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秀一の場合

 今年も寂しいクリスマスだねぇ。

 花屋のカウンターでしみじみと呟いた同僚に、秀一は半眼で唸った。

「じゃぁなんで女の子いれねぇんだよ。つか店長はどうした店長は。あの人だって女だろうが」

「いれようとしたよ女の子。でも店長も女の子たちもみぃんなデートだってさー」

「まっさか」

 あの店長までデートだって?

 信じらんねぇ、と秀一は呟いた。聞かれたらまず間違いなく叩かれているだろうが、その当人がいないのだから問題はない。

 それにさ、と同僚は値札を指でいじくりながら続けた。

「クリスマスなんだから、奥様相手にせいぜい花を売り込め好青年! だとよ」

「美少年ぐらいつけたらがんばったかもしれねぇけどな」

 鼻で笑って秀一は店の前へと視線を向けた。行き交う人はそれなりに多いものの、中に入ろうという客は現れない。

 これが夕方にもなれば、夕飯の買い物に乗じてテーブルを飾る花を求める人もいるのだろうが。

 最近は、クリスマス当日よりもイブにパーティをするところが増えている。今更クリスマス当日にポインセチアだのツリーだのを求めにくる客はあまりいない。

 それにデートのために花束を、なんてキザな客がくるエリアでもないのだし。

「今のうちに休憩とりなよ」

 頷いて、奥へと下がろうとした秀一は、しかしすぐさま呼び止められて振り返る。

「店ん中で留守番してて。カゴのアレンジ配達頼まれてるから行ってくる」

「…………いいのかよ店ん中で飯食って」

 呆れながら同僚をみれば、彼はゆるく笑って手を振っていた。「いいんじゃなーい?」アレンジにつかうカゴを取り出してくるくると人差し指を回してみせる。

「せっかくのクリスマスだし」

 キリストさまもお目こぼしくださるさー。



 キリスト様、ねぇ。

 優一が作ったお弁当をつつきながら、誰もいない店内でひとり秀一は携帯の画面を見つめていた。

(キリスト様とやらがいるってんなら、こんなことにはなってねーだろうよ)

 時間と日付と、それからなんの変哲もない待ち受け画像。

 秀一がほしい情報は、一行も表示される気配はない。メールであれ、着信であれ、どんな形でもかまいはしないのだけれども。

『大嫌い!』

 記憶に残る、彼女の最後の言葉が瞼の裏に焼きついて消えてくれない。本当ならば今ごろはふたりでクリスマスを過ごしているはずだったのに――――キリストとやらがいるのなら、今すぐこの状況をどうにかしてくれと叫びたかった。

 と、扉が開かれる音と入り込んでくる冷たい空気に秀一は箸をおいて立ち上がった。

 十、いや、もう少し小さいだろうが。入ってきた小学校低学年ぐらいの女の子は、店内の花を真剣な顔で眺めている。

 少し放っておいた方がいいか。思いつつも、ついつい少女の姿が妹と重なってしまって放っておけない。

 近づいて、何かお探しですかと尋ねると少女は思いつめた顔で秀一を見上げた。

「なかなおりのおはなって、ありますか」

「仲直りの花?」

 こくんと、少女は頷く。

「誰かにあげるもの?」

 再び少女は頷いた。

「その、あげる人の好きな花とかは……」

「しらない」

 小さく首を振って、少女はしょんぼりとうなだれてしまう。しばらく考えて秀一は少女頭を撫でて言った。

「気持ちがこもっていれば、どんな花でも気に入ってもらえると思うけどな」

 仲直りなら家族か、はたまた友達か。誰にあげるものであれ、こんな小さな子が選んだものならば喜ぶに違いない。

 が、秀一の言葉に「でも!」はじかれたよう顔を上げた少女の両の瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。

「でも?」

 聞き返せば、少女は迷いを滲ませた瞳で視線を泳がせ、でも、とダメなのと口篭もった。いちばんにならなきゃ、ダメなの。

「一番?」

「…………とおくにいっちゃうって。なのにケンカしちゃって、だから、なかなおりしなきゃいけない、の、でも、みんななにかあげるっていってて、だから、だから……」





『来年、留学するの』

 そう、遠く離れてしまうというから、苛立った。不安に襲われた。気がつけば口を飛び出していたのは相手を責める言葉だけ。

 離れてしまうからこそ、相手にとっての一番でいなくてはならなかったのに。安心させなくてはならなかったのに。


 ――――なのにどうして、喧嘩なんてしてしまった?


 俯く少女の姿が、ここでひとり悶々とする自分と重なって苦く笑う。

 外側から見てみれば、何をしなければならないのかどうすればいいのか、こんなにも簡単にわかるというのに。





「好きなんだな、その子のこと」

 ぽたり。

 大きな少女の双眸から、堪えきれずに涙があふれて零れ落ちた。しゃがみこんで視線の位置を合わせると、少女を抱き寄せて背を叩く。

 大丈夫だと、安心させるように笑いながら繰り返した。まずは謝らなきゃな、それから仲直りして、プレゼントを渡すんだろう?

「大丈夫、その子はきっと忘れないよ。お兄ちゃんが保障してやる」

「どうして?」

 あんまりにも真っ直ぐな瞳がぶつかってきて、一瞬詰まった。視線を動かして目当てのものを見つけて、秀一は青い花を手にとり笑う。

「お兄ちゃんが、こいつで魔法をかけてやるからさ」

 なんともまぁ、我ながらキザったらしいセリフだろうか。内心苦笑しながら、首を傾げる少女のために、小さなブーケをつくる作業へと取り掛かった。

 ブルーメモリーの青色を中心に、マジカルホワイトの薄紫、純白の霞草。青いグラデーションの花束を、少女に渡して秀一は言った。

「な? かわいいだろ?」

「……うん」

 小ぶりなその花びらは、少女の幼い恋心をそのまま表したかのように青く、そして可愛らしい。

「ホントは、ブルーマジックがあればよかったんだけどな」でもあれが咲くのは二月だし。呟いて、それからこのブルーメモリーとマジカルホワイト、ふたつの花の別名を教えてやる。

 ブルーメモリーもマジカルホワイトも、どちらも同じ初恋草。「淡い初恋」の花言葉をもつのだとそういえば、少女はちょっとだけ頬を膨らまして言った。

「はつこいじゃ、ないもん」

「そりゃわるかった」

 思わず吹き出せば少女はさらに唇をまげてしまったけど、もう涙は流れない。笑顔を浮かべて、少女は街へと駆け出してゆく。

 見送りに外へと出れば、はらりと舞い降り始める真白の粉雪。

 バイトが終わったら、とかけてゆく少女の後姿を見ながら強く思う。

 終わったら、そう、終わったら一番に電話をしなくては。どんなに冷たくされても怒られても、かまわないから居場所を聞き出して会いに行って、そして。

 募る焦燥を宥めるように、白い雪はゆっくりと舞い降りてゆく。

 はらり、ひらりと、優しく静かに降り積もる。

何気に弟よりもその同僚のお兄ちゃんが気になる罠←

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