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「クラウディア男爵令嬢。花のように可愛らしい娘ですわね。わたくし友人を悪く言うつもりはありませんが、オブラートに包んで言うと……リーゼとは天と地ほどの差ですわ、どうしましょう」
「いや、まったくオブラートに包んでないから、それ」
「バカ野郎っ、ユーリ!本当のことを言ってやるな、リーゼにはクラウディア嬢に女としての何一つ勝るものがないなんて……」
「ヒルデ、ユーリはそこまで言ってないけど!?」
ハルト様の好きな人であるらしいクラウディアさんを見に行こうと二人に誘われ、彼女の教室に押しかけた私たち。
実際に見ることのできたクラウディアさんはそれはもう可憐で、ナイスバディではなかったが抜きん出て可愛らしい容姿をしていた。
隠れて観察していると彼女の口調と仕草のなんと女の子らしいことか、ユーリとヒルデが彼女と私を比べて辛辣な台詞を吐いてくるのも分からないでもない。
けどさ……私たち友達なわけでしょ、一応。
なんでそんなに酷いこと言ってくんの。
「しっかしまあ、確かに可愛いけどよ、あの堅物ハルト様が好きになるほどかぁ?言っちゃあなんだが、クラウディア嬢は可もなく不可もなくっつーか……」
「気持ちは分からないでもありませんけど、ヒルデ。ハルト様とて殿方ですよ。殿方というのは、こういう庇護欲をそそられる子には弱いものですわ」
「リーゼと違ってか」
「ええ、残念ながら、素手で木登りしそうなリーゼでは……」
「しないから!木登りなんてしないから!」
名誉のために言うけど、過去一度もやったことないよ、木登りなんて!
そんな風に騒いでいた私たちは、傍から見ても目立っていたのだろう。
観察対象であったクラウディアさんがこちらに気づいた。
私を視界に入れると、何やら意を決した様子で近づいてくる。
「あ、あの。リーゼロッテ様……ですよね」
胸の前に手をもってきて、非常に弱々しい表情で私の名を口にした。
私を知っているのか、という言葉は愚問だ。
私は主に悪い意味でこの学園では有名だからである。
この学園に在学する上での決まり事は「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」を礎としている。
どんな広大な土地を持った貴族だろうと、卑賎とされる平民だろうと、住まう家すらない孤児だろうと―――それこそこの国で一番偉い王族の人間だって、治外法権たる学舎の中では平等の扱いを受ける。
例を挙げるなら、「家名を名乗らない」。
貴族が権力を笠に着て横暴な振る舞いをしないように、または家名のない平民に配慮してだ。
魔導師の世界は圧倒的な実力主義であるが、学園に在学しているからといって必ず魔導師になれるわけではなく、魔導師になれなかった子供たちは学園を出ると途端に身分階級という壁が目の前に立ちはだかるのである。
この国は立憲君主制とは名ばかりで、実際には君主権が制限されていない。
治外法権なのは、あくまでも学園内だけ。
生徒たちは皆それを理解しているため、身分をなくして平等にと謳えど多少の格差が生まれてくるのだ。
気品があり所作の良い生徒は扱いに恵まれるし、反対に礼儀のなっていない生徒は敬遠される。
人の世に平等は有り得ないってね。
例えばハルト様なんて、みんなから様付けで呼ばれる。
ハルト様が高位貴族であることは暗黙の了解で、学園内のどこにいようと護衛がくっついてるし、ヒルデやユーリも然りハルト様は生徒たちが気安く敬称なしには呼べない存在なのだ。
となれば必然的に、政略的婚約を結んでいる私はハルト様と釣り合う立場にあることになる。
初対面のクラウディアさんに「様」付けで呼ばれるのも無理はない……のだが、もう一度言おう。
私ことリーゼロッテは悪い意味で有名なのだ。
ハルト様の婚約者で貴族であるにも拘らず貴族らしからぬ立ち振る舞い、魔導師としての才能も一向に開花しない劣等生。
優秀なハルト様と比べてポンコツ過ぎる私は、そういった意味で名が知られている。
クラウディアさんが会ったこともない私を知っているのはそういう理由だろう。
いや、もしかしたら単にハルト様の婚約者だから知っていたという可能性も捨て切れないけれど、いずれにせよ彼女が私に声を掛けてきたのはハルト様関係に違いない。
しかし何故、彼女は「落ちこぼれ」と揶揄される私に対し、こんなにも怯えた態度なのだろう。
「どもども、リーゼロッテです。すみません、不躾でしたね」
「い、いえっ。怒らないでください!わたくしが悪いんです……」
「え?」
私が怒ってる?え、そう見える?
めちゃくちゃ物腰柔らかに名乗ってみたつもりだったんだけど。
いつも眉間に皺を寄せているハルト様が反面教師なので、ああいうどこか高圧的な態度にならないよう気をつけているのに、肝心の彼女には怒って見えてしまったのか!?
ともかく訂正しなければ、と私はさらに腰を低くする。
「別に、怒ってませんが……」
「いいのです、わたくしが悪いんですから!どうかお許しくださいまし」
「いやいやいや」
あれ、ちょっと待って。何の話だ。
唇を噛み締めながら俯く姿は、傍から見ると私が彼女を虐めているかのようではないか。
「許しても何も、そもそも怒ってな――」
「申し訳ございませんっ!!許してください、リーゼロッテ様!!」
「……」
どうしよう、言葉が通じない。
彼女は今にも涙を流さんばかりで、必死に腰を折っている。
なんだ、訳が分からん。
私が何らかの理由で怒っているのだと思い込んでいるのか。
「えーっと、クラウディアさん……」
どう誤解を解くべきか思案していれば、ふと周囲の視線が非難めいていることに気がついた。
誰に。私に。
おおう、何故だ。
まさか本当に私が彼女を虐めていると誤解されているのか?
なんてこった!
「あら。リーゼったら、自分の婚約者が懸想する相手だからって、そんなにキツい言い方はしなくてよろしいんじゃなくって?」
「そうだぞ、リーゼ。良い女は寛容であるべきだ」
背後でごちゃごちゃと、あらぬ誤解に拍車をかけるような声が二つ。
「ちょっと二人は黙ってくれるかな。つーかお前らどっちの味方!!」
はっ。いかんいかん。
後ろの二人の余計な横槍に思わず乱暴な口調になってしまった。
深呼吸をして一旦落ち着こう。
「コホン。クラウディアさん、私は何も怒ってませんよ。許すも何も、そもそもあなたが悪いとも思いません」
「えっ、でも……」
“でも”?
私は小首を傾げる。
なんだろうこの、煮え切らない感じ……。
「リーゼロッテ?何をしている」
と、そこで現れたのは諸悪の根源、ハルト様である。
何やら訝しんだ様子で私を見やるが、今にも泣き出しそうな表情のクラウディアさんを視界に入れた瞬間、何を察したのか私と彼女の間に割って入る。
―――クラウディアさんを背に庇う形で。
「……これはこれは、ハルト様。如何なさいました?眉間におわすお皺様が、いつもより大仰になってますよ」
やばいなー、なんか客観的に見たら私、新妻をいびる性悪姑みたいじゃんー。
そう思って場を和ませようと冗談を口にすれば、ますます深くなるハルト様のそれ。
「彼女に何の用だ。私が聞き及ぶに、きみと彼女は親しい間柄にはなかったはずだが?」
「ええ、まあ、その通りなんですけどね……いやまったく、おほほほ」
私にまったくの好奇心がなかったと言えば嘘になるけど、クラウディアさんを見に行こうと言い出したのは後ろの悪友二人だ。
そして話しかけてきたのはクラウディアさん本人であり、私に非はないと声を大にして言いたい。
だから!お願いだから!
まるで私が加害者の如く言わないで!
「別にクラウディアさんをどうこうしようなんてねぇ?考えてませんし、ほら、あんたたちも何か言って―――って!!」
いない。
救援を求めるべく後ろを振り返れば、先程まで確かにいたはずのユーリとヒルデが忽然と姿を消していた。
あいつら、逃げやがったな。
私を見殺しにする気か!!
「リーゼロッテ。誤魔化さずきちんと―――」
ハルト様が厳しい目で詰め寄ってきたので、後生なり、と胸中で叫んだ、まさにその時。
「ハルト様!!リーゼロッテ様を責めるのはおやめください。すべてわたくしが悪いのです。わたくしが、わたくしがリーゼロッテ様からあなた様を……」
救いの手が差し伸べられたか――と思えば、なんか違う。
涙を溜めた目で一心にハルト様を見つめるクラウディアさん。
いきなり何を言い出すかと思えば、その健気な姿にハルト様の厳しい瞳が揺らいで。
え。
ええーっ、ちょっと待って、今から何が始まるの?
「クラウディア嬢……」
「ハルト様……」
見つめ合う二人の背後に大輪の花が見え、まるで大衆演劇のようだと他人事に思った。
うん。ご馳走様です、もういいです。
仮にも婚約者であるハルト様の三文芝居なんて見たくない。
後は勝手に二人で盛り上がってくれとばかりに私はトンズラすることにし、そそくさと退散した。
教室に戻るとそこには私を置いて逃走を図った裏切り者たちが既にいて、妙に不服そうな顔をしている。
いや、不服なのはどう考えても私の方だから。
見捨てやがったくせに!
「まぁまぁ、リーゼったら。逃げ帰ってしまったの?あそこでクラウディアさんに一言くらい物申さなくては、ハルト様の婚約者を自ら降りたも同然ですわよ」
「……やっぱり聞き耳立ててたんだ」
「当然ですわ。リーゼにもしものことがあったらどうするというの。ねぇ?」
あんたいの一番に逃げてたじゃん、とツッコむ私をよそに、ユーリに同意を求められたヒルデは「そうだそうだ」と力強く頷く。
「リーゼが暴れ出したら誰も止められないからなぁ」
「え、そっちの心配!?」
私はイノシシか!
どこまでもひどい扱いに泣きそうになる。
ハルト様が婚約者の肩書きを持つ私ではなくクラウディアさんを庇ったことよりも、悪友たちが私をイノシシ扱いすることの方がショックだといえば、さすがにハルト様に失礼だろうか……。
「で、リーゼ、もう一度聞くぜ。どうするんだよ」
「……」
「このままじゃお前、立場的に危ういんじゃねーの?ハルト様がクラウディア嬢に傾注しているのは誰の目から見ても明らかだろ。それにあの女――」
ヒルデが何かを言いかけるも、ユーリに止められ、その先の言葉を聞くことは叶わない。
「とにかく。安心なさいな、リーゼ。わたくしたちはいつでもあなたの味方ですわ」
「さっき私を置いて逃げたくせに?」
「……。まあ、時と所と場合にもよりますわね」
「安心できないんだけど!?」
何そのTPO的なの!
若干目を泳がせつつ、最終的にウフフと誤魔化しの笑みを浮かべたユーリに、まったく安心できないことを悟った。
こいつらきっと、野生のクマと遭遇したら私を囮にして真っ先に逃げるタイプだよ……。




