話し合い
【魅了】というのは、自分に向けられる好意の増幅を働きかけるものだ。
周囲の人々に好かれやすくなり、特に異性からアプローチをされやすくなる。
効果の程度や範囲は人それぞれだが、あまりに力が強いと洗脳のような状態を引き起こしてしまうらしい。
相手に作用する特異体質は、必ず対策を設けなければならないというのが学園の鉄則だった。
「面白くなってきましたわね〜!!」
イヴァンをゴートン先生のもとに預けて教室に戻ると、もはや私の身に起きたことはすべて知っているのだろうユーリが目を輝かせていた。
こっちは何にも面白くないけどね。
そうであって欲しくないと願っていたことが現実になって、気が滅入る一方だ。
「ふふふ。リーゼならきっと答えに辿り着くと思ってましたわ!」
「ユーリ、あんたね……」
どうやらユーリたちはクラウディアさんの特異体質を知っていたらしい。
それは学園側すら把握していない事柄だろうに、一体どこから情報を仕入れてくるのか不思議で堪らない。
「というか、どうして二人はクラウディアさんの特異体質を知ってるわけ?」
私だってイヴァンの話を聞くまでは想像もしていなかった。
魅了の力は、数多ある特異体質の種類の中でも極めて稀なものだ。
自身ではなく相手に影響を及ぼす類のものはそう多くない。
ましてや精神的な作用のある力の判別は難しいようにも思うのだが、二人はどうやって彼女の体質を知ったのだろう。
「別に、クラウディア嬢の特異体質をはっきり知ってたわけじゃねーよ。ただ、なあ?彼女と出会ってからのハルト様の様子を見てりゃあ、なんとなく……なあ?」
ヒルデが意味ありげな視線をユーリに送る。
ハルト様ってば、そんなに分かりやすかっただろうか。
確かにいきなり好きな子ができたから婚約破棄したいと言い出したときはとうとう血迷ったかとも思ったけど、ただ年相応に恋を知っただけと考えれば何もおかしいことではないような気もするし。
イヴァンの告白がなければ、私だったら決定打にはならない。
しかしユーリはヒルデに同調するように頷いた。
「ええ、本当に。あの娘には悪いけれど、ハルト様のご趣味には遠いようですし、そもそも恋にうつつを抜かすような御方だとはとても。なにか政治的な思惑でなければ、婚約破棄などと非生産的な提案を口にするはずがありませんわ」
「………」
それはそれは。
こいつら、婚約者である私よりもハルト様のこと理解してないか?
まともに会話したこともないはずの相手だろうに、何故か彼女たちの口ぶりから窺い知ることができる信頼の文字。
「……………ちなみにハルト様の趣味って?」
婚約者になってから早数年、私は未だにハルト様の好きなタイプが分からないというのに。
「ふふふっ、うふふふふ。それをリーゼが聞くのかしら?」
「え、なんで。私が聞いちゃダメなの?婚約者ならそれくらい把握しとけよって?」
無理だ、あの唐変木の好みなんて分かるわけがない。
見た目の良さと遺憾無く発揮されるリーダーシップ、私の前では無声映画かと思うくらい寡黙なくせに公の場では大いに活用される秀でた社交性、おまけに花丸二重丸なお家柄。
適齢期になる彼を女性たちが放っておくはずがなく、ハーレムを築けるんじゃないかってくらい女の人が選り取りみどりな立場だったのに、私が知る限りではハルト様が彼女たちの好意に振り向いた試しはない。
いっそ人には言えないような嗜好の持ち主ではないかと危惧したが、どうにもそんな素振りもなく。
クラウディアさんが現れてからは彼女のような女性が好みなのかと納得するも、結局は魅了による効果が大きいようだし―――ん?
いや待てよ。
ハルト様の特異体質は確か……。
あれ、でもそうするとハルト様は魅了にかかってないことになるのでは。
「つまり、つまり……。ハルト様のクラウディアさんに対する気持ちは純愛……?」
「あら?リーゼ、どうしてそんな結論に至るのかしら?」
「ハルト様に確かめなくちゃ」
「おいおい。お前、ホンットに鈍いよなあ……」
ヒルデが呆れたように肩を竦め、哀れみの目を向けてくるので何だと私は言う程鈍くはないぞ!ときちんと反論しておく。
そしたら二人から「はいはい」と、まるで駄々をこねる子供をあやすかのような反応を頂いた。解せぬ。
「———と、言う訳で。お師匠様の意見を伺いたいのですが、どうでしょう」
放課後。
保健室の窓から身を乗り出し、庭で校舎の壁にもたれ掛かりながらタバコを吸っている御仁に私は意見を求めた。
「あ〜?めんどくせぇ状況だな、おい」
話しかけるなと言わんばかりの不機嫌オーラを一切無視して相談する私に、だるそうに言葉を返すその人は、我らが担任のゴートン先生である。
あまり表に出さないが、ご覧の通りかなりの不良教師だ。
「言葉に出された時点で教師としての俺は、魅了の特異体質を持ったそいつをどうにかせにゃならん訳だが……」
「ですねぇ。学園が彼女の特異体質を把握していないなんて、前代未聞の醜聞じゃないんですかー?」
「俺に言うな。監査機関のミスだろうが。それに、学園で登録されているそいつの特異体質は【感情をエネルギー変換できる】というものだ。その力が進化して【魅了】となったのか、それとは別に第二の体質が目覚めたのか、どっちにしろすぐに把握できなかった学園側の失態には違いねぇが……まあ、そいつは俺たち教師がどうにかするとして。お前が俺に意見を求めてんのは、そういうことじゃねえな?」
「ですね!さすがはお義父様」
「愛娘のことについてよく分かってらっしゃいますね〜」とおどけると、パシッと頭を叩かれる。
「だぁれが愛娘だ。娘ならなあ、養父に迷惑かけねぇように朝の遅刻をどうにかしろ!」
イグナーツ・ランベルト・ゴートンという名前を持つこの人は、魔法伯の爵位を賜る貴族でありながら国の要請を受けこの学園の教師をやっている、私の養父にあたる人だ。
また、私に魔導と向き合う教えを説いてくれたお師匠様でもある。
年齢は不明。
というか教えてくれない。
見た目は20代後半でとても16の娘がいるとは思えない外見だが、常々私に「おっさんつったら殺す!」と吠えているのでまあ難しい年頃なのだろう。
「この間の遅刻は不可抗力ですよ。文句ならハルト様に言ってください。あの人に足止めを食らわされたんですから」
「何言ってんだ、お前の婚約者じゃねーか。つまりお前の責任だ」
「うわぁ、横暴……」
婚約破棄したがってる相手の責任を何故私がとらねばならないのか。
不都合な部分だけ押し付けるのは良くないと思う。
「で?お前の婚約者が魅了されてんのか、されてないのか、それによってお前も対応を変えようってことか?」
「そうなんですけど、ちょっと不安があって。もしハルト様が自身の体質のおかげで魅了にかかっていなかった場合、クラウディアさんに惹かれていたのは本心からということになります。それなら別に構わないんですけど……」
「婚約者なのにか。パートナーの移り気を許すのは寛容とは言い難いぞ?」
「一向に相手を一人に絞ろうとしないどこかのお師匠様よりはマシですね。婚期が遠のきますよ。というか、お師匠様は一生結婚できる気がしないんですが」
「まあ、嫁をもらう前に娘ができたからなあ。人生何があるのか分かんねぇよな、ほんと」
「生涯独身とかやめてくださいよ〜。私はお師匠様の老後のお世話なんてできませんからね!」
お師匠様と話しているとどんどん話が脱線していくような。
何の話をしていたのか分からなくなりそうなので、さっさと話題を戻す。
「不安なのは、ハルト様が魅力の影響下になく、そしてクラウディアさんに恋心を抱いていなかった場合なんです」
ハルト様は私にはっきり『好きな子ができた』だから『婚約を破棄したい』と言った。
魅力されているかどうかに限らず、それが本心であれば問題はないのだけれど、もしハルト様が嘘をついていたのだとしたら。
婚約を破棄するために、一芝居打っていたのだとしたら。
私は、どうしたらいいのだろう。
「………なるほど。お前は相手から嫌われているのも分かってるし、愚痴っぽく婚約破棄を口にされるのも仕方ないことだと思っていた。だが、今回のように他人を利用してまで婚約破棄を望まれるとは考えていなかった。そんなとこか?」
「さすがですお師匠様」
見事に当たっている。
ハルト様が嘘をついていた場合、私の仮説が正しければあの人は相当な覚悟をしているはずだ。
他に好きな子ができたと申告し、私が婚約の破棄を受け入れれば万々歳。
受け入れなくても、婚約者を差し置いて他の女性に熱を上げている愚か者を演じることで、自分に相続権利は相応しくないというアピールになる。
つまり、ハルト様の狙いは廃嫡されることだ。
廃嫡され、私との婚約が白紙になること。
クラウディアさんという被害者を巻き込んでまで、それを望んでいる。
だからハルト様は今まで婚約を“解消”したいのではなく、“破棄”したいと言っていたのだろう。
何故だろう。
可能性としてはとても低いはずなのに、私は確信してしまっている。
私のこの考えは、正しいのだと———。
「自分に選択を委ねられることが悩みか」
「………はい」
伊達に私の養父をやっているわけじゃない。
お師匠様は私が不安に思うことをズバリと言い当てた。
「私が選べる立場になった時、ハルト様に婚約を破棄したいと改めて言われたらどうすればいいのか分かりません」
この婚約は政略的なものだ。
今まで私の意見を求められたことはない。
急に自分の手に主導権が移っても、答えが分からない。
「悩んでる時点で、それが答えだと思うけどな」
謎かけのようなことを言うお師匠様。
答えが分からないから悩んでるのに、悩むことが答えとはこれ如何に。
「だってそうだろ。お前、婚約者のこと好きじゃないつってたろ。相手も自分を嫌っているようだとも。だったら悩む必要なく、速攻で破棄を選ぶもんじゃねえのかよ」
「………言われればそうですね」
「悩むのは、婚約を破棄したくないからだろ?じゃあ決まりだ。相手がなんと言おうが、どんなヘマやらかそうが、そいつの手を離さなければいい」
「………」
お師匠様がそんな風に言ってくれるのは意外だった。
私とハルト様の婚約について、あまり快く思ってはいないようだったから。
「今まで婚約者としての責務のほとんどを果たせていませんでしたし、今回ガツンと言って差し上げるのも愛の鞭ってやつですかねぇ」
私たちの間に愛はない。
お互い初対面は最悪だったし、嫌味を言い合うのが挨拶みたいな間柄だ。
けれど私は、ハルト様との婚約をなかったことにしたいと、その手を離そうと思ったことは一度もない。
馬鹿がつくほど真面目で、融通が利かなくて、口うるさくて。
責任感ばかりが強く、何かあっても一人で溜め込んじゃう性格はすごく損をしてると思うけど、それでも彼ほど誠実な人を他に知らなかった。
———私は婚約の継続を望むと、ハルト様にはっきり宣言しなければ。
「魅了の件については俺ら教師が片をつけておく。お前が寄越した被害者……イヴァンつったか?今は俺の暗示を上書きした状態だから、もとの暗示が薄れるまでは当分安静にしとけよ」
「ありがとうございます、お師匠様」
暗示の上書きなんて、誰でもできる訳ではない。
【逆らえない声】という魅了体質の上位互換のような反則的な体質を持ち、国内外でも指折りの魔導に長けたお師匠様だからこそ成し得る技だ。
これを回避する術は声を聞かないことだけで、反精神作用な体質でなければ逆らうことはほぼ不可能。
我が養父ながら、恐ろしい人である。




