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帰路(7)

おっせぇんだよボケッ! と思った方は私に投げナイフを投擲しながら七月十一日の活動報告に目を通していただけると遅くなった理由が分かります。

 冒険者ギルドは今までの緊張から解き放たれ、俄かに慌しくなっていた。

 食堂兼談話室にほど近い場所。今にも抜けそうな傷んだ木床の上に人山が形成されている。

 その山を形作っている人物はどこにでもいそうな人の良さそうな青年であったり、女性だったりした。はたまた十八にも届かないような少年少女もいる。

 山の下方にいるのは筋骨隆々の男の獣人達だ。男達はまるで何かを抱え込むように体を丸め、上からの重みに耐えながら己の下に居る者を押さえ付けていた。

 その人山の最下層。木床をぶち抜いてその下の建築の基礎たる大地に叩きつけられた上、獣人達に四肢を抑えられ、更に風の〝神術〟で圧力を増され、樹の〝神術〟による大地から生えてきた、一気呵成に引き千切れぬ程に柔軟な蔓に四肢を拘束され、土の〝神術〟で胴体を覆うように取り込まれたエレオノーレが居た。

 抵抗はしていない。というより、さすがに三種の〝神術〟による拘束と人山に圧し掛かられていては腕一本満足に動かせそうにもなかった。

 〝神術〟にしても押さえつける人の力にしても一体どれほどの力を込めているのか。まるで飛竜を捕らえるかのような物々しさだ。それでも〝命術〟を使えば抜け出す事は容易だったが命の危機が迫っているわけでもないのでそれを使うほどではない。

「……エル?」

 うーん、と心中で唸っていると反応がなくなったエレオノーレを心配したのか、リンゼが穴の淵から顔を覗かせる。

「はい、エルです」

 圧し掛かられながら微笑み返せば呆れたような表情をリンゼが返した。

「はい、エルです。じゃあないでしょ! ったく」

 溜息を吐きながらリンゼはエレオノーレに圧し掛かっている人山と拘束の〝神術〟を行使している術師に術の使用を止め、離れるよう言う。幾人かがリンゼの後ろに居る、震え、瞳を潤わせた少女を見て抗議の声を上げるが、獣人を初めとした気配察知に優れた者が理由を説明すれば渋々と離れ、だがいつでも一足で飛び掛れる位置に陣取った。

 人山と拘束神術から開放されたエレオノーレは押さえ込まれていた腕の関節を鳴らしながら穴から這い上がる。

 穴に落ちた頃から肌に穴を開けるような刺々しい殺気は霧散していた。拘束から開放させたのはこの為だ。第三者に介入されるまでの事態になっていた事に頭が冷えたのだろうか。エレオノーレが熱しやすく冷めやすい性格であることをリンゼは知っていたので別段不思議ではなかった。

「んで、弁明は?」

 リンゼが気心知れた仲らしく、簡潔に問えば

「図星指されて逆上しました」

 これまた分かりやすく答えが返ってくる。

「分かりやすくて結構。んじゃ謝りなさい」

 リンゼが指差す先には震えるエレオノーレと同じ翠の瞳と金の髪を持つ少女がいる。己の物と何も変わらぬ少女の瞳とエレオノーレの視線が交錯して、

「嫌です」

 短く言って荷物を担ぐようにリンゼを再び肩に乗せた。

「ちょっ」

「さぁて帰りますよー。栄養たっぷりの薬草粥食べさせてあげますからねー」 

 リンゼの抗議を無いものとし、エレオノーレが己を囲む周囲の面々を見れば、察した者がまるで魔獣を避けるかのように迅速に道を開けた。それを見て満足そうに鼻を鳴らし、エレオノーレが悠々と、周囲の腫れ物を見るかのような視線を気にせず歩いていく。

「あの子に謝れ! 殺しかけといてなんだそれ! おてんと様が許してもあたしが許さないぞ!」

「嫌なものは嫌でーす。命の恩人の言う事を聞いて下さーい。あ、そういえば」

 リンゼとそんな掛け合いをしているエレオノーレが思い出したかのようにアルフォンスの方を向いて、

「アルフォンスさん。申し訳ありませんがお礼はまたの機会にでも。今日はこれで失礼しますね」

「あ、はい」

 アルフォンスが気が抜けたような答えを返すと、

「あ、はい。じゃねー! あんたもこれを止めなさい!」

 リンゼが矛先を変えて食って掛かる。アルフォンスはどうしろっていうんだ、と内心呟いた。

「あっ、あっ、本気でこのまま帰るつもりね! そっちがその態度なら薬草粥食べないわよ!」

「拒むところ間違ってませんかねそれ。まぁ匂いと味で食べたくならないと思いますよ。滋養強壮にはいいんですけどね」

「なにそれ怖い!」

 立て付けが悪いギルドの扉を足で軽く蹴って開けるとエレオノーレは首だけで後ろに振り向いた。

 苦笑する者、恐れを目に宿す者、戸惑いを露わにする者、他にも色々な感情を表に出している冒険者やギルドの職員がいる。それら全てを見渡した後、もう一度だけ少女を見る。

 エレオノーレが離れた事により気が緩んだのだろうか、今にも溢れそうだった潤んでいた瞳から本格的に涙を流している。エレオノーレはそれを見て僅かにやり過ぎましたかね、と思った。

 今は冷めているがまごう事無き殺意があった事はエレオノーレ自身認めるところであった。それが図星を突かれた上での逆上という唾棄すべき理由だというのだから笑えない。

(お師匠様がいたら立てなくなるぐらい殴られそうですね)

 居なくてよかった、と先代が居なくなってから初めてそう思う。

「では私はこれで。お騒がせしました」

「謝りなさいって! あ、依頼主さん! 明日の朝にここで待ち合わせぇぇぇぇぇ……」

 リンゼの声が間延びと同時にか細くなっていく。エレオノーレがその場から誰の目にも止められぬ高速で動いた為だ。

 急に二人の姿が消えた事に驚いた最も近くにいた冒険者が慌てて扉の外を見ると満月を背景にして、店舗や民家の上を跳躍しているエレオノーレの姿があった。

 金の髪が月光を形にしたかの様に煌き、それが風でたなびく事によってまるで夜半の流星のような軌跡を、エレオノーレの事情を知らぬ冒険者と一部の市井の人間に一瞬だけ映して消えた。

「これで分かったか?」

 その言葉に全員がその人物の方角へと振り向く。

 そこにいたのはギルドの職員である中年の男だ。今でこそ中間管理職に身を置いているが一昔前は金糸の冒険者だったと一部の者は知っている。

 その男には右足が無かった。その代わりとして木杭の義足を足に装着しており、補助として杖を使っている。足を失って長いのだろうか、それらを用いて歩く動きにぎこちなさは殆どなかった。

「エーミールさん……これで分かったかって……?」

「エルちゃんの事だよ」

 その言葉は主に年月が浅い銅玉と銀糸、戦闘などした事も無いギルドの職員に向けた物だ。事情を知る僅かな銀糸と金糸のほんの一部を除いてもはや苦笑というより、騒動を起こしたエレオノーレの事で談笑しながら席に戻ろうとしている。

「あの子は今この街で誰よりも強いんだ。あの子の前じゃ〝神術〟が使える、使えないなんてそんなに関係がない。お前らは陰で弱いとか言ったり心の中で押し倒して夜のお供にしてるんだろうがそれは大きな間違いさ。――ヴァーレに住むなら覚えておくべき事が一つある。これは常々口にしていることだが、お前らは俺の言う事を誰も本気にしなかったし別の意味で取ってたからな。もう一度分かりやすく言うぜ」

 エーミールは己を注視する者たちを見渡し、

「薬屋エレオノーレに手を出すな。敵と認識されるな。敵と思われたら何もかも投げ捨てて弁解しろ。――殺されるぞ」





◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





 日の出を迎えてから四半刻も経たぬ早朝。視界を遮らぬ程に朝もやが立ち込めるヴァーレの門にリンゼはいた。

 自身が死に掛け、エレオノーレの手によって生還し、帰ってきてからはエレオノーレがギルドで大暴れした騒動から今日で既に四日が経っていた。つい先日にようやくエレオノーレの三日三晩の朝昼晩薬草粥から開放され、己の家に帰宅出来たのである。

 エレオノーレの薬草粥は確かに栄養満点らしく肌艶も良くなり、リンゼもちょっと肥えたか? と思うほどであったが代償に味と匂いが犠牲になっており、毎回無理矢理流し込まれるかのように食べさせられていたのだ。

 色とりどりの薬草が浮いた乳白色の外見からは想像もつかぬ腐った卵と堆肥を混ぜたかのような匂いと、金属と土を溶かし込んだような金臭い味。食感も溶けかかった芋虫を噛み潰しているような感じで、リンゼの中では食べ物の定義から完全に外れていた。

 ただそれはエレオノーレが料理下手ではなく、そういうものであるらしかった。エレオノーレ自身も子供の頃に泣きながら先代に流し込まれていたらしく、慣れてはいたものの顔を顰めており、二人で喚きながら無理矢理流し込まれた。二度と食べたくないとリンゼは思う。

 薬草粥の味を思い出してげんなりしているリンゼに向かって人影が歩み寄る。

 肩に風を、淵には蔓草を模った銀の刺繍が施されている純白のクロークを来た少女だ。白い布に巻かれた長い何かを手に持ち、フードを外して可憐な外見を露わにしている。

「リンゼさん。まだどこか調子が悪いんですか?」

「ん、いや。ちょっと病人食の味を思い出して……おえっぷ」

 吐き気が若干こみ上げてくるが口に手を当てる事で抑えた。その様子を苦笑しながら金の髪を揺らして少女がリンゼを見上げ、

「色々ご迷惑をお掛けしました」

 頭を下げた。

「ん、いや。気にする事ないって。あたしもあんたも生きてるしね」

 上がってきた酸味を無理矢理嚥下し、少女の頭に掌を乗せた後、柔らかい頬に右手を、細い顎に左手を添えて上げさせる。

「冒険者の間ではね。何も得る事が出来なくても生きて帰ることが出来れば上等なのよ。あんたは資格はないけれど、スライムが出たあの時までは確かに冒険者だったでしょう?」

 微笑みながら少女の頬にある細い瘡蓋(かさぶた)を撫でる。その傷は試練の森で負った物だ。

 大きさ自体はたいした事が無く、深くも無い。小指の爪ほどの規模の擦過傷で、兎を追って藪に突っ込んだ際に出来たものである。

「未知を追い、未知を知り、道を開ける。どんな小さな事でも関係ない。その目に映すもの、その手に掴むもの、その足で踏む場所が貴女にとっての未知であり、道である。その傷は誇れるものよ。危険を顧みず、未来を切り開く。普通なら薮に突っ込むのは躊躇うもの。あんたは案外素質あるのかもね?」

 但しと一言置き、顔を険しくして、

「あんたのお供の人が死んだ事を忘れないで。私にとっては短い間しか居なかったけどあんたにとって何年も居た親しい仲だったんでしょう?」

「……はい」

 死んだ二人は何年も共に居た彼女の護衛だ。彼女が住む町に二人は訪れ、仕事を探していた。

 優男だったリルトはその華やかな外見を裏切らず、女性と見れば仕事中でも口説きにかかるどうしようもない女垂らしではあったが、本人の弁を信じれば元々は貴族の子飼いの騎士というだけあって剣の腕は確かだったが、その貴族の令嬢に手を出して怒り狂った父親から逃げてきたというどうしようもない理由もついてはいたが。

 ダートはがっしりとした体格を持った強面の元冒険者であったが、そんな彼に惚れた物好きな妻とその間に子を得たことにより、収入が安定せず、命の危険がある冒険者よりも安定した定職に就きたいという理由があった。こちらも荒削りながら剣の腕は確かであり、リルトが相手を受け流す柔の剣ならばダートは守りの上から無理矢理切り込む剛の剣だった。その二人に惚れ込んだ父親が屋敷の護衛として二人を雇い入れた時から三人は共に過ごしていた。少し前までは。

「二人に家族が居たのならちゃんと報告するのよ。隠し事は無し。それで何か言われてもちゃんと受け止めなさい。言っちゃ悪いけど、最初からあんたが居なければ私達はスライムから無事に逃げる事が出来たと思う。場合によっては倒せたかもしれない。でもそれはあんたがいたから出来なかった。あんたは戦えない。守る必要があったから。逃がす必要があったから」

 リンゼが思うには、最初から三人でスライムと対峙していれば逃げる事も倒す事も選べる相手だった。それほどに二人の錬度は高く、銀糸に上がりたてのリンゼより迅速に動いていた。スライムと遭遇するまではリンゼはカタナすら抜いていない。相手が獣や低級な魔物ばかりとはいえ、露を払うかのような気安さで何もかもを切り倒していく二人は、三十に届かぬ年齢には見合わぬ相当な場数を踏んでいたのが容易に分かった。

「あんたのせいだけじゃないけどね。あそこで私が麻痺毒を打たれなければ最低でも逃げる事は出来たでしょう。そもそもあの場にスライムがいることすらおかしいし。運が悪すぎたという他ないわね」

 恐らく盗賊の祠の奥深く、軟体なローパーだからこそ通れる細く、狭い鼠の巣穴のような場所があり、そこを住処として様々な獲物を捕らえ、肥大し、ローパーの境を越えてスライムとなったのだろう。ギルドの調査隊はそう位置づけた。他の巣穴のような場所も探ってみたが出てきたのは大トカゲと鼠だけでスライムはおろかローパーもいなかったのだ。安全宣言はまだ出されていないが、きっともう調査しても何も出て来ないとリンゼは思う。

「ん、ほら。竜車が来たわ」

 獣耳を震わせながらリンゼが門の外に目を向ける。朝もやを払いながらヴァーレの門前に姿を現したのは翼が無い、四足歩行の竜が引く車で、馬車の馬を竜に置き換えただけのものである。

 竜といっても外見は人の身の丈を僅かに超える程の大きさで、外見は完全なトカゲで炎や氷のブレスを吐くこともない。深緑の鱗を朝もやが濡らし、縦長の青の瞳がリンゼと少女を捉え、乗るか? と言っているかのように感じる。竜種は基本的に魔獣扱いではあるが、この走竜と呼ばれる竜は草食で、人に危害を加える事もない。更に獣ですら避ける程に肉は不味く、癖のある匂いなので相当飢えている獣でないと襲ってこず、また持久力が高く疲れ知らずなので食事と水を飲む時間を除けば一日中ずっと走り続けている事が可能だ。それが待合所となっている煉瓦で出来た建物の中に入って行く。いま竜車を引いている走竜は、遠路遥々から来たのだろう、呼吸が速く、吐息も白く上がっていた。潰さぬように休息も兼ねて待合所にいる控えの走竜と交代するのだ。その合間に乗客を降ろすのである。

「竜車は馬車と違って速度はないけど一回で走る距離がすっごく長いからね。旅路は緩やかだけど三日も経たずに乗り換え無しであんたの住む場所まで帰れるでしょう」

 開きっぱなしの待合所の扉からは竜車の降り口が解放され、中に乗っていた人間が長旅で凝り固まった体の筋を伸ばしたり、眠気で目許を擦りながら降りてくる様子が見える。やがて竜車から人が出切るとリンゼはすっと少女の背中を押した。

「あんたが、ヘルヴィがまだ冒険者になりたいのかはあたしは聞かない。今はとにかく帰って、親御さんや親戚、友達、知り合いに無事な顔を見せて来なさい。それと、重いだろうけど形見代わりの剣も落とさないようにね」

 ヘルヴィと己の名を呼ばれた少女とリンゼが、少女が持つ細い白布の包みに目をやる。それは死んだ二人が使っていた剣だ。髪の毛一本、骨の一欠けらさえ残らなかった二人が一番長く身に付けていたものである。それ以外の、例えば耳飾や指輪などはエレオノーレの爆薬の煽りを受けた岩塊の下敷きになったのか粉砕と言ってよい状態で、唯一手に持てる程に形が残っていた剣をギルドの調査員が見つけ、持って来たのを引き取ったのである。

「くれぐれも、路銀みたいに落としちゃ駄目よ? あんた逃げる途中お金落として無くしたせいで助け呼べなかったんだからね?」

 笑いながら額を人差し指で小突く。ギルドを通して冒険者に依頼するには事前にギルドへ依頼の報酬金を預けなければならない。冒険者が依頼を失敗すればそれは丸々己の手元に戻り、更にその額の半分を違約金として受け取る事が出来る。冒険者が依頼を達成したならばその金は冒険者へと渡り、依頼者側は望みの品や結果を得る。

 何故そんな回りくどい事をするのかと言えば、過去に依頼者に逃げられて報酬が得られなかった事が度々あったためである。当時は報酬金についてギルドは介入せず、冒険者が持ってきた望みの品や結果と引き換えに依頼者が直接代価を支払う形を取っており、そこで額を誤魔化されたり金を払わず逃げられたりしたのである。それはまだいい方で、酷い時には武装した者に囲まれて脅されたり、最悪殺される事もあった。冒険者と言っても遺跡探索や、秘境開拓を主としている争いごとが得意でないものもいるため、それら人との荒事に長けた者に出てこられると対抗手段もあまりなく、その報告を受けたギルドが介入するまで涙を呑むしかなかったのである。

「お金がなくて助け呼べないし、タダで助けてくれそうなあたしの知り合いもあんたがギルドにたどり着いた頃には居なかったし。うーん、そう考えると本当運が悪いねあたし。あっはっは」

「笑い事じゃないと思いますが……」

 走竜が馬の嘶きのような声を高らかに上げる。鈍重な見た目に反して高く通る声のそれは近々出発の合図である。旅路は遅いが出発は早い。それも竜車の特徴だった。

「ん、もうそろそろ出るみたいね。ほら、行きなさい」

「はい。えっと、家に着いたらお金返しますから」

「ん、待ってるよ」

 ごろごろと木の車輪を転がしながら竜車が乗り場であるリンゼとヘルヴィの前に止まり、竜車の乗り口が開かれる。リンゼは最後にヘルヴィを抱きしめてから額に唇を寄せ、

「〝エル・エラ・リール・オーロ・ナオーニャ〟」

 そう呟いた。自分が知らぬ言葉と響きだということはヘルヴィは分かったが当然意味など知らない。

「今のは……?」

 リンゼは微笑み、

「私の生まれ故郷の言葉で〝貴女の旅路に祝福あれ〟という意味だよ。実を言えばあたしはあんたの事最初はあまり好きじゃ無かったよ。なんというか世間知らずのお嬢様がただ怖いもの見たさで来たって言うか、物見遊山? そんな感じしかしなかった」

 でも、と一つ置いて、

「ヘルヴィはちゃんと自分の足を持ってた。自分の意思を持ってた。本気で冒険者になりたいと思ってた。私が朝昼晩まっずいお粥食ってたこの三日間、病み上がりの体力回復がてらの一緒の散歩。ヘルヴィと居たのはその散歩のちょっとの間だったけど知るには十分な時間があった。あんたにはちゃんとした覚悟があった。あたしもあんたも力が足りなくて残念な事にはなってしまったけれども」

 散歩の時には四六時中付いてあれこれと行動の補助をしていたエレオノーレは何故かその時だけ居なかった。その代わり、ヘルヴィが付くようになり、エレオノーレの代わりのようにふらつく体を補助してくれていたのだ。

 エルが気を使ったのかもしれないとリンゼは思う。あのギルドでの騒動の最後、ヘルヴィと会う約束をしたからそこにヘルヴィを殺しかけたエレオノーレが付いていってはまた場を緊張させてしまうだけだろう。その僅かな散歩、一刻にも満たぬ時間だったが色々話をして、彼女の事を知った。

「籠の鳥、か。裕福だけど自由がない大貴族様の生活も考え物ね」

 ヘルヴィの生まれは隣国の公爵家であった。幼い頃から堅苦しい家やしきたりに縛られ続けていた彼女はただひたすら自由を望んでおり、リルトとダートに出会った頃から冒険者という誰も知らぬ秘境や遺跡を歩むものに憧れを募らせ始め、今に至った。その初陣は悲惨なものになってしまったが彼女の心は折れておらず、足も動いている。リルトとダートが死んでしまったように常に危険が付きまとう冒険者となるか、安全で平和ではあるが、常に縛られ続け、知らぬ男の元へ嫁ぐ政略結婚が待つ暮らしに戻るかはヘルヴィ次第である。

 じろりと御者が二人を見据える。その催促するような視線に周りを見渡せば、もはや周囲にはリンゼとヘルヴィしかいなかった。どうやら長話で御者を待たせてしまったらしい。竜車の中を伺えば他の乗客達が二人を、まだかと視線で言っていた。

「じゃあ、元気でね」

「はい。リンゼさんもお気をつけて……」

 今度こそ別れの挨拶を交わし、ヘルヴィが竜車に乗り込む。乗り口の扉が閉まり、御者が手綱を引けば走竜が地を這うような低い声で鳴き、緩やかに動き出した。朝もやに遮られて見えなくなるまで竜車を見ていたリンゼが寝床に帰ろうとあくびを一つして帰路につこうとした時、聞きなれた声が耳に入った。

「あの子、帰ったんですね」

「エル――」

 いつから居たのか、リンゼの背後からひたひたと歩き、石畳の上に水滴を落としながらエレオノーレがリンゼに近寄る。朝風呂上りなのだろうか。指先や金の髪からは拭っていないのではないかと思う程に水が滴っている。

「途中から聞いてましたけどまぁ現状では正しい選択ですね。冒険者になるか大人しく家でお人形さんになるかはこれからのあの子次第だと思いますが」

 そういえばリンゼ? と共に苦笑に近い笑いを作りながら、

「家追い出されたらしいですね? 家賃日払いなのに一週間も滞納しているとか……。カタナ買うために無理しすぎですよ。昨日はギルドで寝たんですか? さっきリンゼの家へいったら大家さんがいましたのでとりあえず払っておきましたから朝ごはん作って下さい。何なら家に住んでもいいですよ? ご飯作ってもらいますけど」

 水の玉が細く柔らかな喉から伝い、エレオノーレの胸の谷間に流れ落ちて汚れ一つ無い綺麗な臍に溜まり、足の付け根へと流れて行く。リンゼはその水の玉の軌跡を辿り、否応なしにエレオノーレの全身を見て得た結果を一瞬幻覚かと疑い、三度目を擦ってそれが幻覚じゃないと分かると尻尾と耳の毛を逆立て、顔を真っ赤にして叫んだ。

「あ、そうそう。私今度から旅に――」

「なに朝っぱらから往来で全裸なんだ服着ろ馬鹿ぁぁぁぁ!!」

 待合所の屋根に止まっていた鳥がその叫びで蒼穹の空に飛んでいった。


上手く帰路というタイトルで収まりましたね(白目

次回は私的メモが多分に含まれたキャラ紹介が入り、その後に第一章が始まります。つまり今回は導入編だったんだよ! 本当はプロット無しで書いてたらこんな事になったんですがね! 皆様も書く時はちゃんとプロットを作りましょう(レ○プ目)

 それと外伝を製作中です。こちらはエレオノーレの過去話と、ちょっとした横道のお話を主としています。それぞれ別作品として投稿し、その際はこちらの前書きで発表すると思います。見ていただければ幸い。見なくても問題は全くありません。

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