旅立ち
短いけど、新章! はっじまっるよー!
睡眠とは最高の娯楽の一つである。エレオノーレはそう思う。
寝る前の意識が落ちかけたあのうとうと感、それに促されるままベッドに横になった時の安堵感。燦々と照る日の光で爽快に目覚めた時などたまらない気持ちになる。
エレオノーレは目覚ましなどは持っていない。そもそも目覚ましと言うものはハンドベルに宿した音精に、就寝前に〝命力〟を渡して特定の時間にベルを鳴らしてもらうものだ。エレオノーレは〝命力〟を精製こそ出来るものの、受け取ってもらえないので目覚ましを持っていてもしょうがなく、決まった時間に起きるには自力で起きるか他人に起こしてもらうかしかない。
エレオノーレが自力で起きるというのは中々難しい。朝が弱いのもあるが、基本的に眠くなくなるまで寝続けるので、二度寝三度寝は普通にある。それを繰り返して起床が正午過ぎというのも彼女にとっては日常だ。勿論、彼女が営む薬屋もそれに引きずられて開店時間が遅くなるので薬屋に用があるものは彼女が起きる時まで待っていなければならない。それが利用者にとって悩みだ。
だが最近、エレオノーレを朝の決まった時間に起こす者が出来た。
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熱したフライパンに油を敷き、煙が立ち上る程に温まったらよく白身を切った卵四個分の溶き卵を入れ、適当に掻き混ぜる。卵を溶く段階で予め塩を入れてあるので既に味付けの調味料は入れない。本来なら共に入れる胡椒はこの家の主が殆ど料理をしないためか元から無かった。獣人の鼻に胡椒は少しばかりクるものはあるがあのぴりぴりした味を彼女はとても好んでいた。
程よく半熟になったスクランブルエッグをフライパンから上げて用意しておいた二人分の更に乗せ、続けて同じフライパンで四枚ベーコンを焼く。本当は別のフライパンを使った方がいいがこの家にはフライパンが一つしかなかった。
火力は弱火であるが、先ほどまで炒り卵を作っていたフライパンであるため、熱がまだ残っている。肉に含まれた油が少しずつ溶け出してベーコンを浸し、揚げ物のように音を立てる。
時折トングで位置を調整したり、ひっくり返したりしながら全体に満遍なく焼き目を付け、かりかり音がしそうなほどに揚がった頃合を見計らって引き上げれば、フライドベーコンの完成である。それをスクランブルエッグを乗せた皿に油を切りながら盛り付ける。
仕上げに水で冷やしておいた朝一で仕入れた新鮮な野菜を適当に切ってボウルに盛り付ける。ドレッシングの類は、皿に載せる前に切ったとはいえベーコンの脂っこさとぶつかるので作ってはいない。塩漬け肉であるベーコンと共に野菜を食えば、口内はさっぱりするだろう。
野菜と同じく朝市で買ってきたパンと今しがた出来た朝食を食卓に配置し、巻いていたエプロンを外しながらリンゼは、居間から二階へと続く階段、その一段目に足をかけながら声を出す。
「エルー! 朝ごはん出来たよー! エルー!」
秒数にして三秒ほど待つが返事はない。最もリンゼが家賃未払いから家を追い出され、家賃の足しに家具なども勝手に売り払われてほぼ無一文の時に招かれ、エレオノーレの家に着の身着のまま共に暮らし始めて一週間が経つが、一度たりともこの呼び掛けでエレオノーレが反応したことはない。というか、毎朝リンゼは朝一に出かける前と、それから帰ってきた時、朝食を作る前、作った後の四度声掛けをしているが、ただの一度も反応された事がない。起こす際に身じろぎや、不快そうな呻きもない。そしていつも寝る体勢は横向きで、浅く身体を丸めている姿勢で変わらないため、最初は死んでいるように思ってしまった。揺り起こし、声を掛ける直接的な方法を取る五度目にようやく目覚めるのだ。それでもすんなりとはいかないが。
猫の獣人だけが持つ、歩む時に一切音を立てぬ猫足でも、木の軋む音は響く。見掛けは老朽化してないように見えるが中身はそうでもないのだろうか。十二回、軋みを立てて上れば、すぐ眼前にエレオノーレの部屋がある。
「エルー? 入るよー」
勿論返事は帰って来ない事は分かりきっているため、躊躇無く部屋に足を踏み入れる。エレオノーレの部屋に扉は無く、その代わりに使い古された大きな布が一枚垂れ下がっているだけだ。
布を潜れば真正面に寝台があり、エレオノーレの寝顔が見える。いつもと変わらぬその姿勢は、以下に寝台が柔らかいとはいえ身体が痛くならないのかとリンゼは思う。
「エル、朝だよ」
言葉と共に揺り動かす。同時に寝台と右腕に挟まれた豊かな胸が震え、存在を主張してくるが、リンゼにその気は全くない。とはいえ、同性と言えどもその質量には純粋に興味があるもので、
「おお、柔らかい……」
指でつつくそれはまだ筋肉が発達していない赤ん坊の四肢のような柔らかさだ。指先でつつく動作から手の平でこね回す動きに移行仕掛けて、はっと柔肉の魅了から意識を取り戻した。
己にも同じものはあるが、規模と手触りは遥かに違う。これが精霊に愛される種族か……! とリンゼは冷や汗をかいて己の意思を強固に保ち、改めて声を掛ける。
「エールー。朝だよー!」
身体を揺らしながら耳朶に口付ける寸前の距離で叫ぶ。勿論の事一回では起きないので体勢が変わるほどに揺らし、諦めることなく何分も声を掛ける。それでようやくエレオノーレは目覚めるのだ。その目覚めた後も油断すれば二度寝三度寝をしそうになるので目が離せない。食事中に寝たこともあるが、一度でも水、あるいはお湯に浸かれば完全に目が覚めるということを知ったのは二日ほど前だ。エレオノーレがお風呂と言い張る井戸への飛び込みは飲み水にも使う衛生上の理由から却下した。それ以来久しく使われていなかった浴槽が活躍している。掃除をしたのはリンゼで、誰の趣味だったのか風呂場自体は広く、足場は玉砂利が敷き詰められており、浴槽や壁は独特な匂いのする木で作られていたが、それ以上に虫の繁殖場所になっていた事と埃とカビの臭いが凄まじかった。初めて風呂場を見た時、悲鳴と共に扉が壊れるんじゃないかと思うほどの力で閉め、エレオノーレに凄まじい剣幕で殺虫剤やカビ落としを作る事を要請したのは初日の事だ。
今は元通り綺麗になったその浴槽に水は勿論張ってある。元々綺麗好きでもあり、一文無しで泊めて貰っている立場のリンゼなので、掃除をするのは別に構わなかった。凄まじく汚いのは少々腰が引けるが。
エルー、と揺らしながら声掛けをする最中、エレオノーレの両腕がたどたどしく、ゆっくりとリンゼに伸びる。
今日はお早いお目覚めね、とリンゼが思いつつ手を取ろうとした時、力強く、というより、完全に制御が外れた馬鹿力で掴まれ、リンゼの腕が軋んだ。痛みに顔を歪める間もなく引っ張られ、エレオノーレに覆いかぶさるように寝台へ引き込まれた。危うくエレオノーレの鼻先に頭突きをぶち込むところに彼女の頭の横に両手を突いて回避。腕を支えとし、状況を確認する。
エレオノーレの翠色の目は開いておらず、僅かに開いた桜色の唇から呼気が静かに吐き出されている事から未だに睡眠中だとリンゼは判断した。そう思っている最中に彼女の腕からエレオノーレの手が外され、動いていなかったもう片方の手と共にゆっくりと背中へ回される。
背中に腕を回され、しかもその両手の指が組まれている事に気付いたリンゼの本能が警鐘を最大音量で叩き鳴らす。己が身をくねらせ、己が出せる最高の速度でその腕の中から抜け出すと同時、エレオノーレの枕を抜き取ってその腕の中に配置し、自分は一気に彼女の股間の辺りへ下がる。
枕を抱き締めた次の瞬間、彼女の腕が上下に引き千切るような動きをしたと思えば、枕は一瞬も耐えられず、哀れ繊維質の断ち切れる音を響かせながら力任せに引き千切られた。
中身に詰まっていた羽毛が飛び、エレオノーレの身体に降り注ぐ。枕を引き千切る音で目覚めたのか、その光景に唖然とするリンゼの視界の先でエレオノーレが目を擦りながらゆっくりと身体を起こした。
「……なにやってるんですそんなところで……?」
寝起きでぼやける視界の中、エレオノーレが己の股間に陣取るように這い蹲っているリンゼに聞く。
「あたしも一体何がなんだか……なんか夢見てた?」
「飛竜と戦う夢を見てました。長い首を手繰り寄せて引き千切ったあたりで目が覚めまして」
「そのせいか……」
リンゼが溜息を吐きながら起き上がり、ベッドから降りる。何故親友が己の身体の上に陣取っていたのか寝起きの頭で考えていたエレオノーレは簡単に結論を出した。怯える様に己の身体を両腕で抱き、
「リンゼ貴女その気が無いとかいいながら実は女性しか好きになれない人種なのでは」
手の平で頭を叩かれ、
「違うわバカっ! さっさと下に降りて水浴びして飯食え!」
尾の先を短く振りながらリンゼが階段を降りていく。機嫌を悪くしてしまったらしい。と言っても階段を降り切る前に機嫌は直っているだろうからエレオノーレは気にはしない。
窓から空を見ればいつも通り蒼穹が広がっている。ただ、一週間前と比べて少しばかり気温が上がったのか、通りを行き交う雑多な種族の服装は腕や足を露出したものが多い。己も熱中症などに気をつけねばなるまい。
「エルー? ご飯冷めるよー」
「はーい、今行きまーす」
ちょっと切るところが不自然ですがちょっと更新間隔空き過ぎたので投稿しました。中身ねぇじゃねぇかぶっとばすぞ! と思われた方はなんでもしますから許してください! オナシャス!
※アルファポリス様のwebコンテンツ・小説に登録してみました。すぐに順位が分かってモチベーションUPに便利です。自分はその上がったモチベーションをモンハンに吸われていますが(最低




