入係にスタンガンを押し付けて気絶させると、座席から降りたミコトとクスリを打ってからそれに続いたトキに合図を送った。
ミコトとウォッチは目立たないように着込んだトラック持ち主が使っている作業服の下に、動きやすいインナースーツを着て武器を隠し持っている。
トキはトラックの中で気絶させた搬入係から服を奪い、着替えていた。
「……行くぞ」
ウォッチの言葉で、三人はそれぞれに決められたように動いた。
資材搬入を誘導するフリをしながらトキが先頭に立って建物に入ると、ウォッチは施設図で把握していたトイレに入り、トキは目配せだけでミコトに合図を送ってさらに先へと進んだ。
上層階への直通エレベーターに乗り込むと、マダムからかなり割高で購入したらしいパスカードをスリットに差し入れる。
少し緊張しながら認証を待つミコトの前でランプが青に変わり、エレベーターが動き始めた。
『Aプラン』
ウォッチからの通信が入り、ミコトはウォッチが外への警報通信を遮断して、監視カメラの映像を差し替えた事を知る。
警備室に無事辿り着いたらしい。
ミコトはトキと頷きあい、返事代わりにマイクを二度叩いた。
彼はそのまま、クスリのある地下に向かう手筈になっている。
ここから先は、もう正体を隠す必要もない上に、ミコト達の格好はその場では異質だ。
エレベーターを降りた瞬間に、ミコトとトキは作業着をそれぞれに脱ぎ捨て、走り出した。
施設は、中層階に研究棟、地下に倉庫、上層階に幹部クラスの個人研究室と、広いフロア、そして白金が主に使用しているという半層を占める特別研究室。
ここへの入場キーは流石に入手出来なかったらしい。
「どう?」
幸い、誰にも会わずに辿り着いた特別研究層の入り口の前でミコトが問い掛けると、鍵を調べていたトキが凶悪な笑みを浮かべた。
「素手でイケるな。まぁ、爆発物を使うような危ない研究をしてる訳じゃねぇから、こんなもんだろうが」
言いながら、トキが腰から予め用意していたバールを腰から引き抜き、ノブのない自動扉の隙間に差し込むと、ぼそりと呟いた。
「制限解除」
尋常でない膂力によって鋼鉄製の自動扉が引き裂かれて、施錠が解除される。
だが運が良かったのはここまでのようで、通れるくらいの隙間からトキとミコトが体を滑り込ませると、誰かが姿を見せた。
「な、何だお前ら!?」
研究員らしき男が走るトキらの前に現れて狼狽えたように言う間に、トキが即座に動いた。
反応できない男の腹をつま先で蹴り上げ、吹き飛ばす。
のたうち回る男にミコトも走り寄り、スタンガンを押し付けて大人しくさせてから、ミコトは眉をしかめた。
「騒がせたら人が集まるわよ!?」
「静かに潰しても集まる事にゃ変わりはねぇよ。見ろ」
トキが指で示したのは、研究員が落とした携帯式の警報機だ。
所持者の心拍と脳波に反応するタイプのもので、自動的に警報が届く。
「外にゃ漏れないが、中にはバレた。白金が逃げるぞ」
トキは言いながら目を細めて、親指で奥を指差す。
「行くぜ。派手にやる方が好みだしな」
「最悪!」
ミコトは腰から拳銃を引き抜いて、走り出したトキに続いた。




