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婚約破棄に、

 


 魔導師を育てるための王立学園、それが私の通う学校だ。



「……うええー?今なんておっしゃいました?」


 リーゼロッテ、きみに聞いてほしいことがある。

 そう学園の昇降口にて声をかけられ、振り返ればそこにいたのは未来の旦那様……つまり現婚約者であるハルト様で、彼の方から話しかけてくるなんて珍しいこともあるものだとハルト様の眉間に出来た皺の数を数えていた私はぼんやりと問い返す。

 皺の数は三本。

 どうやら事態が深刻らしいことは把握できたが、数えることに夢中で肝心の話の方をうまく頭が処理してくれなかった。


『リーゼロッテ、きみに聞いてほしいことがある』

『はいはーい、こちらリーゼロッテです……って、あれまハルト様。どうしたんですか』

『婚約を破棄しよう』

『はい?』

『婚約を破棄しよう』

『……うええー?今なんておっしゃいました?』


「きみとの婚約を、解消したい」


 ふむ。私の耳は健全だったようだ。

 となれば頭の情報処理が追いつかなかったのはそもそもハルト様がマジキチな発言をしたためであって、私の方に非はなかったらしい。


「寝言は寝てから言ってください」


 私は低血圧なのである。

 どこかの婚約者様だれかが自分と婚約するなら相応の生活態度を、と過去に宣いやがったせいでこうして遅刻せずに始業のチャイムが鳴る五分前には学園に辿り着けるよう朝早くに起きるはめになったのだから、婚約者想いの私を褒めこそはすれど朝から煩わせるものじゃない。

 私はもう面倒臭くなってさっさと教室に向かうのだけど、お邪魔虫ハルト様がか弱い私の肩をがっちり掴んで邪魔してくる。


「寝言ではない。私は起きている」

「えー、私もそう見えます」


 だから離せ、この唐変木。


「そもそも私は以前、きみに生活態度を改めろと忠告しなかったか?どうしてこんなギリギリに登校してくる。もし登校中に普段とは違う要因があれば、間違いなく遅刻だぞ」

「ええ、今がまさにその状況なんですけど」

「きみはもう少し身の振り方を弁えるべきだ。おかげできみを待っていた俺まで遅刻しそうだ!」


 いや、だからそう思うなら私の肩を掴んでないで、いち早く自分の教室に向かうべきでは?

 ハルト様は既に遅刻は免れないと諦めているのか(この人の教室は私より昇降口から遠い場所にある)、私の拘束をより一層強くして道連れにしようとしてくる。

 最低だな、私の婚約者!


「ハルト様!婦女暴行で訴えますよ!」

「安心しろ、責任はとる」

「今さっき婚約破棄したいって言ってたばかりでしょうっ」


 こうなったら規則は破ってしまうが魔法で――と思ったけどダメだ。

 私の魔法は使えない。

 残された方法は生身でなんとかするしかないが、力だけは有り余るハルト様との攻防に勝てるはずがなく、そうこうしているうちに無情にもチャイムが鳴ってしまった。


「ああ……神は私を見捨てた……」

「フン」


 ようやく大人しくなった私を解放すると、得意げな表情でこちらを見下してくるハルト様。

 もしもーし、あなた様も遅刻決定ですよー。


「それで、先程の話に戻るが」

「えー、まだ続けるんですかその話」

「当たり前だ。非の打ち所のない優等生として名が通っているこの俺……いや私が、遅刻という多大なる代償を払っているのだぞ。相応の対価がなければ割に合わない」

「自業自得でしょ」


 もはや面倒臭いという以外に感想が思いつかない私は色々とツッコミたい箇所をスルーして、被害に遭ってるのは私だと匙を投げた。

 担任のゴートン先生、罰則は容赦ないんだよなぁ。

 反省文だけで済むなら良いけど……。

 あーもう、いっそのこと今日は病欠ってことにしようかな。


「リーゼロッテ」

「ふぁい」


 おおっと、そうだ今はハルト様の相手だ。


「きみには悪いが、好きな子ができたんだ。私は彼女だけを愛したいから、婚約を破棄したい」


 ――――うん?

 あまりに予想外な発言に私は目を丸くしてしまう。

 ハルト様に、あのハルト様に好きな人……?

 そして同時に気づいた。


 あれ。これって、私が思ってるより深刻な話?





 私とハルト様の婚約は幼少期に結ばれた。

 紛れもない政略結婚でそこに私たちの意思は欠片もなく、ついでに言えばハルト様とは婚約が成される前と成されてから向こう一年は会ったこともなかった。

 ようやく相見えたのはハルト様の誕生日会でのことで、そこで私はサプライズプレゼント的な扱いをされたがハルト様に歓迎されなかったのはもちろん言うまでもないだろう。

 会話をすることで私たちは互いに悟った。

 あ、こいつ苦手だわと。


 私が社交界デビューした後はパーティーにお呼ばれすればダンスの時間はお互いに足の踏み合いで、家族を交えた食事会ではさり気ない嫌味の応酬。

 学園に入学してからは成績争いを繰り広げ……は、そこまでのやる気が私にないため争ってはいないんだけどね、不仲であることは言い訳のしようがない。


 ハルト様は外見だけは良く、パーティーでは婚約者たる私が隣にいるのに令嬢が挨拶と称して波のように押し寄せ、大概私は除け者にされる。

 しかしハルト様は生真面目な人で、私に操を立てているのか群がる令嬢には見向きもしない。

 というか本当に興味がないらしく、あまりに女の子への対応がすげないのでこいつ理想高いなーといつも思っていた。


 その、ハルト様に。

「好きな人」だって……?


「1、絶世の美女。もうこの世の人とは思えないほど綺麗で、スタイル抜群ナイスバディ。隣国のお姫様って設定にすると、なんかより一層恋が燃えそうだよね。

 2、ハルト様のストライクど真ん中。正直ハルト様の好みが分からないから、今までの観察を踏まえ消去法でいくと社交界に参加していない年端のいかない少女か歳を重ねすぎたおばあちゃんになる。幼女か熟女……ハルト様の性癖やばい。きもい。

 3、今までどんなご令嬢にも見向きしなかったことから、ハルト様は男好き。以上の三つが挙げられる」

「おいちょっと待て。最後の二つ!」


 考えられる三つの可能性を言葉にすると、先程まで人の不幸は蜜の味とばかりに楽しそうに事の次第を聞いていた私の友達ヒルデが、怖い表情でストップをかける。


「流石にハルト様可哀想じゃね?なんつー不名誉な……」


 かなり乱暴な口調だが、ハルト様なんかを気遣うヒルデは心優しい女の子だと思う。

 ヒルデは地方出身で、学園に来る前は地元じゃ有名な悪ガキだったらしい……女の子なのに。


「ふふ。そういう偏見を持ってらっしゃるから、ハルト様を他の女性に奪われてしまうのではなくって?」


 一方でゴージャスな扇子で口元を隠しながら上品に微笑むこの子は、ユーリという。

 彼女もまた私の数少ない友達の一人である。


「人となりについて言わせてもらうなら、ユーリだって盗み聞きよくない」

「あら、心外ですわね。わたくしはただ、お二人が学園で話されているのが珍しくってつい……」

「つい、教室から盗み聞いてたってわけ?」


 ―――この学園に通う生徒は皆、魔導師になる素質がある。

 素質とは生まれ持った特異体質、能力のことで例えばユーリなら【遠く離れた場所の音を拾う】ことができる耳を持っている。

 教室にいたユーリが私たちの昇降口での会話を知り、相談に乗りますわよと言ってきたのはそういう理由だ。

 使い方によってはプライバシーも何もないが……。


「けど、あの堅物様に好きな人ねぇ。想像つかねーな」

「そうは言っても、ヒルデ。そういう殿方に限って、胸の内には迸るような情熱が秘められているのかもしれませんよ」

「うーん、ますます想像つかん……」

「リーゼはどうするつもりかしら?」


 ふと、ユーリの視線がこちらに向く。

 どうするも何も、状況がよく掴めてないからなぁ。

 大体、婚約を破棄したいなら婚約を結びつけたオトナたちに申告するのが筋だろう。

 私に申し出てきたのは「政略結婚だし婚約破棄できないのは分かってる。でも俺には好きな子がいるんだ!お前に言っても無駄だろうが念頭に置いとけよバカヤロー!」てな感じで受け止めて大丈夫かな。

 うんうん、私は愛人とかには寛容な方だから安心してほしい。


「ハルト様が駆け落ちだーなんて言い出さない限りは様子見だね、面倒臭いから」


 ふぁ~とアクビを一つ落とした私は、ゴートン先生から命じられた反省文の内容を考えるために頭をシフトチェンジした。

 ……のに、何故か友人二人はその話題から離れようとしない。

 そんなに面白い話か?


「リーゼったら、しようのない子ねえ。代わりにわたくしが情報収集してさしあげますわ。あのハルト様が好きになった方ですもの、気にならないはずがないでしょう?」


 ユーリがやれやれと肩を竦めて「わたくしは分かってますわよ」みたいな顔で言ってくるが、あんたは何一つとして友達わたしの気持ちを汲み取ってくれてないぞ。

 私は変に藪をつついて蛇を出したくないんだ。


「おっし!じゃあアタイはハルト様の友達をあたってやるよ。こう見えて顔は広いんだ」

「ちょ、ヒルデまで……やめてよーめんどそう」

「リーゼ。そこは涙を堪えて喜ぶところだろ、こんなに友達思いの発言してんだから」

「えー。ついさっき婚約破棄の話を知って、ざまぁみろって顔で笑ってたのどこの誰だっけ」

「どこの誰だろうなぁ」


 完全に面白がってる、こいつら……。

 どちらかと言えば「悪友」の部類に入る彼女たちは、有言実行とばかりにさっそくお昼休みの時間には教室を留守にしていた。

 鬼の居ぬ間になんとやら、私はせっせと反省文に取り組んでいたよ。


 で、放課後。


「ハルト様の想い人の名前はクラウディア。噂では学園に入る前に下級貴族の養女として迎え入れられたばかりのようでして、この学園のルールですから家名は分かりませんが、リーゼが望むなら調べあげることも……あら?そうですの、残念ですわ」

「天真爛漫な可愛い女の子としてちぃっとばかし有名みたいだな。ハルト様の友達は有望株が多いけど、軒並みその子に惚れてるんだってよ。すげえなおい、リーゼ、お前の恋敵は天賦の魔性の女だぜ」


「……」


 私たち三人は、時として「落ちこぼれ組」と呼ばれることがある。


 ねえ、お二人さん。

 その諜報能力とやる気、もっと別のことに活かせないかな。




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