優一の場合
どこの店でもそうなのだが、本屋においても開店前は嫌になるほど忙しい。
届く本日発売の雑誌の封を開け店へと並べ、新刊が詰まった箱を開け整理をして、注文していた分の箱を開けて整理をして、台帳をつけて掃除をしてレジに電源をいれてうんたらかんたら。開店しても荷物が片付いていない日も珍しくない。
とはいえそれは通常ならばの話。
休日で配達がない今日は、穏やかな朝を迎えられるはずだった。…………少なくとも優一はそのつもりでバイト先である本屋へと向かっていたのだが。
「いやー、君最近休みだったでしょう。そしたら、つい」
返品作業の担当ではあるが、ついってなんだついって。
事務所に入るなり出迎えてくれた返品の山とにこやかな店長の言葉に乾いた笑いしかでてこない。
どんな風に注文したらこんな、棚をまるまる入れ替えましたみたいな量の返品がでてくるんだというか誰か見かねて返品しなかったのかいやみんなこの時期忙しいってわかってるけどでもそれでも返品できないってことはないだろう!
「年末調整で普段より雑誌の発売も早かったでしょ。あと、注文してたやつが一気に入ってきちゃってさぁ。置く場所つくってたら、つい、ね」
だからついってなんだついって!
叫びそうになるのを気合で飲み込み、恐る恐る優一は店長に問い掛けた。
「取次って、年末年始休みますよね」
「そうだね、あとは明後日の朝が返品取りに来てもらえる最後だね」
「でも俺明日休みですよね」
「そうだね、明日までにこれ片付かないと年明けまでこのままってことになるね。この事務所で人が死ぬかもね」
本が倒れて本に潰され本屋の店員が死ぬ。
ある意味本屋冥利につきるといえなくもない最期だが、あまり迎えたくはない最期でもある。
潰される自分を想像し、慌てて笑えないと首を振った。
「レジ当番、今日は誰かに変わってもらえますね?」
店長の返事などきくまでもない。
こうして優一は今日一日、山となった返品たちとのスペシャルマッチが決定した。
一通り雑誌を片付け終えると、優一は次にコミックスへと手を伸ばした。
コミックスが一番近い場所にあったというのもあるが、大きさが多種多様過ぎて整理しにくい書籍は、まだ手をつけたくはなかったという理由もある。
――――どちみちあとで苦しむことには代わりはないのだが。
少女漫画、少年漫画、青年漫画に成人漫画、大きさごとにわけてからバーコードを読み取りダンボールへと詰めてゆく。可愛らしいピンク色の表紙が視界にはいって、思わずため息がもれた。
ハートが描かれた背景に、仲良さそうなヒロインとヒーローのカバーイラスト。
ピンク色のコミックスをダンボールへと詰めながら、若干やさぐれた思いで作業を続ける。
優一だってお年頃だ、『そういう相手』を望まないわけではない。けれども(家での真二との喧嘩をみるとどうも疑ってしまいたくなるのだが)要領のいい双子の弟である秀一と違い、自分はまったくてんでもてないし、当然ながら彼女もいない。
同じ顔なのにどうしてこんなにも違うのか、一度秀一を解剖してみたいぐらいである。
(きっと、あの子だって――――……)
秀がいいに決まっている。
この手の問題になると必ずといっていいほど行き着いてしまう思考と、浮かんでくる長い髪に、優一は首をふった。勝手に変なことを考えて、暗くなってどうするというのか。まだこんなに返品の山はあるというのに!
気持ちを切り替え、再びコミックスをダンボールへと詰め込んでゆく。
少女漫画がどうした、彼女彼氏の事情がどうした。今日はクリスマスだろう、なんでそんな日にこんなことを考える必要がある? 今日はクリスマス、楽しい楽しいクリスマス!
(家に帰れば、くりすが待っているじゃないか!)
もちろん真二も、ついでにいえば秀一も待っているはずなのだが、都合よくくりすの笑顔だけを思い出して、優一はテンションをあげることに努めた。
あぁくりす。真二はちゃんとお昼ご飯を食べさせているのだろうか。
休憩に入ったら一番に電話をしなくては。考えたその時、事務所のドアを誰かが叩いた。
「はい?」
現れたのは、ゆるいウェーブの長い髪。
ついさっきまで、脳裏に浮かんでいた彼女本人が、扉の前に立っていた。
「な、」内心の動揺を可能な限り押し殺しながら、なんとかかんとか言葉を紡ぐ。「なんでここに。今日は休みじゃ、」
尋ねると、彼女は照れくさそうに笑って言った。
「シフト確認するの忘れちゃったんですよ。次の分、もうでてますよね?」
関西独特のイントネーションが、明るい彼女の声をどこか甘いものに感じさせる。
そう感じる自分は、おそらく末期なのだろう。普段のカジュアルなパンツスタイルと違い、ふわっとしたスカートに白いジャケットという彼女の姿は、優一を落ち着かなくさせるのに十分すぎるほどだった。
何か。何かいい話題はないものか。
ここで会話を続けられないから、自分はダメなのか? じゃぁ秀なら? 秀ならこんな時どういって会話をつなげてみせるだろう?
いっぱいいっぱいになる思考回路の中で、ふと、彼女が手にした紙袋に目が止まった。
小ぶりの紙袋と彼女のおしゃれとクリスマス。空回りを続ける思考は、どんどん嫌な方向へと妄想をくり広げていく。まさか、そんなまさか!?
「その袋…………」
「へ? あぁ、これですか?」
「それ、もしかして彼氏へのプレゼント、とか?」
しまった、「彼氏」じゃなくて「誰か」と聞けばよかった。そうすればまだダメージは少なかったかもしれないのに!
己の失態に内心のた打ち回りながら、どうか違っていてほしいと、縋るような目で彼女を見る。
一方の彼女はというと、妖艶に目を細めなんともうれしげに口角を持ち上げて、そうして薄紅色の唇が紡ぎだしたのは、事実上の死刑宣告。
「そうやいうたら、どないします?」
――――あぁ、やっぱり。
お兄ちゃんショーック!笑
※3/6誤字脱字修正




